ひとり
「どうして、おふたりが泣くんですか」
黄華さんの話を聞いた紅緒ちゃんと私の目からは、涙がつうっと流れていた。
「っ、黄華さんが、泣かないからよ!」
「そうですよ、もう涙も出ないくらい、苦しんだってことでしょう?」
そう言って頬を拭う私達を見て、黄華さんは困ったように微笑む。
涙が枯れるとは、上手く言ったものだ。
きっと黄華さんは今までにたくさん泣いて、もう心が疲れてしまったのではないだろうか。
まるで他人事のように話す姿が、――物悲しい。
「黄華さんの分まで、私達が泣きます。だからもう、ひとりでいないで下さい」
「そうよ!もう“ひとりぼっち”になんて、させてあげないんだから!」
私と紅緒ちゃんの言葉に、黄華さんは目を見開く。
「ひとり、じゃない?」
「なんなら一生王宮で一緒に暮らしてやるんだから!勝手にいなくなったりしたら、承知しないわよ!?」
紅緒ちゃんがぼろぼろ泣いて訴える。
「どうしてそんなに壁を作るんですか。私も紅緒ちゃんも、黄華さんのこと、好きですよ。それに、黄華さんを心配している人もたくさんいます」
気にかけてくれと言ったウィルさん、いつも側で守ってくれているリオ君、それにひょっとしたらイーサンさんも。
そして王宮で黄華さんに相談に乗ってもらっているという人達だって。
きっと、私達だけじゃない。
「ひっく、あたしは、あんたなんか別に好きじゃないけどねっ!」
誰よりも黄華さんを慕っているであろう紅緒ちゃんの、素直じゃない言葉に、私は笑いを零す。
「紅緒ちゃんたら……。そうだ、今日は三人でパジャマパーティーをしましょう!」
「え?」
「は?」
唐突な私の提案に、ふたりは口を開けてぽかんとしている。
急に何言い出すんだって思ってるでしょ。
顔に出てるよふたりとも。
「こうなったら、一晩中おしゃべりして、何でも打ち明けましょう!一人で抱えてモヤモヤしてるから、そんなこと考えちゃうんですよ。だから、ね?」
にっこりと笑う私に、ふたりは戸惑いながらも頷いてくれた。
許可をもらってお泊まりの準備をしてくるから、もうしばらく横になっていてねと瑠璃と紅緒が去った後の医務室。
しんとなった部屋の中に、黄華の呟きが落ちる。
「ひとりでいないで、か」
先程の言葉を思い出して、黄華はくすりと笑みを零した。
嫌な話をしたはずなのに笑いが零れるなんてと、黄華は自分に驚く。
「おかしな人達ですね」
こんな私のことを、好きだなんて――――。
「別に、変なこと言ってないでしょ」
突然の声に、黄華は驚いて扉の方を向いた。
カルロスだ。
「オウカは壁を作ってたつもりかもしれないけど、結局、優しいから人の面倒ばっかり見てたみたいだし?オウカを慕うのも当たり前」
何を言っているんだこの男は、と黄華は眉根を寄せた。
しかし、次に放たれた言葉に驚きで呆気にとられる。
「さっき、ルリとベニオの言葉を思い返してるときのオウカ、良い顔してたよ。素直に甘えれば良いのに」
「……私が?」
「そ。思わず抱きしめたくなっちゃったくらい。まあ病人相手に変なことはしないから安心してよ」
へらりとカルロスが笑う。
言っている意味がよく分からない。
しかし、この人はこんな時も軽口なんだろうと思い直し、考えておきますと曖昧に微笑んだ。
「あ、オレの言ってること信じてないね。ひどいなー。でもホントのことだよ?今みたいな上辺だけの笑顔じゃなくてさ、ルリやベニオといる時のオウカ、すごく楽しそうだし」
楽しい?
私が?
自分のことなのにそれが分からなくて、黄華は黙ってしまった。
でも――――と思う。
確かにあのふたりは幸せに生きてきたからか、素直で真っ直ぐで、いつだって温かい笑顔と言葉を向けてくれる。
それが、じんわりと自分の胸に温かく広がっていくのを、心地良く思っていたのは事実だ。
自分には無いものへの憧れもあったのかもしれない。
妬む気持ちが無かったとは言えない。
けれど。
「自分のために泣いてくれる人ってのは、なかなかいないよ?大切にした方が良い」
いつもの軽い笑みとは違うカルロスの優しい表情に、黄華は目を見開く。
「あ、ちなみにさっきの"抱きしめたくなっちゃった"ってのも、見事にスルーされたけど嘘じゃないからね?じゃ、もう少し休みなよ。おやすみ」
そう言うとひらりと手を振ってカルロスは扉の向こうに消えていった。
「……どこから話を聞いていたんでしょうね」
顔が赤くなっているのに気付かない振りをして、黄華はもう一度布団を被って眠りにつくのであった――――。
「やだなあ、そんな恐い顔しないでくれる?オレ、何も変なことしてないよ?」
「……一応礼は言います。余計な一言さえなければ良かったのですけどね」
お礼、言ってないじゃんとカルロスは思ったが、まあリオの気持ちも分かるので、口にはしなかった。
恐らくこの護衛騎士は中での話を聞いていたのだろう。
自分は医務室の前に来てから、最後の方がちょっぴり聞こえただけであったが。
騎士は五感を鍛えている。
通常より耳の良い者が多い。
盗み聞きかと言われると確かにそうだが、聖女を守る騎士達は中で何かあった際に、部屋に飛び込まなくてはいけないので仕方がないとも言える。
「あれだけ軽……押し付けがましくなく、さらりと言えるのは貴方くらいですからね。さすが軽は……人の心を読むのに長けたカーネリアン殿ですね」
「軽いとか軽薄とか思ってんの分かるからね!?」
リオの嫌味が含まれた言葉は、絶対に褒めてはいない。
はあとため息をついてカルロスは「じゃーね」とその場を去った。
「……僕だって」
ぎり、とリオは唇を噛んだが、その呟きは誰にも聞こえなかった――――。




