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【書籍化&コミカライズ】規格外スキルの持ち主ですが、聖女になんてなりませんっ!~チート聖女はちびっこと平穏に暮らしたいので実力をひた隠す~  作者: 沙夜
第四章

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桜の記憶

途中、ご不快に思う表現があるかもしれません。

あくまでも話の中のものなのでご容赦を……

急いで黄華さんを覗き込むと、その瞼が震え、ゆっくりと目が開かれた。


「黄華さん?分かりますか?」


「え?あれ、私……どうしたんでしたっけ」


起き上がろうとする黄華さんを止め、そのまま横になっているよう促す。


「もう!心配したのよ!最近様子が変だし、顔色も悪いのに無理して……」


紅緒ちゃんが涙ぐんでそう言うと、黄華さんは驚きを見せた。


「心配、してくれたんですか?私を?」


「当たり前じゃない!」


信じられないという表情からは、やはり自分なんてとの思いが見える。

 

「とにかく、体は大丈夫ですか?調子が良さそうなら、お土産があるのでお茶にしましょう?」


きゅう。


用意していたお菓子の包みを見せると、小さくお腹が鳴ってしまった。


「る、瑠璃さん……」


「あはは……お昼食べてなくって」


シリアスになりきれない私の馬鹿!


「ふっ」


顔を赤くしていると、黄華さんがくすくすと笑った。


「お茶、淹れますね。少し待っていて下さい」








「……美味しい」


上品な香りの紅茶を一口飲んで、黄華さんがほっとした顔をする。


良かった。顔色も良いし、飲食も大丈夫そうだ。


そういえば医務室だけど良いのかなと思ったので、扉の外にいるアルに声をかけると、すぐに許可をもらってティーセットの用意も手配してくれた。


黄華さんが目を覚ましたことを伝えると、リオ君がほっとした顔をしていた。


みんな心配だったよね。


紅緒ちゃんはすっかり私の持ってきたお土産に夢中になって、にこにこしながらお菓子を頬張っている。


「ホント美味しい!フルーツケーキもだけど、この白いやつ!なんて言うんだっけ?懐かしい!」


「スノーボールですよ。……本当ですね、優しい味がします」


少し眉を下げる黄華さんに、私はおずおずと話しかけた。


「あの、ひょっとして何かありました?私達で良かったら、話してくれませんか?黄華さんが辛い思いをしているのに、何もできないのは私達も辛いです」


「そうよ。……元の世界で何かあったの?」


紅緒ちゃんも隣で心配そうにしていると、黄華さんは少しだけ目を見開き、はあと息をついた。


「……面白くも何ともないですよ?」


「そんなの求めてないわよ!」


「どんな話でもちゃんと聞きます。それに、話すだけでも気が楽になるかもしれませんよ」


ちゃんと話してと訴えれば、黄華さんは困ったように微笑んで、やがてゆっくりと口を開いた。


「昔話です。愛情に飢えた、惨めな女のーーー」








幸せだと思っていた。


幼い頃は。


大好きなお父さんとお母さんがいて、ふたりとも優しくて。


いつも『大好き』ってぎゅっとしてくれるから、それだけで満たされていた。


あれ?って思ったのは、物心ついてきて、祖母の私を見る目に、嫌悪が覗くのに気付いてから。


小さい頃から人のオーラみたいなものが見えた私には、祖母はちょっと怖い人だった。


いつも背中に黒い靄が見えたから。


だけど、お父さんがいつも手を繋いでくれていたから、安心できていた。


広いお屋敷。


着物姿の父や祖母。


季節ごとに木々が色付く立派な庭園。


格式高い家なんだ、って気付いたのはもう少し大きくなってから。


茶道家元を父に持つ私は、幼い頃からお茶のお稽古を嗜んできた。


それが当たり前だったし、何の疑問も持たなかった。


『上手いぞ』と頭を撫でてくれる父。


『すごいわね』ってちょっと困ったように笑う母。


褒められるのが嬉しくて、一生懸命取り組んでいた。






そんなある日。


『全く……あんな女との間に子なんて作らなければ』


『桜子のことをそんな風に言うのは止めてくれ!』


何気なく通った部屋の引き戸の隙間から、父と祖母の争う声が零れてきた。


いけないと思ったのに、私は立ち止まってしまった。


それが、この先の私を狂わせてしまったのかもしれない。


『あんな水商売で生きてきた女……。この東雲家の嫁に相応しくないと何度も言っているのに。貴方を慕う女性は多い。離縁しなさい。まだ間に合うわ』


『私は、絶対に桜子と黄華と離れない!』


そう言うと、父は別の引き戸から出ていった。


今のって……。


呆然とその場に立っていると、戸を引いた祖母が目の前に立っていた。


『ああ、聞いていたの。はあ……お前さえ生まれてこなければ、あの子は今頃……』


ため息をついて私の横を通り過ぎる。


私さえ、生まれてこなければ?


冬の訪れを告げる冷たい風が、私の髪を揺らした。






あれ以来、祖母に会う機会はほとんどなくなった。


同じ家に暮らしているはずなのに。


庭の桜も、芽を出したのに。


どうして、この家の中はこんなに冷たいんだろう。


母の笑顔も、少しずつ減っていた。


父は難しい顔で考えていることが多くなった。


桜、早く咲かないかな。


そうしたら、みんなでまた綺麗だねって笑い合えるのに。







『え……?』


『あの子が、死んだ?』


その知らせは、突然だった。


『運転手が、心筋梗塞を起こしたらしくて……。轢かれそうになった子どもを庇って、家元が代わりに……』


『う、そ』


『い、いやああああー!!』


涙を流して打ちひしがれる母。


父の名前を叫びながら泣き続ける祖母。


……私の誕生日だからって、プレゼントを買いに行ったから。


黒い靄が見えたのに、それを伝えなかったから。


だから、お父さんは。


『ーーのせいで』


祖母が私を睨む。


『お前さえ、いなければ……!』


父の葬儀の日、庭園の桜が咲いた。







『黄華、お母さんと行こう?』


葬儀の後、しばらくして私と母は東雲家を出た。


泣きはらして目の腫れた母が手を繋いでくれたけれど、その手はとても弱々しくて、冷たかった。


振り返った先には、満開の桜が風に舞う。


ああ、もうここには帰って来れないんだ。


小さな手荷物を持って、私と母はあてもなく歩き続けた。


まるで、迷子のように。








それでも何とか二人で住む場所を見つけて、母は朝晩と休みなく働いてくれて、私も学校に通うことが出来ていた。


少しずつ笑顔も戻って、小さな幸せも見つけられるようになった。


私の誕生日には、ふたりで小さなショートケーキを半分こして食べたけれど、すごく美味しかった。


また、ここから一歩ずつ前に進めば良い。


そう、思っていた。







『末期?』


『はい。娘さんの他に、ご家族はおられますか?恐らく貴女の体はもう……』


16歳の冬。


母の余命が告げられ、私達のささやかな幸せは打ち砕かれた。


その後母が亡くなるまでの3ヶ月のことは、あまり覚えていない。


『やっとあの人のところに行ける……。ごめんね、黄華』


そう涙を流して、母は亡くなった。


私の誕生日を待たずに。


まだ春を感じることができない、寒さの残る弥生の空。


私は、ひとりぼっちになった。

こんなどシリアス中ですが、書籍化について活動報告を書かせて頂きました。

ご興味のある方はご覧頂けると嬉しいです(◍•ᴗ•◍)

ブクマや評価、誤字報告などいつもありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] 瑠璃や紅緒はともかく、貴族制度があるこの国の人間には理解不能かも知れん ウィルあたりは 「いや、おばあさんの言う通りだろ。貴族と平民が結婚したらそういう事になるの目に見えてるし」 くらいの事…
[一言] くそババア。全部お前が悪いんじゃん。
2021/04/14 09:23 退会済み
管理
[一言] 黄華さん・・・(´;ω;`)ブワッ
感想一覧
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