笑顔
翌朝。
目を覚ますと、眠るまで手を繋いでいてくれたはずのレオンはもういなかった。
と言ってもすぐ側の部屋にいるはずだが。
昨日話を聞いてもらって、やりたいようにやれば良いと言ってもらえて心が軽くなった気がする。
うん、目覚めも良い。
シャッとカーテンを引けば、柔らかな日差しが差し込んできた。
今日は公園が開放される日だ。
「天気が良くてよかった。子ども達もたくさん遊べるわね」
楽しんでもらえると良いな。
そうしてひとつ伸びをすると、身支度を整えにクローゼットへと向かった。
「おはよう、レオン」
「ああ、おはよう。よく眠れたか?」
「うん、おかげ様でぐっすり」
朝食へ向かう途中、レオンにばったりと出くわした。
今日は午前中一緒に公園に行くから、市井でも目立たない、黒を基調としたシンプルな装いをしていた。
それでも着ている人が美形だと目立つのよね。
何でもない服装なのに、すごくかっこよく見える。
……これが恋のフィルターってやつ?
「?どうかしたか?」
「う、ううん別に!さ、食堂に行こう?」
いつもの騎士服もかっこいいけどシンプルなお忍び服も……なんて言えるわけがない。
何とか誤魔化し、二人並んで食堂へと向かったのだった。
朝食もそこそこに、私とレオンは護衛に来てくれるアルを待って公園へと向かった。
今回は儀式などがあるわけではないので、辻馬車で向かい、お忍び感覚での視察になる。
シトリン伯爵とも、子ども達が利用している自然な様子を見たいという意見が一致し、こうなったのだ。
とりあえず砂場や滑り台などオーソドックスなものは作ってもらったが、遊び方が分からなくて子ども達が悩まないよう、孤児院の子達に協力してもらうことにした。
あの子達なら、砂場で遊び慣れているしね。
全員は難しいので、10歳くらいまでの子にお散歩がてらに来てもらい、公園で遊んでもらうことになっている。
多分、もう着いて遊んでいる頃だろう。
「あ、はくしゃ……じゃなかった。シトリン様、おはようございます」
「ルリ様、おはようございます。天気が良くて何よりですな。さて、子ども達がどう遊んでくれるか、楽しみですね」
公園の手前でシトリン伯爵と落ち合う。
こちらもお忍びということで、伯爵呼びは封印。
子ども達が集まってくれているのか不安もあるけれど、公園がどんな風になったのかが楽しみでもある。
「見えてきたな」
レオンが指差す方には、子ども達の声で賑わう公園があった。
「すごい!たくさん遊びに来てくれてますね!」
「本当ですな。いや、予想以上の賑わいです」
「"女神様の祝福を受けた公園"と話題でしたからね。まあ、皆さん今日が待ち遠しかったでしょうね」
私だけでなく、伯爵やアルまで少し興奮気味だ。
そして心配していた"遊び方が分からないのでは?"という懸念だが、なんのことはない、みんなが目をキラキラさせて遊んでいる。
滑り台は孤児院の子も初めてのはずだけれど、もう慣れたもので、ちゃんと順番に並んで、もう一回、私も、と大盛況だ。
砂場では自由に使えるバケツやスコップのセットが大人気で、孤児院の子に教えてもらいながら山やカップケーキなどを作る姿が見られる。
子ども達を連れてきているお母さん達も、側のベンチでゆったりとお話したり、子どもと遊びを楽しんでいるようだ。
なんか懐かしいな。
元の世界でも、公園にお散歩に行くとよくこんな光景が見られたっけ。
「ルリ、どうした?」
「あ、ごめん。何だか嬉しくて」
いつの間にか涙が滲んでいたようで、レオンが心配そうに顔を覗いてきた。
懐かしくもあるけれど、新しい一歩となる光景。
キラキラした笑顔と明るい声に溢れながらも、時々ケンカする姿や上手くできなくて泣いている子も見られる。
それが、自然体の子ども達の姿。
ーーああ、私が見たかったのは、これだ。
「レオン。私今日のこと、絶対忘れない」
子ども達のために。その想いを。
隣でレオンが、きゅっと手を握りしめてくれた。
新たな一歩を噛み締めていると、公園の端の方で見慣れたモノに目が止まる。
「?あれってーーー」
開放初日は大成功。
子ども達は喜んでいたし、お母さん方も子どもや友達に、また来ましょうねと明るい表情で言っていた。
良かったですねとシトリン伯爵とも笑顔で別れることができた。
時間はお昼少し前。
「あ、そうだ。帰りに王宮に寄ろうと思ってるの。昨日作ったお菓子、紅緖ちゃんと黄華さんに差し入れようと思って」
「ああ、それなら丁度良い。実は私も午後から仕事なんだ。一緒に行こう。ーーそれと、ウィルから伝言だ。"できるだけ早く話を聞いてあげてほしい"と。私には何のことか分からないが、心当たりがあるか?」
「え……」
ウィルさんからということは、恐らく黄華さんのことだろう。
ひょっとして、何かあったのかな?
……嫌な予感がする。
「ルリ?顔色が悪いが、大丈夫か?」
「う、うん」
胸騒ぎがして、心臓がバクバク鳴っている。
「ルリ様、大丈夫ですか?……黄の聖女様のこと、ですね」
「アル、どうしよう!?黄華さんに何かあったのかも!!」
「ルリ、落ち着け。何があったのかは分からないが、黄の聖女様のことなんだな?昨日ウィルから聞いたのは、"できるだけ早く"だ。少なくとも、緊急ではないはずだ」
確かに、まだ時間がある感じはする。
でも、きっと黄華さんが苦しんでいる。
「今すぐ、向かいましょう。すぐに馬車を用意させます。ラピスラズリ団長、ルリ様をお願いします」
そう言ってアルが駆けていく。
足が震えてやっと立っている状態の私を、レオンが支えてくれている。
「視察が終わってからと思ったのだが、もっと早く伝えるべきだったな。すまない」
「ううん、レオンのせいじゃない」
私が、ウィルさんに言われてすぐに黄華さんを訪ねていればーー。
そんな後悔をしながら、私はただアルを待つことしか出来なかった。




