安堵
「ルリ?ぼおっとして、どうかした?」
「あ、ごめんなさい。喜んでもらえて良かったなぁと思って」
そう?とエレオノーラさんが安心したように微笑む。
この家の人達はみんな優しいから、すっかり甘えてしまっているけれど、すごく幸せなことなんだなと実感する。
うん、やっぱり私はーー。
「やはりルリは料理が上手いな。サラダもデザートも、とても美味しかった。料理人達が争うのも分かる気がするな」
「もう、本当に大変だったんだから。でも、ありがとう。大したものじゃないんだけど、口に合ったみたいで良かった」
食後、部屋にレオンを招き、私は紅茶を淹れていた。
マリアが用意してくれたそれは、今日もとても良い香りで、お湯を注ぐとふわりと優しく鼻をくすぐった。
ちなみにフルーツケーキもオレンジゼリーもとても好評で、エドワードさんが目を輝かせて口に運んでいた。
もちろんお子様用はブランデーなしなので、レイ君も同じくキラキラした目でケーキを頬張り、ゼリーを味わっていた。
そんな二人を、エレオノーラさんとリーナちゃん、レオンも笑って見つめていた。
「それで?相談とは何だ?」
レオンの向かいのソファーに腰かけると、早速本題に入られた。
ちょっぴり不安だけれど、目の前のレオンの目がとても優しかったから、情けない私のことも受け入れてくれるような気がして、そっと口を開いた。
それからぽつぽつと、起こった出来事と私の気持ちを言葉にしていく。
シーラ先生やカルロスさんと練習したこと。
治療はすぐに使えたが、やはり回復量が多そうで、切り傷どころか古傷まで治してしまったこと。
それどころか治癒なんて誰も知らない回復魔法が使え、多分それは病気に効く魔法であること。
人よりも魔法の効果が高いのは分かっていたけれど、誰も知らない未知の力に、自分のことながら怖くなってしまったこと。
みんなには治癒の存在は取りあえず隠した方が良いと言われたが、多分、目の前に苦しんでいる人がいたら、私は魔法を使ってしまうだろう。
だけどそれは、周りの人達に少なからず迷惑をかけてしまうし、自分が傷付くことだってありうる。
「ーーそれでも、この力を使う覚悟があるかと、カルロスさんに問われた気がしたの。情けないけど、私、答えられなかった」
カップを置く手が、震える。
少し落ち着いたかなと思っていたけれど、こうして言葉にするとやっぱりまだ怖い。
「ルリ」
それまで静かに聞いていてくれたレオンが、突然私の名前を呼んだので、弾かれたように顔を上げる。
「こっちにおいで」
そう言ってレオンがポンポンと自分の隣に座るよう促す。
いつもなら恥ずかしくなるところだけれど、今日は不安の方が強くて、誘われるがままにレオンの隣に腰掛けた。
それでも少し遠慮して間を空けたのだが、すぐにその距離を詰められる。
足が密着して、ぽっと顔が赤くなるのが分かった。
それだけでなく、レオンは私の膝の上にあった手に自分のそれを重ねて、きゅっと優しく握ってきた。
「手、冷たいな。それに少し震えている。ーールリ、すまない」
どうして、謝るの?
理由が分からなくてレオンの瞳を見ると、少し困ったように微笑まれた。
「全く貴女は、どこまでも優しくて困る。この世界のためにそうまで悩んでくれるのは、有り難いことではあるが、そんなに一人で抱え込まなくて良いんだぞ?」
思いもよらない言葉に、目をぱちくりさせる。
「だいたい本来は私達ーーこの国の者で解決しなくてはいけない問題だ。陛下も言っていただろう?貴女達が望むのなら、緊急時以外は国政に関わらずに普通に暮らしてくれて良いと」
そういえば、私が聖女だってバレて初めて王宮に招かれた時、初めて会った陛下にそんなことを言われた気がする。
あの後、リーナちゃんにいなくならないで!って大泣きされたんだっけ。
何だか懐かしいな。
「それなのに貴女達ときたら……。誰も知らない大きな力を怖く思うのは、普通のことだ。情けなくなんてない。むしろ力を隠して当然とも言える。それでもその力と向き合って、国のために悩み動こうとしてくれるその心は、とても清らかなものだと思うがな」
優しい声に、ぽろりと雫が頬を伝う。
「迷惑などと考えずに、ルリはルリのしたいようにやれば良いんだ。それを支えるのが俺達の役目だ。ルリは誰よりもお人好しだからな。言っておくが、稀代の悪女には決してこんなこと言わないぞ?」
冗談めかしたレオンの言葉に、ぷっと笑いが零れる。
「そんなこと言って。結構私、自分勝手だよ?悪い女だったらどうするの」
「そうだな。ルリになら、唆されてみるのも悪くないかもな」
くすくすと笑う私の頬に、レオンの手が掛かる。
「怖いときは怖いと言えば良い。辛いときは一緒に悩む。何なら、カルロス=カーネリアンに治癒とやらを使えるように特訓してやれば良い。ああ、リーナも率先して学びたがるかもな。俺達にも、ちゃんと貴女を守らせてくれないか?」
こんなちっぽけな私を受け入れてもらえたことが嬉しくて、また涙が溢れる。
「ーーうん」
そう返事をすると、レオンは温かい微笑みを浮かべ、そっと私にキスをした。
いつの間にか背中に回ったレオンの腕に、しっかりと抱き締められる。
あったかい……。
おずおずと私も腕をレオンの背に回すと、レオンがふっと笑った気配がした。
重なった唇から、熱い息が零れる。
「大丈夫、貴女は一人じゃない」
また涙が頬を伝い、レオンの唇が優しくそれを拭ってくれたーー。




