弱音
「とにかく、赤の聖女様の意見は合っているような気がしますね。だだ、今まで病気に効く魔法はないとされてきましたが、ルリ様ならば治せるかもしれない、ということでもあるので……」
アルの発言で、全員の視線が私に集まる。
……あれ、これはひょっとして。
「ルリ、この件は内密にしなさい」
「瑠璃さん、絶対言っちゃダメよ」
「気軽に魔法は使わないで下さいね」
シーラ先生、紅緖ちゃん、アルがものすごい圧で私に詰め寄ってくる。
そうよね。病気に苦しむ人なんてたくさんいる。
どの程度まで治せるのかは分からないけれど、そんな魔法が使えると知られれば、大変なことになるのは間違いない。
きっと、たくさんの人が押し寄せるし、私自身が狙われることだってありうる。
だけど……
「んーでもさ、ルリの性格を考えると、もし目の前に苦しんでる人がいたら、助けずにはいられないんじゃないかな?」
まさに今私が思っていたことを声に出されて驚く。
ぱっと弾かれたようにカルロスさんを見ると、その不思議な色合いの瞳と目が合った。
「オレはどちらを選んでも正しいと思う。確かに病気の人を救うなんてキリのないことだ。悪用されかねないし、隠すのもひとつだろうね。そして、困っている人を助けたい、一人でも多くの人を救いたいと思うのも、また間違いではない。ただ、後者を望むのなら、覚悟が必要だけどね」
君は、どうする?
その瞳が、私にそう問いかけているような気がした。
その夜、私はラピスラズリ邸の自室でひとり、昼間のことを考えていた。
結局、あの後私は何も答えられなかった。
それについてはゆっくり答えを出しなさいとシーラ先生が言ってくれたので、とりあえず解散となりラピスラズリ邸に帰ってきた。
紅緖ちゃんも心配そうに大丈夫?と聞いてくれたけれど、上手く笑って答えることができなかった。
強い魔力を持っていることも、チートだってことも分かっていたけれど。
さほど魔法を使ってこなかったから、ちゃんと考えなかったことに今になって直面することになってしまった。
覚悟、か。
女神様と話した時に頑張りたいって思った気持ちに嘘はないけれど、自分の力と向き合うことは、まだ少し怖い。
はあ、とため息を零したとき、扉から控えめなノックの音がした。
「るりせんせい、いる?」
そっと開いた扉から、リーナちゃんがひょこっと顔を出した。
夜着姿だし、時間的に寝る前に訪れてくれたのだろう。
「どうしたの?おいで」
両手を広げて呼ぶと、ぱっと表情を明るくしてとてとてと近付き、ぽすっと私の腕の中に収まった。
……あったかい。
きゅっと抱き締めてその体温に癒やされていると、リーナちゃんが身じろぎする。
「せんせい、なにかあった?」
う、するどい。
子どもって意外と大人のことをよく見ているから、ちょっとした変化にも敏感に気付くのよね。
何でもないよと誤魔化しても良かったのかもしれないけれど、なんとなく話したくなって、私は口を開いた。
「うーん、ちょっと悩んじゃって。リーナちゃん、聞いてくれる?」
うん!と力強く頷いてくれるリーナちゃんがかわいくて、くすっと笑いが零れる。
「あのね、私の魔力がすごく強くて、その力を使えば、たくさんの苦しんでいる人を助けられるかもしれないんだって」
すごい!と目を輝かせるリーナちゃん。
そうだよね、普通はそう思う。
「だけど、危ないこともたくさんあるし、周りのみんな……リーナちゃんやレイ君、ふたりのパパとママやレオンにも迷惑をかけるかもしれないの」
え……?とリーナちゃんは今度は不安げな表情を見せる。
「どうしたら良いのかな……。こんな力、ない方が良かったのかも」
ダメだ、こんなことを言っちゃ。
リーナちゃんを不安にさせるだけなのに。
そう思ったのに、心とは裏腹に言葉は止められなくて、結局弱音を吐いてしまった。
じんわりと視界が滲むのが分かる。
まずい、泣いちゃダメだ。
「……そんなこと、ないとおもう」
「え……?」
涙をこぼすまいと目をぎゅっと瞑った時、リーナちゃんの声が耳元に響いた。
「あのね、わたしもこわかったの。ひかりまほう?めずらしいまほうがつかえるってわかったとき」
そういえばリーナちゃんもずっと、強い魔力のために人の悪意を目視することになり、不安な日々を過ごしていたんだった。
「くろいもやもやなんて、みたくなかった。そんなちから、いらないっておもった」
そうだよね、ずっと怖い思いをしていたはずだ。
「でも、おとうさまとおかあさまがわたしにいったの」
『それは神様がくれた、リーナにしか持てない力なんだよ』
『黒い靄は人の苦しみよ。それにすぐ気が付けるなら、人を救うことだってできるのではなくて?』
「わたし、るりせんせいにやさしくしてもらって、うれしかったの。わたしも、だれかにやさしくしてあげたい。だから、おおきくなったらせんせいのおてつだいがしたい、っておもったんだよ」
リーナちゃんが柔らかい表情で微笑む。
「やりたいことをやればいい、っておとうさまがいってくれたの。でも、ちゃんとおはなしはしてね、っておかあさまもいってくれた。せんせいも、れおんおじさまにおはなししよう?」
「レオンに?」
「うん!おじさまはやさしいから、きっとるりせんせいのこと、まもってくれるよ!」
にこにこと話すその表情には、レオンへの信頼が見える。
そっか。私も、頼れば良いのかな?
「あと、べにおちゃんとおうかさん、あるおにいちゃんも!あとは……あ、あのひと!ぴんくのかみのおにいちゃん!」
「……カルロスさん?」
リーナちゃんの口から意外な人物の名前が出てきて、こぼれそうになった涙が引っ込んだ。
「うん、あのおにいちゃんも、いいひとだよ!あとねぇ……あ」
ぴたりと考えていたリーナちゃんの動きが止まる。
「あとね、おじさまのおともだちの、んーと……フクダンチョ?さん」
副団長?ウィルさんのことだろうか?
「あのひともね、いいひとなの。でも、こころが、かなしいっていってる」
ーーえ?
しゅんとなったリーナちゃんが、言葉を続ける。
「おうかさんもね、ときどきかなしいかおするの。でも、るりせんせいなら、きっとたすけられる」
ーーまた、黄華さんだ。
リーナちゃんはきゅっと私の服を握って、顔を上げた。
「せんせいのちからで、ふたりをたすけてあげて!せんせいにしかできない、すてきなちからなの!」
その瞳は真剣で。
ーー迷ってなんていられない。
私はリーナちゃんに向かってこくりと頷きを返した。




