常識
「てか、どーして治療を唱えなかったの?"治癒"ってどっから出てきたのさ?」
「あ、ええと、魔法を使う時にこうなって欲しいとかイメージしますよね?その時、頭に文字が浮かぶんです。今までも魔法を使う時はそうでした。……ひょっとして、皆さんは違うんですか?」
私の発言が予想外だったのか、みんな難しい顔をしてシーンとしてしまった。
カルロスさんですら考え込んでいる。
これは、恐らくそういうことなんだろう。
「そういえばルリは魔法の常識についてどれくらい知っているの?そんなこと、小さい子でも知っているような常識だからあえて何も言わなかったんだけれど……。誰かから教わった?」
「あ、レイ君……リーナちゃんのお兄さんの先生に少し教えてもらいました。あとは自分で本を読んだりとかで」
そりゃ小さい子でも知っているような常識を知らないなんて、さすがのシーラ先生でも思わないよね。
でも私は魔法など存在しない異世界から来た身だ。
この世界の魔法の常識など通用しない。
シーラ先生が確かめるようにいくつか質問してきたので、私も知っていることを口にしていく。
普通魔法を使う時の呪文はほぼ統一であること。
例えば火属性魔法には色々あるけれど、普通に火をおこすのは火だし、火の玉を飛ばすのは火球となる。
確かに、異世界から来た私たちでもどんな魔法かイメージできる呪文だ。
あと、その魔法が使用できるかどうかは、術者のレベルにもよるが、持って生まれたもの、例えば攻撃魔法が得意とか、支援系が得意などがあるので、一概には言えないこと。
紅緖ちゃんが前者、黄華さんが後者ね。
やはり得意な分野の魔法の方がたくさん覚えるらしい。
……ちなみにレベルMAXの属性魔法は全て使えるってことなんだろうか?
これはまだよく分からない。
そして火球のような初歩的な魔法でも、術者のレベルが高ければ威力も上がること。
まあこれは納得よね。
ただ火をおこすのでも、その威力が術者のレベルで変わるのは映画や小説、アニメでもよくある話だ。
「そうね。そして昔から発見されてきた魔法を纏めた書物があって、みんなそれを読んで覚えるか、教師に教わって覚えるの。ルリのように頭に呪文が浮かぶ、というのは聞いたことがないわ」
シーラ先生の言葉に、カルロスさんとアルも頷く。
「そうだねー。オレも団長に叩き込まれたよ。聖属性魔法は本からだけど」
「私も実家で教師に教わりました」
じゃあやっぱり私が普通じゃないってこと?
「まぁ聖属性魔法なんて本当に情報少ないからなー。ルリは聖女様だし、魔法レベルもかなり高いんでしょ?なら、大してレベルの高くないオレたちが知らない魔法を使えるのも納得」
「まあそうよね。カルロス、普段は馬鹿っぽいのに意外と頭が回るわよね」
「ちょっと団長!どういう意味!?」
そう言われてみれば、確かに私たちを除けば、この国で恐らく一番レベルの高いカルロスさんでも10なのだから、今までの聖属性持ちの人もそこまでレベルが高くなかったのかもしれない。
でも"治療"と"治癒"の違いって何だろう?
うーんと考える私に、カルロスさんが取りあえずと提案する。
「オレと同じ切り傷でもやってみようか。比較が寝不足じゃよく分からないし」
そう言うと徐にペーパナイフを取り出す。
何を、と思う間もなくカルロスさんは躊躇いなくその刃を自分の腕にあてた。
そしてスッと手を引くとすぐにその腕には鮮血が滲む。
「!ちょっ……何してるんですか!?」
「え、いや実験……」
「だからって!ああ血が!……っ、"治療"」
咄嗟にそう唱えると、カルロスさんの腕に銀の粒子が輝き、すぐに傷は跡形もなく消えた。
「良かった……」
安堵から、へなへなと膝をつく。
「治療だったわね」
「治療でしたね」
シーラ先生とアルが二人で頷き合う。
あ、そういえば何も考えてなかったけど、確かに私が使ったのは治療だった。
そしてカルロスさんはというと、魔法で癒えた腕をじっと見つめていた。
「すごいね、オレとは回復量がケタ違いだ。昔の古傷の痕まで消えてる」
そう言いながら差し出してきた腕を見ると、そこには傷痕などどこにもなかった。
「ふうん?傷は治療で、やっぱり回復量はかなり大きい、と。まあ回復量については想定内だけれど。なぜ治癒じゃなかったのかは分からないわね。傷も寝不足も、どちらもまあ軽症だから、必要とする回復量の強さで使い分けている訳ではないでしょうし……」
確かに、重傷と軽症で使い分けてるわけではなさそうだよね。
自分がやっている事ながら謎だ。
「治すものの性質の違いじゃない?」
「あれ?紅緖ちゃん?」
みんなで頭をひねっていると、突然扉が開き、紅緖ちゃんと護衛のアルバートさんが顔を出した。
「瑠璃さんが来てるって聞いて、ちょっと寄ってみたの。取り込み中かなと思ってしばらく廊下で様子見てたんだけど……。ごめん、立ち聞きみたいになっちゃった」
「それは良いけど、それより性質の違いって?」
聖女が立ち聞き、それにアルやアルバートさんはちょっと反応したようだったけど、黙っていてくれた。
「ヒール・キュアってゲームでもよく出てくる回復魔法なのよ。外科と内科の違いって言ったら良いのかしら?外傷は治療、病気とか体の内からの不調は治癒が効くんじゃない?」
「そう言われてみれば……」
「ああ、確かにね」
「なるほど。紅緖ちゃん冴えてるね!」
アルやシーラ先生、私が感心していると、カルロスさんだけが不思議そうな顔をしていた。
「へぇ、なるほどね。ところでゲームって何?」
しーん。
ご、ごもっとも。
そりゃあこの世界にテレビゲームなんてないもんね。
機械とかRPGとか言っても分かるわけがないので、なんと説明したものかと紅緖ちゃんと私が悩んでいると、アルバートさんがひとり、冷静に口を挟んだ。
「カーネリアン、聖女様方は異世界からいらしたんだ。我々の知らないものがあって当然だろう」
「まーそうなんだけどさ。でも聖女様の世界ってヤツに興味あるじゃん?」
うん、そう思うのは仕方ないよね。
私だって初めてこの世界に来た時、中世ヨーロッパ風なラピスラズリ邸や庭園に興奮したし、王宮の煌びやかさに驚いたものだ。
全然違った文化に興味を持つのも当然だろう。
そこでふとシーラ先生を見ると、憮然とした様子で何事か呟いていた。
「あーあ、向こうじゃゲームなんて興味なかったからなぁ。そんなの知らないし」
「?何か言いました?」
「いーえ?別に何でもないわ」
にっこりと笑って誤魔化されてしまった。
シーラ先生ったら、変なの。




