治癒
それから何事もなかったかのように約束の部屋に向かった私たちは、扉を開いた途端、遅い!とシーラ先生に叱られた。
ちなみにカルロスさんはうしろで笑っていただけだ。
うう……シーラ先生って基本おおらかだけど、時間とか約束には厳しいのよね。
外国だと結構ルーズなところが多いって言うけど、異世界は別みたい。
「まったく……時間が惜しいからこのくらいにしておくけど、次はないからね!」
「魔術師団長、悪いのは私ーー」
「ご、ごめんなさい。次は気をつけます!」
アルが私を庇おうとしたのを遮って謝る。
「ふうん?何か事情があるみたいね?まあそれは機会があれば聞くことにするわ。とりあえず始めるわよ。カルロス、笑っていないで教えてあげなさい」
「くくっ。あ、はい。えーっとルリは普通の回復魔法は使ったことがないんだよね?」
「はい。なので、基礎の基礎からお願いします」
そう、私ってば"癒しの子守唄"や"癒しのフォルテ"のスキルは何度か使っているが、回復系の"魔法"はほとんど使ったことがない。
戦闘となると疲れを癒すだけじゃなくて傷の治療も必要になるから、今のうちに特訓しておかなければ。
カルロスさんは数少ない聖属性魔法持ちで魔術師団の秘蔵っ子と言われるだけあって、回復魔法は恐らく国で一番の使い手らしい。
『そこまで魔法レベルは高くないから、回復量は大したことないけどね』とは言っていたが。
えーっと、極秘だけど教えてもらった彼の聖属性魔法レベルは10だっけ。
なら、レベルMAXの私はどれだけ回復できるのか…。
因みにステータスは基本人には教えない。
個人情報ってやつね。
だから、実はレベルだけじゃなくてHPとかMPも大体の平均が未だに分からずにいる。
紅緖ちゃんや黄華さんとは互いに教え合ったけど、やっぱり二人ともチートだったから、全然参考にならない。
まあ、鑑定を使えば他の人のステータスが見られる訳だけど……。
さすがにちょっと躊躇するよね。
そんなことをうんうん考えていると、カルロスさんが私の目の前に立った。
「じゃあまずはオレが使うのを見てて。"治療"」
そう唱えると、先程までは気付かなかった、彼の頬にある小さな引っ掻きキズの周りがぽぉっと光り、やがて綺麗に治った。
「わ、すごい。本当に一瞬で治っちゃうんですね」
「そ。これくらいの傷ならオレでも簡単に治せる。きっとルリなら、かなりの重傷でもいけるようになるんじゃないかな?」
「あ、あはは……。頑張ります」
あまり深くつっこまれたくはないので、笑って誤魔化す。
正確なレベルは教えていないけれど、きっとかなり高いと思われているんだろうなぁ。
因みに頬の傷はどうしたんですか?と聞いたら、可愛い子猫ちゃんにやられた☆とウインクされたので、こちらも笑って流した。
「さ、じゃあルリもやってみましょ」
「え、いきなりですか?」
スパッと話を戻していきなりやれと言ってくるシーラ先生に、頬がひきつる。
「じゃあやるだけやってみますけど、上手くいくかどうかはわかりませんよ?えっと、誰にかけたら良いですか?」
「まずは徹夜して絶賛睡眠不足中の私に、よ」
そう言うシーラ先生の目元には、なるほど、クマがくっきり刻まれている。
「あのくそイーサンがレオンに書類を押し付けている皺寄せが、こっちに来ているのよ!ふざけんなって言いたいけど、レオンに頼むって言われちゃったらやるしかないじゃない!」
きーっと苛立つシーラ先生なんて珍しい。
寝不足で気が立っているのだろうか?
そういえば、以前レオンも似たようなことを言っていた気がする。
第三の団長が何とか~って。
……失礼だけど、確かにイーサンさんが真面目に書類仕事をしている姿は想像できないかも。
そしてシーラ先生がきちんと仕事しているのは意外だ。
何も言えずに苦笑いしていると、それまで黙って脇に控えていたアルが口を開いた。
「ルリ様、どうぞ魔術師団長殿を癒して差し上げて下さい……」
あ、そういえばイーサンさんとは知り合いなんだっけ。
こちらもあの人は……という顔をしている。
ごめんねアル、私もっと迷惑かけないように気をつける。
そんなことをこっそり誓い、お願いしますとカルロスさんに向き直る。
「うん。基本は他の魔法使う時と変わらない。体の中の魔力の流れを感じて、そしたら傷が治るイメージをする。あ、団長の場合は疲れが取れますよーに、とかそんな感じかな?傷の治療も後でやってみよー」
そっか。カルロスさんのお手本と違って、寝不足による疲れだもんね。
「じゃ、やってみますね」
掌をシーラ先生へと向ける。
お仕事、お疲れ様です。
そう気持ちを込めてまずは魔力の流れを、そして回復するイメージ……あれ?
その時頭に浮かんだ呪文は、先程カルロスさんが唱えたものとは違った。
「"治癒"」
掌からじんわりと温かいものが流れ出るのを感じると、シーラ先生がキラキラと銀の粒子に包まれる。
すぐにそれは消えたが、シーラ先生を見るとーー。
「なに、これ……」
すっかりクマは消え、明らかに顔色も良くなっていた。
当の本人も驚きを隠せずにいる。
え!?と言いながら腕を振ったりジャンプしたりしている。
……確認の仕方が体育会系なのは何故だろう。
「熟睡した後みたいに体が軽いし頭も冴えてるんだけど!?さっまでのイライラが嘘のようにスッキリしてるわ!」
イライラしてたんですね。
寝不足、馬鹿にできない。
「あれー?オレが治療かけてもあんまり変わらなかったのに。レベルの差?それとも呪文が違うから?」
「そうよ!治癒なんて聞いたことないわよ!?」
首を傾げるカルロスさんと勢いよく私を振り返るシーラ先生。
「え、ええっと?な、何でですかね?」
「ルリ様、またですか……」
はあぁとアルの深い溜め息が室内に響く。
ええー!?私ーー!?
瑠璃「さっき誓ったばかりなのに早速!?」




