価値
「え……女神様?」
「まぁ……女神様?」
初見の二人は完全に固まっている。
何となく気持ちは分かる。
どうしてここに?とか。
何で座ってお茶飲んでるの?とか。
見た目とのギャップのある口調は何だろう?とかだと思う、多分。
あと、今回の現れ方は何の神々しさもない。
本当に女神様?って思ってしまうのも仕方のないことだと思う。
「おぬしら、いい性格しておるのぉ」
ビクッ!!
嘘!?思考読まれてる!?
「瑠璃さん、全部声に出てるわよ。まあ、当たってるんだけどさ」
「え?ご、ごめん紅緖ちゃん……」
なんてこった、原因は私だった。
無礼な私たちに怒るでもなく、女神様はさてと立ち上がって口を開いた。
「では改めて。疑っておるようじゃが、わらわはこれでも本物の女神じゃ。この国の初代国王と宝石の名を持つ同志と共に魔王を討ち、この国を作った、な」
「あの昔話の、ですよね?すみません、少しイメージとは違っていたものですから……」
黄華さんが素直に謝る。
もうバレてしまっているのだから、それが正解だろう。
「ああ、良いのじゃ。奴らにもよく言われたからのぅ。……そう、その奴らとの約束での、長年この国を影ながら守ってきたのじゃが、此度はわらわの力不足でそなたらを喚ぶ事態となってしまった。そなたらには、申し訳ないことをした」
そう言って硬い表情をすると、女神様は私たちに頭を下げた。
予期せぬ偉い人の謝罪に、私たち三人は唖然とする。
……へ?
「いやいやいや!女神様、なんでそんな簡単に頭下げてるんですか!?止めて下さい!」
「そ、そうよ!なんであなたが謝るのよ!瑠璃さんに話は聞いたけど、ずっと一人で頑張ってきたんでしょ?責めたりなんてしないわよ!」
慌てて私と紅緖ちゃんが女神様に頭を上げてもらおうと近寄る。
それでもしゅんと俯く女神様に、あわあわすることしか出来なかった。
何て言えば良いんだろう?そう考えていると、徐に黄華さんが口を開いた。
「……女神様のせいではありませんわ。元はと言えば、人間のせいなのでしょう?魔物が生まれるのも、貴女の力が衰えたのも」
凛とした声に、私たちもはっとする。
「人間は、愚かな生き物です。それでも、そんな人間の世界を守ろうとずっと一人で戦ってきた貴女が、私たちに頭を下げなくてはいけない理由なんてないと思います」
その言葉に、女神様もゆるゆると顔を上げた。
「……それでも、そなたらには伝えたかった。何の義務もないそなたたちが、この国のために動こうとしてくれているのだから」
そして、女神様は私の目をしっかりと捉えて言葉を続ける。
「魔物は、人の醜い心が生み出すものじゃ。大量発生を起こす、その"核"をさがすのじゃ。それは、心を救う"想いの力"ーー聖属性魔法で浄化できる」
想いの力ーー。
「赤と黄の聖女よ。そなたたちの力ももちろん必要じゃぞ?静かな闇への眠り、聖なる光での導き、それは魔法レベルMAXのそなたたちにしかできぬ」
同じように、女神様は紅緖ちゃんと黄華さんにも向けて言葉を託す。
私たち三人でやらなくてはいけないのだと、その真剣な眼差しが語っていた。
私たちがそれに頷きを返すと、女神様は満足そうに笑った。
「これで、大切なことは伝えたぞ。わらわはこれから浄化に専念する。そなたたちに任せきりにする訳にはいかぬからの。……そなたらに会えて、良かった。聖女召喚とやらも、褒められた事ではないが、馬鹿にはできぬの」
そして、前回と同じくその姿が少しずつ消えていく。
薄れていくその微笑みが完全に消えると、ほぉっと黄華さんが息を吐いた。
「これは、一気にシリアスな話になりましたねぇ。まさか女神様にお会いできるとは」
「そうね。びっくりしたけど、あたしにも出来ることがあるんだってハッキリしたから、良かったわ」
「うん。遠征とか討伐に関しては二人の方が先輩だから、色々教えて下さいね!」
三人で頑張ろう、私たちはそう頷き合うのだった。
「あ、お疲れ様です、オウカ様!」
「待たせてごめんなさいね。リオ、ちゃんと二人を見送ってくれた?」
「はい、もちろん。なんか二人とも凄いやる気でしたね。中でどんな話をしていたんですか?」
予定があるという瑠璃と紅緖が先にいつもの部屋から出ていくと、黄華は一人部屋で考え事をしてから扉を開いた。
待っていたのはもちろん護衛騎士のリオ、ただ一人。
「ふふ、内緒よ」
そう曖昧に笑う黄華の事を、相変わらず読めない人だとリオは思う。
おっとりしていて話しやすいし、悩みや相談事をよく聞いてくれる黄華は、実は王宮内で人気があった。
……一部、怖がる者もいるが。
それでも赤と青の聖女様と一緒にいる時は楽しそうで、やはり同郷の友人というのは特別な存在なのだろうとリオは思っていた。
しかし、今日はどことなく元気がないようにも見える。
先程も言ったように、他の二人はやる気に満ちていたのに。
そう考えながらも当たり障りのない会話をし、廊下を進もうと足を踏み出すと、うしろから黄華を呼ぶ声がした。
「キイロの聖女サマじゃねーか。浮かねえ顔だな」
「……先日はどうも、ルビー団長さん」
不躾なイーサンに黄華は眉をひそめたが、すぐに笑顔で返した。
「作り笑いはやめろ。……ああ、今度の第二と第三の合同練習、よろしく頼むぞ。聖女サマの魔法が見られるとあって、ウチの連中も浮き足立ってる。それから遠征にも、恐らく一緒に行く機会が増えるだろうからな。まあ、お手並み拝見ってヤツだな」
「……お手柔らかに?」
笑みを崩さずにそう返すと、イーサンは面白くねえとばかりに舌打ちをして去って行った。
黄華の背後ではリオが剣に手をかけていたが、それを黄華は視線で止めていた。
「いくら団長職にあるとは言え、無礼ではないですか!?」
「いいの。それよりもリオ、いざという時には、私よりも瑠璃さんと紅緖ちゃんを守りなさい」
なぜ、という声は、掠れてしまった。
「瑠璃さんはもはやこの国にはなくてはならない存在よ。教育、食、聖属性魔法、どれだけ貢献しているか知れない。それに紅緖ちゃんはまだ若いし、陛下の特別になりつつある。私とは価値が違う」
何を、と反論しようとしたリオを、黄華は視線で制する。
異論は認めないと目で語り、ふっと歩き出した。
その背中を見つめてリオは呟く。
「それでも俺は、貴女をーー」
そしてすぐにぴんと伸びた背中の後を追う。
ーーその一連の様子を、廊下の影で見聞きしていた人物がいた。
「やれやれ、青の聖女様だけでなく、こちらもか。……気を付けて見ておかなくてはな」
ウィルは溜め息をついて黄華が向かう方とは逆の廊下を歩き始めるのだったーー。




