女神
しんみりした空気は何処へやら……驚きのあまり、私はペタンと座り込んでしまった。
うるっときていた涙もすっかり引っ込み、麗しい姿の女神様(?)をぽかんと見上げるだけだ。
透き通るような綺麗な髪と、けぶるような長い睫毛は同じプラチナブロンド。
その隙間から覗く瞳の色は金。
白いドレスに身を包み、キラキラとした光の粒の効果もあって、神々しいという表現が相応しい。
その女神様(?)はじっと私を見下ろすと、徐にその形の良い唇を開く。
「そなたが青の聖女じゃな?わらわはこのアレキサンドライト王国の創世の女神と呼ばれる存在じゃ。久しぶりに人の前に姿を現したから驚くのも無理はないの。これからよろしく頼むぞ!」
そう言って女神様(自称)は、にぱっと笑った。
……ちょっと、いやかなり、見た目とのギャップがある気はするが、フレンドリーな方のようだ。
「え?これからよろしく、って言いました?」
はたと思い至り聞き返すと、ますますその魅力的な笑みを深める。
「言うたのぉ。わらわ、そなたが気に入ったのじゃ!赤のと黄のも、なかなか気立ての良い娘のようじゃが、まず始めに姿を見せるには、そなたが話しやすいと思っての。ということで、これから時々訪ねに来るからの!」
すると女神様(多分)は、ふわりと浮かんで、私の顔を覗き込んで笑った。
「ちょっと待って!どうしてそうなったんですか!?時々訪ねるって……」
「ルリ?どうかしたのか?」
丁度その時。
カチャッと扉が開く音と共に聞きなれた声のする方を向くと、そこにはーー。
「め、女神……?」
目を見開いて呆気にとられるレオンがいた。
腰が抜けたように座り込む私を、レオンが手を引いて立ち上がらせてくれた。
寄り添うように立つ私たちを見て、女神様はご満悦な様子だ。
「仲良きことは良いことじゃな。さて、先程も言うたが、わらわは青の聖女、そなたが気に入った。人を思う気持ち、それは何物にも変えられない美しきものじゃ。わらわはその気持ちを糧として存在している。ダイヤモンドの石の意味、知っておるか?」
レオンを見ると、知らないと首を振られる。
そういえば、女神様はダイヤモンドの化身なんだっけ。
ええと、石の意味?結婚とか婚約指輪に使われるんだし……。
「"永遠の愛”とか?」
「うむ、まあ似たような意味もあるがの。"清浄無垢”や"永遠の絆”というものもあるのじゃ。それ故、今程のそなたの願いのような清廉な心は、わらわに深く染み入る。……ここ数百年はそのような気持ちというのが薄れてきておっての。嘆かわしいことじゃ」
そう言って女神様がふぅと溜め息をつく。
そうか。元の世界でも、昔ほど人を信じられなくなったというか、様々な犯罪や個人情報の保護のために人間関係の希薄さが浮き彫りになっているもの。
こちらの世界も一緒なのかな。
"思いやりの気持ち"、とても大切なことだし、私たちも子どもたちにしっかり伝えたいと思っていても、いまいち保護者の方と噛み合わなかったりするしね。
時代、と言ってしまえばそれまでだけど。
「それでわらわの力も、少しずつではあるが衰えてきておるのじゃ。その影響が、近年の魔物の大量発生じゃな。あれは、邪な気持ちから生まれる。わらわの力だけでは食い止められず、結果、そなたらを喚ぶこととなってしまった」
「え……」
「では、今までは貴女の力で……!?」
女神様の話を聞いて、レオンが私の肩をぎゅっと抱いた。
私たちを召喚したことに、まだ罪悪感を持っているんだろう。
肩に触れる手が、少しだけ震えていた。
「ああ、そうじゃ。……まだ、この国の初代国王が勇者と呼ばれていた頃、わらわの力も未熟でな。魔王の誕生を阻止できなかった。そこで、奴らと協力して魔王を倒すことになったのじゃ」
突然の女神様による創世記語りに、私とレオンは顔を見合わせる。
「レオンハルトと言ったな?あまりラピスの奴には似ておらんが……そなたの祖先たちと共に魔王を倒し、勇者はわらわに約束をした。"必ず良い国を作り、わらわに人々の美しい心を見せ、それを糧として捧げる"と。わらわは約束の証に"アレキサンドライト"を託し、他の者たちにも相応しい石を贈った。奴はその約束を果たしてくれたからのぉ、しばらくは力に満ちていたものじゃが」
懐かしそうに語る女神様は、虚空を見つめていて、まるで遠い昔の仲間の姿を見ているかのようだ。
「しかし、年月とは無情じゃの。人は変わった。絆は薄れ、信じる心や思いやる心を忘れる者が増えた。力こそ衰えたが、それでもわらわは奴との約束を守る。"この国を最期の時まで陰ながら見守る"という約束を。……まあ、そなたのような者が現れると嬉しくてな。つい言葉を交わしたり、姿を見せたりしてしまうのじゃが」
そう言って私を見る目はとても優しい。
そうか。この方はきっと、何百、何千年とこの国を見守り続けてきたんだ。
初代国王陛下との約束を、守るために。
「……では、ルリに危害を加える気は」
「なんじゃ、あるわけがなかろう!顔は似ていなくても、そういうところはラピスにそっくりじゃのぉ。奴も疑り深かったぞ?」
そう言いながらも、女神様は嬉しそうにレオンを見つめる。
きっと、大切な仲間だったんだろう。
そして、初代陛下が遺したこの国のことも、大切に思っているに違いない。
「そなたらは"想いの力"を"聖属性魔法"と呼んでいたな?あれはわらわの得意としている力じゃ。青の、そなたも持っておるじゃろう?」
「へ!?」
いきなり話が魔法のことに移り、名指しされて驚くが、それよりも"想いの力"って……。
「元より使える者が少ない力だったが、今世はかなり少ないのぉ。じゃが、魔物の大量発生を祓うには有効な力なのだぞ?騎士たちのように、力業でも良いことは良いのだが」
「それは……」
私の肩を抱くレオンの力が、強くなる。
女神様の言葉が、意味することはーー。
「ああ、悪いがそろそろ時間切れじゃ。わらわ、なかなか燃費が悪くての。また何かあればそなたたちの前に現れる。ただ、これだけは覚えていてほしい。わらわは、この国が好きじゃ。あやつらの遺したこの国を、守りたいと思うておる。そして、青の。……できれば力を貸してほしいと思うが、決めるのはそなたじゃ。無理強いはせぬ。そこのラピスの末裔と、よく話をすると良い」
女神様がそう言うと、少しずつその姿が薄れていき、ふっと消えたのだったーー。




