内緒話
その頃、私はリーナちゃんとアルと一緒に厨房で食器の後片付けをしていた。
料理人さんたちに聖女様に皿洗いなんて!!と言われたが、料理は片付けまでしっかりするのが基本だ。
作って食べて、片付けはおまかせ~なんて子どもの教育には良くないと思うのよね。
因みにラピスラズリ邸でリーナちゃんとお料理する時も、最後まで片付けを手伝ってもらっている。
なのでお皿拭きはお手の物だ。
ただ王宮の食器って高価そうだからね、割ると申し訳ないので、リーナちゃんには軽いものだけを机の上に置いて拭いてもらっている。
洗うのは、もちろん私。
最初はヒヤヒヤしながら見ていた料理人さん達も、私達が手慣れている様子を見ると気を緩めて一緒に片付けを手伝ってくれた。
「聖女様もお嬢様も、ありがとうございました。ルビー料理長が戻る前に綺麗に片付けられて良かったです!」
どうやらベアトリスさんは調理場の整理整頓に厳しいらしく、皆さん入念にチェックしている。
でも人の口に入るものを作っているんだから、清潔に保つのは大事なことだよね。
「わたしも、じょうずってほめられちゃった!」
リーナちゃん、みんなにお礼を言われて嬉しそう。
可愛い貴族のお嬢様に手伝ってもらって、その上こんなはにかみ笑顔まで見せてくれたので、料理人さんたちもほわーっとした顔をしている。
癒やされるよね、わかる。
「あら?貴方たち、随分気の抜けた顔をしているのね?」
そこへ、ベアトリスさんが帰ってきた。
ビクッ!!と飛び上がった料理人さんたちは、「「「お疲れ様です!料理長!!」」」と素早く整列した。
……まるで騎士団みたい、と思ったのは私だけだろうか?
「あら、綺麗に片付いているわね。やればできるじゃない。けれど、仕事場で気を抜くのはやめた方が良いわよ?」
麗しい笑みのはずなのに、威圧的に感じるのは何故だろう。
「相変わらずですね……」
アルが不憫そうに料理人さんたちを見ている。
そうか、これが若くして料理長に上り詰めた元女性騎士の統率力なんだな、きっと。
『大の男も恐れおののく女傑と有名なんですよ』
以前聞いたアルの言葉の意味を垣間見た瞬間だったーー。
「あら?待たせてしまったかしら、ごめんなさいね」
「ルリ、遅くなってすまない」
「レオン、シーラ先生。いえ、ベアトリスさんやアルと話していましたから」
片付けの後、陛下の所に報告に行ったレオンとシーラ先生を待つために、魔術師団の団長室にベアトリスさんがお茶を用意してくれた。
少しだけ検証についての話をするということで、このメンバーで集まったのだ。
ちなみにリーナちゃんはセバスさんに迎えに来てもらって、一足先にラピスラズリ邸へと帰って行った。
「それにしても今日は収穫があったわね。今まで謎が多かった聖属性魔法だけど、少しずつ解明されてきたわ。ああ!私にも聖属性魔法が使えたら良かったのに!!」
ああ、シーラ先生って魔法バ……こほん、魔法に大変造詣が深いんだった。
まあ、ひとつのことに打ち込めるって良いことよね。
「それで、カルロス=カーネリアンにも遠征食作りを手伝ってもらうことにしたんですか?」
「ええ。ルビー料理長はああいうタイプ、苦手かもしれないけれど」
「……否定はしません。が、仕事ですからね。ちゃんとやらせて頂きますよ」
眉を寄せるベアトリスさんだが、仕事に私情は挟まないだろう。
きっとカルロスさんとも上手くやってくれるはずだ。
「ルリ様、他人事のようにしているけど、貴女も一緒に作るのよ?」
……そうでした。
「ルリ、あいつに何かされたらすぐ私に言うんだぞ?ただでは済まさない」
「いやいやいや!大丈夫!今日だって普通に話しただけだし!」
レオン、目が怖いから!剣から手を離して!!
「ああ、カルロス=カーネリアンといえば、彼、黄の聖女様に興味を持たれたようだったわよ。内容は聞こえなかったけど、しばらく話し込んで、聖女様の方をずっと見つめていたもの」
「えっ!?黄華さんをですか!?」
思い出したようなベアトリスさんの言葉に、やっぱりひょっとしちゃうの!?とドキドキする。
人の恋愛話ってどうしてこんなにワクワクするのだろう。
……あ、そっか。紅緒ちゃんと黄華さんが色々聞いてきたのも一緒か。
「ちなみにうちのバカ兄も、ルリ様たちに興味を持ってしまったようでね。気をつけてね?」
「ルリ様……」
ベアトリスさんとアルが揃って溜め息をつく。
イーサンさんのことをよく知っている二人からそんなことを言われたら、恐くなるじゃない!
「ルリ、これ以上あいつに近付かないようにしなさい」
レオンまで過保護なお母さんみたいなこと言い出した。
みんなからそんなことを言われるなんて、一体イーサンさんってどんな人よ!?
「まあまあ、とりあえずルリはルビー団長に気を付けること。いいわね?」
苦笑しながらシーラ先生が優しく注意してくれた。
「それにしても、黄の聖女様……オウカ様を気に入っちゃうなんて、カルロスもなかなかねぇ」
「え?黄華さんが何か?」
大丈夫かしら?とシーラ先生が呟くので、不思議に思ってそう返した。
「うーん、あの方、カルロスじゃ手に余るんじゃないかと思って。そうね、容姿はすごく私好みなんだけれど……」
「へ?」
「おい!シーラ!!」
「あらやだ。ごめんねルリ、何でもないの」
黄華さんがシーラ先生の好みだとか聞こえた気がするけれど。
聞き間違い、かな?
レオンがシーラ先生を引っ張っていって隅の方でひそひそ話している。
やっぱり仲良しだなぁ。
前にも思ったけど、この二人、今まで互いに恋愛感情を持つことがなかったのかな?
内緒話なんてするほど仲良しなのに。
うう……シーラ先生相手に嫉妬してしまう自分が情けない。
「え、ええっとルリ様?今の発言はシーラ様の言い間違いだからね?気にしちゃだめよ?」
私のもやもやした気持ちに割って入ったベアトリスさんの顔は、何故か引きつっている。
「?はい」
よくわからないことばかりなのでチラリとアル見たが、首を傾げられただけだった。
「何かあったのでしょうか……」
「さあ……」
アルと二人、はてなを飛ばすのであった。




