破顔
「……まあ、とりあえず今回の検証は成功したことだし、食べ終わったら解散しましょう」
追加の分をみんなで分けて、そろそろ完食かというところで、シーラさんがそう呼びかけた。
アル達護衛騎士のみんなもとても喜んでいて、美味しいと言ってくれた。
カルロスさんはと言うと……。
「やっぱり女の子の手作りって美味しいよねー。みんな俺のサンドイッチにはなかなか手を付けなかったのに、追加の分なんてあっという間になくなっちゃったし。まあ別に良いけど、余ってもラリサとメリーに持って行くから」
またちがう女の人の名前……。
まあ人の交友関係に口を出すわけにもいかないし、倫理的に悪くないならば、たくさんの人と仲良くしていようがその人の自由だ。
「ラリサとメリー…」
「?どうかしました?黄華さん」
黄華さんの呟きにそう聞き返したのだが、何でもありませんと笑顔で躱されてしまった。
知っている人だったのかな?
試食会も終わりそれぞれに解散した後、黄華は後片付けのために残っていたカルロスにそっと近付いた。
「あれ、オウカどうしたの?ひょっとして、オレともっと話したかった?」
なーんてねとおちゃらけたカルロスに黄華は溜め息をつくと、探るように口を開いた。
「ラリサとメリー、ね。彼女達を選んだ理由は、ひょっとしてあれですか?」
黄華がそれを知っていたことが予想外だったのだろう、カルロスはぱちりとひとつ瞬きをすると、視線を泳がせぽりぽりと頬を掻いた。
「ふふ、ただの女たらしというわけではなさそうですね?あなたのそれは元々?それとも、ポーズ?」
いたずらな顔をして笑う黄華に、参ったなとカルロスが息をつく。
「……元々だよ。女の子はみんなかわいい。それじゃいけない?」
「別に。よろしいんじゃないですか?ラリサさんとメリーさんによろしく」
そう言って黄華はリオを伴って部屋を出て行った。
「なんだあの人……。オレにそんなこという女、初めてだ」
そう呟いて、カルロスは黄華が出ていった扉を暫く見つめていた。
「ベニオにオウカ、そしてルリ、か」
その様子を見ていたイーサンは、聖女達の名前を口にすると、にやりと笑みを滲ませる。
「面白いことになってきたな」
そんな兄の姿を見て、ベアトリスは、やっぱり呼ばなきゃ良かったかしらと眉を下げるのであった。
一方、一足先に試食部屋を後にしていたレオンハルトとシーラは、報告のためカインがいる執務室を訪れていた。
「ーーなるほど。ならば赤や黄の聖女が現地で調理を行っても、想いとやらを込めれば多少の回復効果が得られるということだな。それと、カルロス=カーネリアンにもカンヅメ等の遠征食作りに関わってもらうか」
「そうね。彼らの回復量は、想いの強さも関係しているでしょうが、ルリ様には遠く及ばなかったけれど……。次に効果の高かったオウカ様のものですら、随分差があったわ。ルリ様の聖属性魔法レベルは相当高いみたいね。あとはまあ、個人個人の料理の得意不得意があるから、味もやはりルリ様には敵わないと思うけれど」
料理は苦手だと言う黄華と独創的な盛り付けをするカルロスを思い出し、シーラは少し困ったように微笑む。
そして、以前の遠征食の味を思い出し、カインも確かになと眉間に皺を寄せた。
「ただ、オウカ様はサンドイッチの具を挟んだだけだったけれど、しっかり効果がついていたわ。ということは、全て作らずともある程度調理に関われば」
「効果はつく、か」
その通りとレオンハルトとシーラは頷く。
「ふん、今回の検証は一応成功というわけだな。ご苦労だった」
カインの言葉に、二人は何とも言えない表情をする。
「……なんだ、何かあったのか?」
「いえ、聖属性魔法の検証については問題ありません。しかし、その……。試食役に呼ばれていたルビー第三騎士団長が、聖女様方に興味を持たれた様子で……」
レオンハルトはぽつぽつと事情を話すと、イーサンのあの面白がる表情を思い出し、自然と苦い顔になる。
その報告を聞いて、カインはぴくぴくとこめかみを痙攣させると、執務机に項垂れた。
「あいつら……!何だってそう面倒なヤツに目をつけられるようなことをするんだ!とくに青の聖女、あいつは本当に平穏を望んでいるのか!?言動が全く伴っていないぞ!?」
つい先日も同じようなことで怒鳴ったのを思い出し、カインは頭を抱えた。
「うーん、無意識ってタチが悪いのよね」
「わ、悪気はないんですよ。ただ、良い意味でも悪い意味でも人を惹き付けてしまうだけで……」
シーラとレオンハルトはわざとではないのだとフォローするが、カインの言葉を否定はしない。
実は常々二人もカインと同じことを思っていたのだが、それを口には出さなかった。
それが彼女の魅力でもあることを知っていたから。
報告を終え、レオンハルトとシーラが退室すると、静かな執務室に溜め息が落ちた。
「只でさえ忙しいと言うのに……」
カインが椅子に凭れ、目を閉じてうんうん唸っていると、微かなノック音がした。
こんな時に誰だと思いながらもカインが入室の許可を出すと、躊躇うように少しずつ扉が開いた。
「ねぇ、ちょっといい?」
「なんだ、お前か。何しに来たんだ?」
ひょこりと顔を出したのは紅緒だった。
カインのぞんざいな言い方に少しムッとしつつも、気にしないよう自分に言い聞かせ、アルバートと一緒に入室して扉を閉める。
「あの、さーー」
そしておずおずと差し出された包みをカインが受け取り開いてみると、中に入ったものを見て
破顔するのだった。




