器量
思っていたよりも早く作れたサンドイッチを持って戻ろうとすると、紅緒ちゃんがおずおずと話し掛けてきた。
「あの、さ。やっぱりサンドイッチ、少しだけもらってもいい?」
「え、良いけど…もしかして」
「陛下への差し入れですか?」
「ちっ、ちがっ!!わなくも、ないけど、っ」
真っ赤になってしまった紅緒ちゃんをこれ以上苛めるのは可哀想なので、それ以上は何も言わずにどうぞ、と取り分けた。
「…ありがと」
小声だったが、ちゃんと聞こえた。
そんな紅緒ちゃんの様子を見て、黄華さんと微笑み合う。
実は陛下と紅緒ちゃんのことってあんまり知らないんだけど、上手くいっているのなら良いな。
陛下も紅緒ちゃんも素直じゃなさそうだから、時間はかかるかもしれないけど。
黄華さんもそう思っているのか、紅緒ちゃんを見る目が優しい。
普段はからかったり怒らせたりしてるけど、実は黄華さんって私達の事を良く見てくれている。
だから、本当はすごく優しい人なんだろうなと思う。
この世界に転移してきて、泣いたこともたくさんあったけど。
二人がいて、本当に良かった。
「紅緒ちゃん、黄華さん」
「何?」
「どうしました?」
「また、何か作ろうね」
これからも、一緒に。
「わたしも、またベニオちゃんとオウカさんにあいたい。わたしとも、あそんでくれる?」
仲間外れが寂しかったのか、ちょっぴり頬を膨らませてリーナちゃんが話に入ってきた。
「勿論です。またルリさんと一緒に来てくださいね。私達ともお友達になってほしいです」
「そうね、また会いたいわ。ねぇ、あたしもリーナちゃんって呼んでも良い?その方が友達らしいもの」
黄華さんと紅緒ちゃんの提案に、リーナちゃんがくりくりの目を大きく見開いた。
「ともだち?」
「そうよ、もう友だち!リーナちゃん、よろしくね!」
差し出された紅緒ちゃんの手を、少し躊躇いながらもリーナちゃんがきゅっと握る。
「……わたし、すごく、うれしい」
そう言って頬を染めるリーナちゃんの笑顔に、大人組は悶絶するのだった。
そんなやり取りをしつつも用意が出来たので、レオン達が待っている部屋に戻ることに。
どうせならお腹いっぱい食べてほしいし、材料が余っていて良かった。
ルビー団長さんなんて明らかにたくさん食べそうだしね。
たくさん出来たサンドイッチやお代わり用の紅茶とポットは、アル達が運んでくれた。
両手が塞がっているアル達の代わりに部屋のドアを開けると、テーブルの上にあったはずのサンドイッチは、カルロスさんが作ったと思われる一部を残して姿を消していた。
「え…もう食べちゃったの!?」
驚いて反射的にそう叫んでしまった。
「あの程度のサンドイッチ、腹八分目にもならんな。お、追加のそれも美味そうだな」
ははは、と笑うルビー団長さんに、あんぐりと口を開ける。
「ルリ様、見ての通りルビー団長は大食漢です。追加をお作りして良かったですね」
そう言うアルの眉は、困ったように下がっている。
うーん、でも私達はともかく、護衛騎士のみんなやリーナちゃんは食べてないからなぁ。
多分だけど、ウィルさんも遠慮してあまり食べてなさそう。
均等に、とはいかずとも、皆で美味しく食べたい。
「あの、ルビー団長さん」
「うん?イーサンで良いぞ?どうした、青の聖女殿」
名前呼びで良いと言っているのに、私の事は聖女って呼ぶんだ?と思わないわけではなかったが、それを口には出さずに素直に呼ぶことにした。
「……ではイーサンさん。追加の分ですが、リーナちゃんやアル達もまだ食べていないので、少し遠慮していただけますか?足りなかったみたいで、申し訳ありませんが」
私の言葉に、イーサンさんは少し驚いたような表情になったが、すぐににやりと笑った。
「ルリ?」
レオンが心配そうに私を呼んでくれたが、この程度で逃げるわけにはいかない。
「ほう?ラピスラズリ侯爵令嬢はともかく、第三とは言え、団長職の俺が護衛騎士達に譲れと言うのか?」
「おい、止めろ」
「いいの、レオン。確かに序列とは必要なものですし、上の立場の人を立てるのは大切なことだと思います。ですが、自分からそれを望むのは少し違うような気がします」
イーサンさんの目を見てきっぱりと告げると、後ろにいた黄華さんが私の隣に並んで口を開いた。
「そうですわね。たかがサンドイッチですが、食べ物の恨みとは怖いものですよ?それに下の者を丁寧に扱うことも、人の上に立つ者に求められる器量だと私は思いますが」
「そうね、あなたの言い方だと、一人占めする気?って思っちゃうわ」
続けて紅緒ちゃんも、黄華さんの逆隣からそう言ってくれた。
背後でアル達が焦ったように何か言っている気がするが、聞こえない振りをしよう。
怒らせたかもしれないが、言わなくちゃいけないこともある。
イーサンさんは、そんな私達を眉間に皺を寄せて暫く見つめていたが、ふっ、と息を吐くと耐えられないとばかりに豪快に笑い出した。
その姿に私達が呆気にとられていると、イーサンさんが必死に笑いを収めようとしながら口を開いた。
「ははっ、いや、試すような事をして悪かった。売られた喧嘩は買う主義でね。俺の見た目に圧倒されて何も言えなかったり、少し脅せば従うような聖女様方だったならば、この先関わる事はないなと思っていたのだが……。なるほど、レオンハルトが選んだワケが分かった気がするよ。ああ、サンドイッチはもちろん皆に配れば良いぞ?俺の腹が満たされるまでとなると、それこそ追加分全ていただくことになってしまうからな」
先程までの厳しい表情を緩めくしゃりと笑ったイーサンさんに、周りの空気も柔らかくなる。
「全く…。ルリ、そいつのことは気にしなくて良いぞ。そういう奴なんだ。そもそも序列など気にしない筆頭のような男なのに、あんなことを言うとは本当に性格が悪い」
「何だレオンハルト、お前が悪い女に引っ掛かっていないか心配してやったのに」
「余計なお世話だ!しかしこれで分かっただろう。当代の聖女様方はどなたもしっかりした方々だ。お前が心配するようなことは何もない」
この二人、意外と仲良しなのかな?
レオンはともかく、イーサンさんはかなり気安い様子だ。
そんな二人の言い合いを眺めていると、黄華さんがそっと呟いた。
「どうやら私達、試されたようですわね」
「どっかの見た目詐欺の毒舌副団長みたい」
紅緒ちゃんがちらりとウィルさんを見てそう言った。
どうやらウィルさんとは討伐や訓練の際に色々あるらしい。
最初の印象が良かっただけに、尚更思うことがあるのだろう。
「ねえ、るりせんせい?」
「あ、どうしたの?リーナちゃん」
くいと私の袖を引っ張るリーナちゃんの目線に合わせて屈むと、リーナちゃんはサンドイッチを持って困ったように首を傾げた。
「おとうさまは?どこにもいないの」
「え?あ、そういえば……」
くるりと部屋を見回すが、やはりエドワードさんの姿はない。
「兄上は、その……」
「どうやら仕事を抜け出してきたらしく、迎えに来た部下に引きずられて戻って行きましたよ」
レオンとベアトリスさんが苦笑して答えてくれたのだった。




