声
「あんな事を言っていたが、良いのか?」
「…ルリが決めた事です。私は、それを尊重したい」
「お前、変わったな。そんな表情、初めて見たぞ」
ルリとシーラが退出した後、レオンハルトはカインと二人で話していた。
『…私、あの頃は覚悟が足りなかったんです。平穏が一番だって、そればかり考えていて。いや、今でも平穏バンザイと思っていますけどね?でも、もうあの時とは違う。この国で、大切な人が出来てしまったんです。やりたいことも出来ました。その為には、自分が聖女だって受け入れなきゃいけないと思うようになったんです。今まで陛下やラピスラズリ家の皆さんに守られて来ましたが、それだけじゃいけない、って。陛下、レオン。私も貴方達を、この国を支えたい。まあ、大したことは出来ないかもしれませんけどね』
強い女性だとは思っていたが、それでも守ってやらなくてはという思いは変わらなかった。
でもルリは言った、"私も守りたい"と。
騎士という仕事柄、守られる、なんて自分には縁のない言葉だと思っていた。
守られるのは、弱い立場の者だけだと。
しかし、ルリにそう言われた時、確かに自分は嬉しかったのだ。
互いに助け助けられて、幸せになりたい。
彼女の言葉は、いつも胸に温かく響く。
「では、良いんだな?彼女の力を借りても」
「ルリが望むのなら。貴方のことだ、無理強いはしないでしょう」
その言葉に、カインは気まずそうに視線を逸らした。
この人は意外と優しいのだが、意地っ張りで素直でない性格のせいで損をしているとレオンハルトは思う。
好きな子は苛めちゃうタイプよ、とはシーラの言葉だ。
「…正直、助かる。情けない話だが、彼女達の力はそれほどまでに大きい。国を守るために、これほど心強いものはない。穏やかに、国政に関わらずに生きたいと言うのであれば、俺たちはその願いを叶えなくてはいけなかったのに。彼女達は、揃って国に関わろうとしてくれている」
カインの背負っているものは大きい。
悩み苦しんできたことも、レオンハルトは知っている。
彼女は、あの笑顔で、何でもないことかのように周りの人間を救うのだ。
「…いい女を選んだな」
「ええ、心から、そう思います」
きっと今頃、シーラも。
「…陛下は、どうなんですか?最近気にかけている女性がいるようですが?」
レオンハルトの質問に、カインはさあな、とだけ答えた。
そっぽを向いたその耳が少しだけ赤くなっていたことに、レオンハルトは気付かない振りをした。
暫く静かに泣いていたシーラ先生が、すん、と鼻をすすって身じろぎした。
あ、もう大丈夫かな?
「落ち着きました?」
そっと体を離すと、恥ずかしくなったのかほんのり頬を染めて視線を外された。
「…悪かったわね」
小さな声だったけど、ちゃんと私の耳には届いていた。
「いえ、全然。私、嬉しかったです。シーラ先生にちゃんと向き合う機会が持てたこともですけど、本音を見せてくれたこと。先生、絶対人に涙なんか見せないでしょ?はぐらかしたりして、誤魔化してそうだもの」
「………」
図星だったのか、顔を顰められた。
生い立ちとか少ししか聞いたことないけど、きっと色々あったはずだ。
「陛下のため、ですよね?いきなりあんな事言い出したの。シーラ先生こそお人好しだと思いますよ?」
「…ルリ、あんまり人の心を読まないでくれる?そういうことは分かってても知らない振りをしておくものよ」
あはは、と笑うと、今度は仕方なさそうに微笑んでくれた。
ちょっとだけ、嬉しそうに。
「さて、じゃあお仕事に戻るわよ。女神様の祝福だっけ?一体どういう状況でそうなったわけ?」
「いえ、別に変わったことをしたわけじゃ…。シトリン伯爵に言われてダイヤモンドを埋めて、お祈りしただけですよ?…あ、でも」
「でも?何か気になる事でもあった?」
「うーん、気のせいかなと思ってたんですけど…女神様?の声が聞こえた気がするんですよね。『そなたの願い、聞き入れた』って」
「…は?」
今度はシーラ先生、目が点になってる。
こんな色んな表情を見られるなんて珍しい。
「いやいやいや!気のせいかなーって暢気にしてるけど、重要事項だから!!正直半分くらいは女神様の祝福なんて信じてなかったけど、声を聞いたなら話は別よ!他には!?気になることないの!?」
「え、ええ~?」
ものすごい勢いのシーラ先生に尻込みしていると、もういいわ!と踵を返した。
どこに行くんだろうと思えば、部屋の外で待機していたアルを引っ張って来た。
「アルフレッド!貴方も近くで見ていたはずよ!一体どうやってあの事態になったの!?」
「はい!?そ、そうですね…ダイヤモンドを埋めた時は、特に変わりはありませんでした。祈り始めて暫くしてから、こう…ルリ様の周りがポォっと淡く輝き出して。空が明るくなったと思ったらルリ様から金と銀の輝く粒子が放出され、土地を覆った感じです」
そんな感じだったんだ。
私が目を開いた時にはもう辺り一面キラキラしてたからなぁ。
「…過去に、女神様の声を聞いたとされるのは、そう多くない。嘘か真かは定かではないけれど、その姿を見たという話もあるわ。そして、それを経験したのは聖女が多かったという話も。ルリ、今の話、誰にも言わない方が良いわ。そうね、レオンに隠すのは難しいだろうからそれは良いけど。残念なことに、貴女を利用しようとする連中がいない訳ではないの。だから、この話は私が預かる」
「ルリ様、女神様の声を聞いていたんですか!?貴女どれだけ…いえ、そうですね、私もそうされた方が良いと思います」
二人の真剣な表情に、私は頷き返すことしか出来なかった。
「…ところで、今度の実験の事なんだけど」
「あ、料理のやつですよね。分かってます、ちゃんと参加します」
不穏な空気が元に戻って、ホッとする。
でもそうだ、まだまだ調べないといけないことはたくさんある。
「ああ、確か他の聖女様方もご参加して下さることになったのですよね?結局、予定していた全員で実験することができるというわけですね」
「ええ、そうよ。それで、その…」
「?どうしたんですか?」
珍しく歯切れの悪いシーラ先生に、首を傾げる。
何か問題でもあるのだろうか?
「貴女はまだ会ったことがないはずよね?魔術師団の聖属性持ちのことだけれど、その、ちょっとクセがあってね?」
「ああ、カーネリアン子爵家の…」
不安ですね、不安だわ、と溜め息をつく二人に、私は嫌な予感を覚えるのであった。




