懺悔
「やってくれたな」
「やってくれましたねぇ」
「ルリ…」
「だ、だって私もそんなつもりじゃ…。ちょっと陛下!そんなあからさまに溜め息つかないで下さい!!」
…ということで。
王宮、しかもカイン陛下の元に呼び出されました。
と言っても謁見の間ではなく、応接室みたいな部屋だ。
メンバーも陛下にシーラ先生、レオンに私と少人数な為、そこまで畏まった雰囲気ではない。
国王陛下相手に畏まらないのもおかしな話だが、公の場以外では普通に、と言われているのでそうさせてもらっている。
まあ、こうして話してみると年相応な感じだし、初めはちょっと緊張したけど、慣れると意外と普通に話せる。
なんと年下、二十歳らしい。
二十歳であの威圧…じゃない、威厳はすごい。
「まったく…。おい、レオン。ちゃんと見張っておけと言っただろう」
「しかし、今回はルリも知らない力だった訳ですし…」
「そうね、想定外だったから仕方がないわよ」
レオンとシーラ先生がフォローしてくれるが、ごめんなさいとしか言えない。
あんな人前で、しかも公の場だ。
目撃者だってたくさんいる。
誤魔化せたり…は、しないよね。
「それで?その"祝福"とやらの効果は?」
「見た目はそう変わっていないと報告を受けていますが…土の成分などは、かなり良質な物に変化しているようです。うちのルイス=アメジストが実際に出向いて調べたので、間違いないかと」
「助っ人に出したうちの魔術師も同じことを言っていたわ。植樹したばかりの木も、早々に蕾をつけたと。植物の成長促進効果もあるみたいね」
「その上、聖女が祈って女神の祝福を受けた公園、か。これは話題にならないはずがないな」
「わ、わーい、やったぁ」
重い空気に耐えきれずへらりと笑ってみせたが、シーラ先生から苦笑を返されただけだった。
陛下は頭を抱えている。
因みにレオンには頭を撫でてもらえた。
「お前、自分で言ったことを忘れているのか!?なるべく目立ちたくない、穏やかに過ごしたいと言うから俺は……!!!」
「ひっ!ご、ごめんなさい!!」
胸ぐらを掴まれそうな勢いで怒られたが、まあまあとシーラ先生が間に入って陛下を宥めてくれる。
そういえばこの二人、従姉弟なんだっけ。
やり取りを見ているとかなり気安い関係のようだ。
「まあルリ本人がやったことだもの。目立っちゃっても自業自得だから、カインが気にすることじゃないわ。いっそのことぱーっとお披露目して国の役に立ってもらう?」
はい!?
「シ、シーラ先生それは…」
「あら、だって本人がやらかしてるんだから、不可抗力よー。」
ぎゃふん。
「それくらいにしてやってくれ、シーラ。ルリが涙目になっている」
何も言い返せず、ぷるぷるしている私に救いの手を差し伸べてくれたのは、やはりレオンだった。
「でもねえ、結局ルリはどうしたいのって話よ。話を聞いていると、この国のために私達に協力したい、出来るだけのことはしたいって思ってくれているのよね?だけど、貴女が考えているよりもずっと、貴女の魔力も知識も大きなものよ。目立たずに最大限やりたい、なんて不可能だわ。むしろ、変に隠そうとすると、その力を利用しようとする輩が出てきても不思議じゃないわよ」
シーラ先生の真剣な眼差しに、以前紅緒ちゃんや黄華さんと話したことを思い出す。
『いつかそうした場に出なくてはいけない時は来るでしょうね。聖女として生きると決め、国に守られている私達には、その義務があります。』
「…私、あの頃は覚悟が足りなかったんです」
だから、その言葉は自然と口から零れた。
「…良かったの?あれで」
未知の力の事を話し合うために、私とシーラ先生は別室で二人きりだった。
「シーラ先生がそれ言います?あれだけ焚き付けておいて」
心配そうな眼差しに、苦笑を返す。
良いんだ、以前陛下と話をした時の私とは違う。
あの頃はまだ…聖女なんて嘘みたいに思っていたし、元の世界への未練もタラタラで。
「本当は、今でも目立つのなんて苦手だし、聖女様なんて呼ばれるのも違和感あるんです。でも、私はもう選んでしまったから」
この世界で、生きることを。
レオンを好きになって、一緒に生きていきたいと思った。
大切な人が増えて、私も力になりたい、この国の子ども達のために教育に関わっていきたい、助け助けられて一緒に幸せになりたい。
そう、思ったから。
「…貴女、お人好しよね。私の事も、責めたりしなかった」
シーラ先生の声が沈んだ気がして、そっと視線を向けると、悲しそうな目をしていた。
「…そんな事ないですよ。先生に会ったのは随分精神的に落ち着いてからだったし。帰れないって知った直後だったら、掴みかかってたかも」
「それくらい、やって当然よ」
歪んだ顔が、無理をして笑う。
「確かに、私は望んでこの世界に来た訳じゃない。聖女にだって、別になりたかった訳じゃない。泣いた事だってたくさんあります。でも、この世界で私が受けた優しさは、どれも本物でした。同情からじゃない。聖女だからでもない。ただの"ルリ"としての私に、笑いかけてくれたんです。その優しさに応えたいと思うのは、別に変なことじゃないですよね?」
私の静かな声に、シーラ先生は俯く。
「…では聞きます。先生は、気紛れで私達の召喚を行ったんですか?召喚した事を、後悔していますか?私達の心など、どうでも良いと思っていましたか?ーーーこの国の為ならば、私達を利用することなど些細な事だと思っていますか?」
「…どれも、"いいえ"よ」
ぎゅっと瞑った目には、涙が溢れていた。
その肩は、震えていて。
「では、私は先生を信じます。こんなに人の為に、国の為に心を砕き、涙を流せる貴女を。きっと私達の幸せの為に動いてくれる、そう信じています。だから…もう苦しまないで下さい」
さらに深く俯いて見えなくなっていたが、シーラ先生の瞳からは、ぽた、ぽた、と雫が落ちてきた。
唇を噛み締めて、嗚咽を漏らさないように耐えるその背中に、そっと腕を回す。
「一緒に、幸せになりましょう?」
抱き締めた頭を肩に預けると、温かい涙が滲み、か細い声で「ありがとう」と呟く声がした。




