第三騎士団長
「ルビー団長、ですか?」
「うん、確かベアトリスさんのお兄さんなんだよね?どんな方なのかなと思って」
王宮の帰り道、馬車の中でアルに聞いてみた。
レオンやウィルさんに聞くのも、忙しそうで悪いかなって思ったからね。
その点、ベアトリスさんと知り合いのアルなら、そのお兄さんの事も知っているはずだと思ったのだ。
しかし、その名を聞いた途端、アルは険しい顔をして溜め息をついた。
「…第三騎士団の団長なのはご存じですよね?第三騎士団に平民が多いのも?」
「あ、うん知ってるよ。えっと、確か第二は魔法騎士団って呼ばれてて、魔法に明るい貴族出身の人が多いんだよね?第三は基本的に腕っぷしで選ばれるから、平民出身が多いってレオンに聞いた事があるわ」
「ええ、そして貴族と平民の混じる、しかも血の気の多い猛者達を束ねているのがルビー第三騎士団長です」
それは、つまり…
「かなりの実力者であり、かなりの曲者です」
う、やっぱり。
「あのベアトリス様の兄上ですからね。血筋というものは恐ろしいもので、彼もまた、人をからか…手玉に取るのがとても好…上手な方ですよ。勿論剣の腕前は飛び抜けていて、見た目はいかにも騎士団長、という感じですね。赤髪・赤目で大柄、強面、大ざっ…器の大きな方です。見た目は恐そうですし、実際恐いですけど、それ位でないと第三の連中は纏められませんからね」
ちょっと待って、言い直しがたくさんあったことが気になるんだけど。
「因みにうちの長兄とは同い年で幼馴染みです。混ぜるな危険、です」
「うん…アル、だいたい分かった。ありがとう」
アルが苦労してきたって事も。
末っ子には末っ子の苦労があるのよね…。
そんな遠い目をしなくても良いのよ…?
「ルビー団長、失礼する」
「ん?おお?ラピスラズリの次男坊じゃねーか。珍しいな、そんなに恐い顔をしてどうした」
「どうした、ではない!どういう事だこの書類は!これは第三の管轄のはずだろう!何故私のところに回されるんだ!!」
レオンハルトはルリと別れた後、第三騎士団の団長室を訪れていた。
問題の書類の束をバン!とその机に叩きつけて抗議をする。
しかしそれを歯牙にもかけず、第三騎士団長、イーサン=ルビーはかっかっかと豪快に笑い飛ばす。
「ああ、それか。宰相に言ったんだよ、俺よりもレオンハルトの方が上手く捌けるってな。俺に任せたままにしておくと、仕事が滞ると思ったんじゃねーか?お前も俺が書類仕事苦手な事、よぉく知ってるだろう?第二も合同で行ったから、お前だって内容を分かっているはずだ。頼んだぞ」
「頼んだぞ、じゃない!苦手だからと此方に回すな!私にも通常業務があるんだ!!」
「良いじゃねーか。お前には聖女サマの回復メシがあるんだろ?書類仕事で完徹くらい余裕だろーが。俺には無理だ。寝る、速攻寝る。活字見たら五分で寝る」
真面目な顔をして何を言っているんだこの馬鹿は、とレオンハルトは思った。
いや10程歳上のしかも団長職にある人に失礼だとは思うが、良い意味でも悪い意味でもそれを感じさせない、このイーサンという男がレオンハルトはよく分からなかった。
難しいとされる第三騎士団を見事に纏め、魔法の才能こそ無かったが剣の腕も超一流であり、見た目も実は悪くない、…だが結婚はしていない。
「おい、何か失礼な事を考えているだろう。俺には分かるぞ。貴様、恋人が出来たくらいでいい気になるなよ」
「いい気になどなっていない」
心を読まれたかと内心思ったが、それを表情には出さずに目を逸らした。
しかし今の発言で、十中八九あの書類は嫌がらせなのだと確信した。
先程の聖女様の回復飯がどうとか言っていた事からも分かる。
「くっ…余裕か!?余裕なのか!?貴様は女になどうつつを抜かさない、生涯独身を貫く奴だと思っていたのに!あっさりとこの一年で上手く纏まりやがって!!」
だん、とイーサンは机を叩きつけて立ち上がった。
この部屋の執務机は超頑丈に作られていると聞いていたが、本当らしいとレオンハルトは心の中で思った。
…いくつかへこみは見られるが。
「それと仕事は関係ない。これは自分でやれ」
衝撃で飛び散った書類を指してそう言い放つ。
「ほう?そんな事を言って良いのか、レオンハルト」
「…どういう意味だ」
訳あり顔のイーサンに、レオンハルトは眉を寄せた。
アルにラピスラズリ邸に送ってもらった後、私はリーナちゃんを訪ねていた。
セバスさんに、まだレッスンは終わっていないはずだと聞いたから。
フォルテの置いてある部屋の近くまで来ると、微かに音色が聞こえてきた。
良かった、間に合ったみたい。
それにしても、すごく上手になった。
可愛らしい曲で、リーナちゃんにぴったり。
そう思いながらこっそりとドアを開けて中を覗くと、クレアさんの声が聞こえた。
「はい、とてもお上手で宜しいですよ。では、今日はここまでにしましょうか。…あら?ルリ様、どうされました?」
早々に見つかり、にこりと微笑まれてしまった。
「えっと、こんにちはクレアさん。リーナちゃんも、お疲れ様」
「るりせんせい!」
私の顔を見ると、途端にぱっと表情が明るくなる。
うーん、やっぱり可愛い。
リーナちゃんに癒されたところで、クレアさんには一応ちゃんと謝っておかなければ。
「すみません、中を覗くなんてはしたないことをして…」
「お分かりならば宜しいのですよ。何か私にご用事でも?」
「あ、ええと、ちょっと二人と話したくて…。もしお時間があれば、少しだけお茶していきませんか?」
私からの提案に、二人は快く頷いてくれた。




