ランチタイム
「ちょっと待って!?何その名家のお嬢様の趣味みたいなやつ、一般人なら習わないでしょ!」
「昔の話ですよ」
「習ってたんですか?」
「うーん、まあそんなところです」
にこにことした笑みは普段と変わらなく見えたけれど、答えを濁しているところを見ると、あまり話したくないのかもしれない。
そう言えば黄華さんって時々そういう事あるんだよね。
まあ人には話したくない事の一つや二つ、あってもおかしくないけど…。
でもちょっぴり寂しいって思ってしまうのは、傲慢なんだろうか。
「まあ、そっとしておいてはどうだ?」
「う~やっぱりそうかな。でも何かあるなら話を聞いてあげたいと思うし、力になりたいって思っちゃうんだよね。何だかんだで黄華さんにはお世話になってるし、その、レオンのことでも相談に乗ってもらったし…」
「青の聖女様、お節介って言われませんか?言いたくなったら向こうから言って来るでしょう。構って欲しい子どもじゃあるまいし。おや、このタマゴヤキ?美味しいですね」
「おい、ルリを貶すな。あと食べ過ぎだ。私の分がなくなるだろう」
交流会が終わり、私は現在レオンのいる団長室にお邪魔している。
付き合うことになって以来、王宮に用のある時は、都合が合えば差し入れを持って昼食や休憩時間を一緒に過ごしている。
今日も色々おかずとおにぎりを作って差し入れに来たのだが、丁度ウィルさんもいたので、良ければ一緒にどうぞと誘ったのだ。
喜んで、と返事をしたウィルさんをレオンが睨んでいたのには気付かない振りをした。
邪魔するな、と顔に書いてあるのは分かっていたが、…その、やっぱり室内に二人きりは緊張するもの。
それに随分ウィルさんの歯に衣着せぬ物言いにも慣れてきたし、慣れてしまえばいっそ清々しい。
むしろ確かに、と感じることも多いので、彼とは上手くやっていきたいと思っている。
それに、わーわー言い合っている二人を見るのも新鮮で楽しい。
レオン、容姿のせいもあって普段は落ち着いて見えるけど、ウィルさんと一緒だと意外と子どもっぽい顔を見せたりするから。
今もおにぎりを、もうやらん!!と言いながら自分の方に引き寄せている。
そうそう、お米はすっかり私達の中で定着し、レオンもおにぎりを気に入ってくれた。
腹持ちも良いし、色んな具材を入れることができるのも飽きがこなくて良かったみたい。
「まあまあ。レオン、たくさんあるんだし、ウィルさんにもあげて?また作って持って来るから。それに、ウィルさんが言ってることも正しいと思うし。そうなんですよね、ついついお節介焼いちゃう癖、直さないとと思っているんですけど…」
「私はそこがルリの良いところだと思うぞ。その気持ちに救われた者は多いはずだ。だがまあ、時にはそっと見守る事も必要だろう」
「おや、只の色ボケ発言かと思いきや、ちゃんと考えているようで安心したよ。大丈夫ですよ、あの方は構ってちゃんでは無さそうですから。何も言わずに待ってあげて、向こうから来たら聞いてあげればよろしいのです」
「…何か、ウィルさんを初めて頼もしく思いました」
「貴女も存外失礼な人ですね。これでも一応この中では年長者ですからね」
こうして軽口を叩く程度には仲良くなれた気がする。
でも、今みたいにハッとする事を言ったりするので、尊敬できる部分もあるんだよね。
そういう意味では黄華さんにちょっと似てるかも。
「さて、それでは団長の視線も痛い事ですし、お邪魔虫は席を外しましょう。但し、私がこの書類を届けに行って戻る数分のみです。ここが職場だということはお忘れなく。戻ったら休憩は終わりだからな、レオン。ああ聖女様、お食事とても美味しかったです。また是非ご一緒させて下さいね」
そう言ってウィルさんは書類の束を抱えて出て行った。
今、褒めてくれた?
また一緒に、って言ってくれたよね?
あのウィルさんが!
うわーなんかちょっと嬉しいぞ。
「ルリ」
「うん?あ、レオンもごちそうさま?残ったおにぎりは夜食に食べてね」
ご機嫌でレオンに向き直ると、何故かムッとした顔をされた。
すると、どうしたの?と聞く間もなく腰に手を掛け引き寄せられる。
「!?レオ…」
「折角二人きりになったのに、他の男の事なんて考えないで欲しいのだがな」
わざとなのだろう、声のトーンを落として耳元で囁かれる。
「それは…そんな、別に…」
「もう良い、黙って」
「…っ、ん」
私の言葉を遮ったかと思えば、少し強引に口付けられた。
かと思えば、頬に添えられた手は優しくて、キスの甘さに頭がくらくらする。
そっと唇が離れ顔を覗き込まれたが、恥ずかしさから睨み上げて抗議する。
「もう!急にきっ、キスするなんて!ウィルさんが戻って来たらどうするのよ!?」
「まだ戻るまでに時間はある。ルリがあいつの事を考えて微笑むのが悪い」
確かに部屋を出たばかりだけど、忘れ物を取りに戻るとかあるじゃない!?
それに、職場だということを忘れないように、ってアレ、釘を刺されてたんじゃないかしら?
「そんな赤い顔をしているとバレてしまうぞ?あいつは鋭いからな」
「~~~っ!じゃあ離れてよ!この状態で平常心とか無理っ!」
顔こそ離れたが、まだ抱き寄せられているこの体勢ではドキドキするなと言われても無理がある。
「それは出来ない相談だな。こうして触れ合う機会を手放せる程、俺は余裕のある人間じゃない」
そう言ってぎゅっと抱き締めてきた。
逞しい胸からとくんとくんと直接耳に心音が響いて、彼もドキドキしてくれているんだ、と分かる。
「…あまり嫉妬させないでくれ。思いの外狭量な人間だったのだと自分でも驚いているのだから。こうして腕の中に閉じ込めておきたいと思う程には、余裕なんてないんだ」
はあ、という溜め息が頭上に落ちる。
言いながら抱き締める腕の力が強くなるのにドキッとする。
「わ、私も…」
コンコン
「「……………」」
「…時間切れ、だな」
レオンの声に、ぱっと身体を離す。
よ、よよよ良かったぁぁぁ!!
ノックも無しに開けられていたら大変な事になっていた。
平静を装って居住いを正していると、ノックから少し時間をおいてウィルさんが入ってきた。
「ああ、大丈夫そうで安心しました。いくら付き合いを始めたとは言え、慎みを持って頂かないとね。さあレオン、仕事だ」
恐らく赤いだろう私の顔の事には触れずに、ウィルさんはレオンの方を向いた。
その腕に抱えた書類は、提出のために持ち出した物の倍くらいある。
…これは、もしかしなくても。
私の予想は当たっているようで、それを見たレオンは眉間に皺を寄せた。
「くそ、ルビー団長の奴…」
ルビー団長?
聞き覚えのある名前に私は首を傾げた。




