仮説
「今日も賑やかでしたね。楽しそうな声がよく聞こえてきましたよ」
「そりゃまあ…楽しかったけど。でも紅緒ちゃんよりは疎くないと思うの!」
鈍感だと散々言われたが、これでも元の世界では察せる人間だと職場のみんなに褒められていた。
だからそんなはずはないと思うのだが。
「ああ…恐らく恋愛面だけ何故か鈍いという珍しいタイプなのでしょうね。団長殿に同情致しますよ」
「…ご、ごめんなさい?」
何でだろう、アルに言われると否定できないような気になってしまうのは。
「こんにちは」
「あら、ルリいらっしゃい。待ってたわよ」
アルには扉の前で待っててもらい、シーラ先生の講義を受けるためいつもの講義室に入ると、何故だか向かい合わせに座れるように机と椅子が設置されていた。
しかも、なんだか近い。
「うふふ、レオンから聞いたわよ。おめでとう。でもアイツったらあなたが可愛いとか我慢できないとか、そんな事ばっかり言うから、聞いていてもよく分からないのよね。だから」
にこっとシーラ先生は首を傾げて可愛らしく微笑んだ。
「ルリの心情も、全部、聞かせてね?」
またこれーーー!!?
「ーーーと言いたい所なんだけど、大事な話があるのよね。まあ結局聞かせてもらうことになるかもしれないんだけれど」
「え?大事な話、ですか?」
「ええ。全回復のチョコレート、って言えば分かるでしょ?」
「あ!」
そうだ、それがあった。
きっとレオンはあの日、私を部屋まで送ってくれた後、シーラ先生に報告に行ったんだ。
私もひょっとして材料のチョコレートに何かあるのか?と思ったのだが、今回作ったチョコレートには普段と同程度の回復量しかなかった。
なぜあのチョコレートだけにそんな効果が付いたのか、謎のままだったのだ。
「それとあと一つ。貴女以外の人物が作った物から、微量ではあるけれど、回復効果が現れたの」
「え…?だ、誰ですか?」
「ラピスラズリ侯爵令嬢。リリアナちゃんだっけ?」
「え…ええええーーー!?」
「驚くのは無理もないわね。でも、あのパーティーで彼女が作ったポテトサラダには、確かにHP回復の効果が付いていたわ。鑑定もしたから間違いない。…気付いたのは、恐らく私だけでしょうけどね。あれ、貴女は手を加えていないって言ってたでしょ?それなのに効果が現れたということは、リリアナ嬢の魔力で間違いないわ」
「で、でもリーナちゃんは光属性持ちで、聖属性魔法が使えるなんて聞いたことも…」
「多分、レベルが低くて鑑定に引っ掛からなかったのかもしれないわね。実際の回復量も微量だったし。それか、後天的な物で最近魔力が開花した、とか。私や貴女達聖女なら、鑑定も正確にできるから、承諾さえもらえれば聖属性持ちかどうかが分かると思うけど」
な、なるほど…。
「実際、聖属性持ちなんてかなり希少だから、発覚したら大騒ぎでしょうけどね。レベルに差はあれど、聖女様三人とも持っているのも本当に凄いことなの。だからこそ謎も多いんだけどね…」
事実、この国に私と紅緒ちゃん、黄華さん以外に聖属性持ちは確認されているだけで三人しかいないそうだ。
その人達も、レベルはそう高くなく、一番高い魔術師団の秘蔵っ子さんでも10しかないのだとか。
私のレベル、MAXなんですけど…。
それを言ったらとんでもない事になりそうなので、絶対に口外しないでおこうと心に決める。
…レオンには言っちゃうかもだけど。
「…でも、どうしてレベルの低いと思われるリーナちゃんが作った物に効果が現れたんでしょう?私は、あ~ちょっとレベル高めなんで、漏れ出ちゃっても仕方ないと思いますけど」
「そう、それね。以前、魔力操作が上手くなれば料理をして漏れ出る事はなくなるかも、と言ったけれど、そんな兆しはないわよね?で、私が立てた仮説はこうよ。恐らく、聖属性魔法の発動には、レベルだけではなく、術者の"想い"も関係しているのではないかしら」
「術者の、想い…」
「そう。あのパーティーの料理。来てくれるお客様のために、とリリアナ嬢が心を込めて作っていた。だからそれが料理にも反映された。ルリ、貴女もいつも料理をしながら同じように心を込めているでしょう?そして、貴女の作ったチョコレートだけど」
ん?ちょっと待って。
術者の想い。
謎の全回復。
…想いが強い=回復量が多い??
「正解」
ち、ちょっとまってぇぇぇぇ!!!
そ、それって、それって…!!!
「よっぽどレオンが好きなのね。全回復ですもの。とんでもないレベルと強い想いがないと出来ないと思うわよ?もう遠征食作る時は、レオンに全部食べさせるつもりで作れば良いんじゃない?」
「もっ、もう分かりましたから!それ以上言わなくても良いですーーー!!!」
「あとはそうね…一体どんな気持ちであのチョコレートを作ったのか、興味あるわぁ。どんな想いを込めちゃったの?鑑定にも"癒しの聖女の想いが込められている"って出てたわよね。癒しの聖女ってルリのことでしょ?」
いやぁぁぁーーー!!!
何か色々バレてる!
恥ずかしい称号みたいなのもバレてる!!
「全部話してもらうわよ、ルリ。国のため、ひいてはレオンを守るためよ?さあ、とっとと吐きなさい」
ちょっと待って!!
発言と表情が対犯罪者みたいになってますけど!?
「私から逃げられるなんて思ってないわよね?」
ちーーーん。
結局、全回復チョコを調べるためという目的こそ仕事がらみだが、中身は私の心情をつぶさに話すという恥ずかしすぎる事をさせられた。
「ふぅん、やっぱり"愛は勝つ"なのね。一世一代の告白の時だったから、あんなに効果が高かったのかしら?だとしたらもう作れないかもしれないわよね…それはちょっと問題ね」
「デスカ」
「でもね、ほら、やっぱり討伐となるとケガは付き物だから。酷いと死ぬことだってあるのよ。そんな時、全回復できるものがあったら、こんなに心強い物はないと思わない?全回復が難しくても、救護隊が対応できる程までに治せるものがあるなら、それを用意してあげたいじゃない?」
シーラ先生の言葉に、ハッとする。
そうだよね、騎士団の人達は命を懸けているんだもの。
まだ仮説だけど、恥ずかしすぎるけど、少しでも可能性がある事は試した方が良い。
「じゃ、納得したところで、早速ベアトリス=ルビーの所に行きましょう!」
「…はい?」
ひょっとして今からですか!?
「善は急げ、よ。さあレッツゴー!」
どこか楽しそうなのは勘違いではないのだろうと、私はため息をついた。




