ルーシュ視点《6》
ズカズカとみっともなく足音を立てながら婚約者様が私の方へとやってくる。そしてマナを指差すと私の方を見下してきました。
「婚約者が居ながら男を取っかえ引っ変え…しかもこの様なパーティーでまでその様な!」
その様なとはどの様な?
思わず口から出かけた疑問はマナの手が私の口を塞ぐことで掻き消えました。いや、でも聞いてもいいのではありませんか?
私の婚約者であると主張し、責め立てるのであればなぜその腕には私ではない女性の腕を絡ますことを許すのか。
「税を尽くしたような下品なドレスもお前の中身を表しているようで───」
その先は聞こえませんでした。マナが私の口ではなく耳を塞いでくれたからです。
発言の内容について想像はつきますが、きっとこの事はお兄様の手紙には書けませんわね。というより、お兄様への手紙が書いては出せず溜まってしまっているのです。
この素敵なドレスを用意してくれたお兄様へ感謝の言葉を乗せたくてもなんだか、婚約者様に言われた言葉が浮かんでしまって上手く言葉を紡げる気がしません。
マナが代わりに何かを言ってくれているようで、周りの人の表情が厳しくなります。
言葉は聞こえなくても、マナは…優しくて大切な私の親友はきっと私がこのドレスを大切に思っていることを知っているから。私の為の言葉を選んでそれでも仕返しはしっかりとしてくれているのでしょう。
───あぁ、友人なんて出来そうにありませんわね。
周りの人の表情は“関わりたくない”という至極真っ当な保身の感情が浮かんでおります。私にとってこのドレスはお兄様が選び抜いてくださった今日の為のドレス。
素敵な理由で贈られたものが私のせいで穢れているようで。酷く胸が痛いのです。
初めてのパーティー。
もっと心が踊って、幸せな気持ちになるんだと思っていました。友人もできて、マナとも笑いあえて。
婚約者様の手に腕を絡めている女性が私に不意に視線を向ける。その視線が酷く気持ち悪い。
「ルーシュ?」
婚約者様が立ち去り、マナがその背中を隠すように私の目の前に立つ。
「ありがとう、マナ」
「…いいんだよ、礼なんて」
お兄様の気持ちが分かります。色んな感情が混ざり合う所なのですね、パーティーは。華やかな見た目だけではなく、中はたくさんの感情で混ざり合っているのですね。
「お兄様に、会いたいですわ…」
「…ルーシュ」
「でも、私が頑張ると決めたのです、帰りはしません」
でもマナだけには。
マナには。
「でも、あなたに吐く弱音だけは許して欲しいの」
私はゆっくりと微笑んだ。だって、今はマナは私の親友でしょう? この先親友と名乗れなくなったとしても。
「ルーシュ、踊ろうか」
「マナは男性パートまで踊れますの?」
「私に出来ないことがあると思っているの?」
「まぁっ」
「それに、あいつらに仕返ししたいでしょ、ルーシュも」
その言葉に思わずぱちぱちと数回瞬きをしてしまう。仕返し?
「…なんと仰っていましたの?」
「聞くに耐えない戯言だよ、ルーシュは知らなくてもいいけど、手っ取り早い後腐れのない仕返しができるんだ、もちろんやるよね?」
手を引かれ、ホールの中央の開けた場所に出ると、婚約者様も遠くに見える。マナがとても綺麗に微笑んで私に手を差し出してくる。
「さぁ、ルーシュ」
「…っ」
「大いに目立ってやろうじゃないか」
「ふふ」
堪えきれない笑みを浮かべてマナの手をぎゅっと握る。
私もダンスには自信があるので、女性には負ける気がしません。そしてマナほどなんでも出来る器用な人を私は知りません。
仕返し…確かに、小さくはあるかもしれませんが。少しだけ胸がスっとしました。
更新遅くなりましたことお詫び申し上げます!