ルーシュ視点《5》
華やかなドレスを身に纏い、沢山の生徒がパーティー会場へと足を運ぶ。
学園の中でありながらも、まるで本当に王宮で行われるものの様な華やかさを私はじっと見つめる。
…私だって着飾ってはいます。ただ、婚約者がアレなので、私をエスコートしてくれる方が居らず、入るに入れないのですが。
ちらりと、仲睦まじい様子で会場に入っていく“婚約者”をみたけれど、やっぱり噂は真実だった様です。
深く溜息をこぼすのは許して欲しいのです。でも優しいマナが来れば私も入れるはず…きっと、一人ではいるよりは二人で入った方がいいという事なんだと思います。
お兄様から贈られてきたドレスはとても美しいです。銀の生地に、赤の刺繍。金の装飾。どちらで頼んだかは分かりませんが、きっとお兄様の事ですからお金は気にしないで用意したのでしょう。
それも、こんな端っこでは勿体無いものですが。
そっと下げていた視線に慌てて顔を上げます。
弱音を零すのは早すぎますわ! 私はこのパーティーで立派に友人を沢山作って人脈を広げるのです!
「負けませんわ!」
「…なにが?」
かけられた声に驚き、視線を向ける。マナの声です。やっと来てくださいましたのね!と向けた顔がぴしりと硬直する。
「…マナ?」
「さすがにこの姿でいつも通り話すのは浮くから、許してくれる?」
ぽかんと、私を見下ろす存在に困惑しか生まれません。
あれ?長い髪はどこに?
なぜ、マナはドレスではなく男装をしていますの?
「随分間抜けな表情だけどどうしたの」
「…なぜ、そのような姿に?」
「いい考えがあるって、言ったでしょ?」
くすくすと楽しげに微笑まれ、疑問符がさらに浮かんでは消えを繰り返す。
「…つまり?」
「ルーシュ・バハール、私に貴女の手を取りエスコートする権利を下さいませんか?」
跪いて許しをこうように手を差しだしてくるマナ。なるほど…貴女が私をエスコートしてくださるという…ええっと。
「いいのかしら?」
「いいんだよ」
「でも…」
「いつもは細かいことを気にしないのに今日はやけに気にするね」
話し方が違うからでしょうか。声も顔も仕草もいつものマナと同じなのに、何故か頬が熱いです。着慣れないドレスだからかもしれません。
「それで?答えは?」
「…っ謹んでお受け致しますわ」
そっと差し伸べられた手に私も手を重ねるといたずらっ子のような笑みを返される。
───まさかこんなことになるとは思いませんでした。
私達が会場に入るとざわめきが一気に広がる。自然と下げてしまう視線にお兄様が嫌がる気持ちが少しわかってしまいます。
けれど、隣で、こほんと小さく咳払いをする親友を思うと、それも必要ないのだとやっと分かります。
「ルーシュのドレスはバハール侯爵が?」
「え、ええ…入学祝いとして送ってくださったものですの、こんな機会でもないと着ないものですから恐らくはこのパーティーのために下さったのだと思いますわ」
「成程、気が回るね…」
「自慢のお兄様ですわ!」
ぱっと視線を上げて誇らしげに胸を張るとまたクスクスと笑われてしまう。その様子に少し違和感が浮かびましたが、かけられた声にそれは吹き飛んでしまいました。
「っなんて恥知らずな女だ!」
私の“婚約者”だという方が麗しい顔を酷く歪め、怒りに任せた足取りでこちらに向かってきていたのです。