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第一章 「少女と探偵」 1

「コンドーさん」

 妙なイントネーションの呼び声が警察署内にこだまする。

「コンドーさん」

 節電要求の影響で蒸し風呂状態になっている署内には、俺を含めて一般市民が五名ほど、安いパイプ椅子に腰かけていた。

「コンドーさん」

 受付にいる初老の警察官は、元気よくその名を連呼する。

 その意味するところを知ってか知らずか、周りから、クスクスと笑い声が聞こえてくる。

 と、ようやく連呼されていた名が止んだ。その隙をついて、俺はなるべく物音を立てないように腰を浮かせる。それから、忍者の如く足音を忍ばせて、警察官との距離を詰めていく。

 だが、さすがはベテランの警察官。俺の気配を察知し、にやりと表情を変えたかと思ったら、

「コンドーム、サシさん」

 補導されて来署したのか、詰襟を着た学生がプッと噴き出した。

「コンドーム――」

「近藤です。近藤」

 また恥をかかされる前に自分から名乗る。

「知ってるよ。近藤武蔵君」と、目の前の警察官――清水満が、菩薩のような顔をくしゃっとすぼめて笑う。

 俺にとっては、もはや馴染みの顔となった清水さんは、毎度毎度、こうやって名前ネタを俺に仕掛けてくる。

 恥ずかしいのでいつも止めてくれと言うのだが、『老い先短い年寄りの楽しみを奪わんでくれ』とけむに巻いて、清水は毎度ささやかな悪戯を成功させる。

 落ち着いた人相に似合わず、どんだけセクハラおやじなんだよ。

「で、また、だって」

 清水さんが、『また』と強調して、同情の眼差しを向ける。

「ええ、また、です」

 俺は盛大にため息を吐き出した。

「今度は何をやらかしたかね?」

「はい。実は――」

 その理由を口にしようとした時、

「聞き込みをしていただけですよ」

 受付横の鉄扉がガチャリと開いてガタイのいい、化粧の濃いおっさんが出てきた。

「おお、むな志」

「おやっさん。毎度お世話かけます」

 清水さんへと頭を下げる、むな志と呼ばれたおっさん。ふむふむと清水はうなずく。

「今回は何でしょっ引かれた?」

 清水さんは気安く目の前のおっさんに訊ねた。

「ナニもしてないわよ。ナニもね。アタシは、ただ、大学構内で、とある事件の聞き込みしてただけよ。なのに、通報されるなんて、ツイてないわ」

「ほほぅ。それは確かにツイてないな」

 清水は自らの“せがれ”をいじりながら、うなずく。

「んもぉ~、まだツイてるわよぉ~」

 返す刀で突っ込むおっさん。「そうだったか?」ととぼける清水と、「そうですよぉ~」と腰をくねらせるおっさんが二人して笑う。

「いやいやいや。ツイてるとか、ツイてないとか関係ないから。こんな女装したおっさんがキャンパスにいたら、即通報ものだって」

 俺はその見るからに怪しい風貌に突っ込む。

 女装もまだ性別が分からないようなグレーゾーンならまだ救いようもあるのだが、その姿は明らかにおっさんがただ女の格好をしただけだ。まさに、男装の麗人ならぬ、女装の変人だ。

 ――その男、オカマにつき。

 目の前のおっさんを一言で表すなら、そんな単純なネーミングがよく似合う。

 と言うか、ツイてないのは、このおっさんが、問題を起こすたびに身元引き受けに呼ばれる俺の方である。

 ちなみに、俺自身は、“もろちん”――。もとい、“もちろん”、ツイてるノーマルだ。

「誰が、おっさんですって。誰が全身猥褻物陳列罪よ」

 即座にツッコミ返してくるおっさん。

 どす黒い肌に塗りたくられた化粧をした、百八十センチ近い身長の男が、文字通り上から目線で覆いかぶさり、妙なプレッシャーを与えてくる。

「あんただよ。あんた」

 その重圧に背骨を逸らしながらも、反発する。

「誰が、あんたよ。親に向かって。ママと呼びなさい。ママと」

 勘弁してくれよ。

 腰をクネクネと尻を振っているおっさんに向かって、『ママ』なんて呼んでたらこっちも変態扱いされるだろが。

 だが、しかし――。

 このおっさんは……。この人は、認めたくないが俺の保護者で、この男こそが、俺の名付け親。

 つまり、『武蔵』、なんて男くさい名前を付けた張本人――俺のオヤジだ。

「ったく、オヤジが、武蔵なんて名前つけるから、いつも清水さんに恥かかされるじゃないかよ」

「何でよ~。いい名前じゃない。コンドームサシ!」

 股間の前で、両手を使ってツチノコのような形をつくる。

「由緒正しい名前なのよ」

「あんたが言うと、全部下ネタにしか聞こえないんだよ。つーか、名字と名前、繋げんなって」

「何言ってんの! コンドーをつけない男は、挨拶が出来ないのと一緒よ! コンドー家の一員として、胸張んなさい!」

 そう言って俺の尻を叩くと、オヤジは自慢の上腕二頭筋を突き上げ、胸からビームでも出しそうなポーズをした。

「だから、近藤のケツを伸ばすなって」

「何よー。コンドーなんて、伸ばしてなんぼでしょ?」

 オヤジの一人漫才に、署内の誰もが笑いをこらえているのが分かった。

『おまわりさん、こいつらです』

 周囲の視線が、清水さんへとそそがれる。

 視線の先の本人は、「うんうん」とうなずいている。

 オヤジと清水さんは、旧知の間柄で、かなり古くからの知り合いとのことだ。なので、こんなセクハラまがいのやり取りも笑って見逃してくれる。

 オヤジは、見た目通りの変態で、ただの変態ならいいのだが、悲しいかなアグレッシブな変態なので、声かけ事案として通報される。しかし、何らかの力が働くのかいつも不問にふされて釈放となる。その何かしらの力の一員として、清水さんが尽力してくれているとの噂もあったりなかったりと聞く。こんな変態オヤジと知り合いなんて、不幸な人だ。まあ、この人もかなりのセクハラじじいなので、類は友を呼ぶって事なのかもな。

 さすがに、この人もあっち系の人間で、お尻合いなんてことはないと思うが……。

 視線を感じたのか、清水さんがこっちを向いて目を細めた。

「…………」

 一歩後ずさる。

「あ~。俺、そろそろ帰ろうかな」

 と言うか、オヤジの下ネタに付き合っていると、いつまで経っても帰れない気がする。

「ならアタシも帰るわよ」

 慌ててオヤジも続く。

「それじゃ、おやっさん。また、お店に来てよね。それじゃ、マタ」

 某大物芸人のコマネチのポーズをしているオヤジを尻目に、俺は警察署をあとにした。



                    *



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