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統制戦隊・ジェイソックス!  作者: 田中義男
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熱血の構築!受注プロセス編

 高層ビルが立ち並ぶ、都心のとあるオフィス街。その一角に本拠地を構える秘密組織「統制戦隊・ジェイソックス!」の司令官である初老の紳士、十色じっしき じゅんは、執務室の最奥に備えられた革張りの肘掛け椅子にもたれて、深くため息をついていた。


「平和すぎるー」


 あごを突き出しながらそう言う順に向かって、赤いスカーフを巻いたスポーツ刈りの青年、在原ありわら みのるが机を叩きながら勢いよく立ち上がった。


「司令!何てことを言うんですか!?平和が守られているということは、俺たちの活動が実を結んでいるってことですよ!」


 激昂する実の隣の席で、桃色のスカーフを巻いたおさげ髪の女性、羅剛らごう あみが黒縁眼鏡の位置を直しながら、小さくため息を吐いた。


「それに、この間は、仕事が多すぎてツライー、って愚痴をおっしゃってましたよね?」


 順は二人に顔を向けると、頭を掻きながら苦笑を浮かべた。


「でもさー。折角、戦隊を結成してるんだから、バーンと活躍したいじゃない?」

 

 順の言葉に、実の向かいにある席に座った青いスカーフを巻いた青年、権守ごんのかみ 義利よしとしが片目を隠すほど長い前髪を掻き上げながら、キザな表情を浮かべた。


「僕は司令の言うことも、一理あると思うな。折角なら、僕の華麗なる活躍を多くの人に見てもらいたいじゃない?」


 義利の隣の席で、黄色いスカーフを巻いた大柄な角刈りの男性、はざま 大期だいきが頬を掻きながら苦笑を浮かべた。


「義利君、そこは、僕ら、って言った方が、角が立たないんじゃないかな?」


 大期の言葉通り、実が向かいの席から、義利に険しい目つきを向けている。


「義利!またそうやって、一人で目立とうとして!チームワークを乱すような行動は、極力控えるように!」


「別に良いじゃないか。僕が活躍する機会は貴重なんだから、出番の時は華麗に魅せるのも重要なんじゃない?」


 火花を散らすように視線を交わす二人に、他の三人は呆れた表情を向け、示し合わせたようにため息を吐いた。

 その時、執務室のドアがガチャリと音を立てて、勢いよく開いた。五人が目を向けると、緑色のスカーフを巻いた少年、表山おもてやま 公示こうじと、白いスカーフを巻いたポニーテールの少女、評野はかりの 美価みかが、厚手の冊子を手にして並んでいた。


「司令!前回の任務は、無事に完了しました!」


 そう言いながら、公示は凛々しい表情を浮かべて、順に向かって走りだし……


「司令!頑張ったから、褒めてー!」


 美価は嬉しそうな笑顔を浮かべながら、順に向かって走りだした。

 順は笑顔を浮かべながら、近づいて姿勢を正す二人の頭を撫でる。


「そうか、二人とも良くやったな」


「いえ、これも任務ですから。それに、皆さんのお力があってこそです」


「みんなのおかげで、今回も上手くいったよー!」


 穏やかに微笑む順に向かって、公示は目を背けながら照れ臭そうに頬を赤らめ、美価は目を細めて屈託のない笑顔を浮かべた。そのやり取りを見た実は、小さく咳払いをすると義利に向かって気まずそうな表情を向けた。


「……義利、熱くなってしまって悪かったな」


 義利もバツの悪そうな表情を浮かべて、前髪をかき上げる。


「……僕の方も、この組織の目的を少し見失ってしまっていたようだね」


 諍いをやめた二人を見て、網と大期は納得したように、ほぼ同時に頷いた。


「さーて、二人も無事に帰ってきたことだし、今日の業務はこれくら……」


 順が背伸びをしながらそう言いかけた、まさにその時!執務室に、けたたましいサイレンが鳴り響いた。


「みんな!出動だ!」


 実が腕時計型の変身装置を構えると、他の五人も同じ構えで凛々しい表情を浮かべる。


「分かったわ!」


「任せてくれ!」


「みんな、頑張ろうね!」


「尽力します!」


「じゃあ、行くよー!」


 六人は腕をキビキビと動かし、ポーズを取ると口をそろえて叫んだ。


監査要点アサーション変身チェンジ!」


 すると、六人はスカーフと同じ色をしたフルフェイスのヘルメットと、同じくスカーフの色をしたヒーロースーツ姿に変身した。


「じゃあ!行くぞみんな!」


 実のかけ声に、五人はそろって、おう!、と返事をし、執務室を出て行った。

 一人残された順は机に置かれた湯のみを手に取り、ほうじ茶を一口飲んだ。

 

「……いきなりフルメンバーで出動する必要も、本当はないんだけどね……」


 サイレンも鳴り止みガランとした執務室には、淋しそうな笑みを浮かべて呟く順の声だけが響いた。



 一方その頃、都内某所に拠点を構える丸三角株式会社の応接室では、管理部門長の山野部やまのべが黒尽くめの人物を前にして頭を抱えていた。


「色々とお手数をおかけしてしまい、申し訳ございません。何分、弊社も上場に挑戦するのは初めてなもので……規程などは親会社が整備をしたのですが、販売管理などの業務設計はこちらでやれと……」


 額の汗を拭きながら目を泳がせる山野部に対して、前髪を撫で付けて固めた黒尽くめの人物は、穏やかに微笑んだ。


「いえいえ、お気になさらずに。皆さま、はじめはそうおっしゃりますが、弊社のコンサルティングを受ければ、必ずや上場に耐えうる業務を設計できます」


 黒尽くめの人物は、そう言ってテーブルに置かれた冊子を指差した。光沢のある黒地の冊子と表紙には金色の文字で、「リスキーコーポレーション」と書かれている。

 山野部は冊子を手に取ると、表紙を捲って内容を凝視した。黒尽くめの人物は、山野部の注意が冊子に向いていることを確認すると、口角を耳まで届くほど吊り上げ、ニタリと笑った。


「例えば、先程お話に出ました販売管理業務などはですね……案件の担当者以外が取り扱っている契約の詳細を分からないようにして、売掛金を計上する条件を曖昧にしたり、架空の契約を発生させたり」


 冊子に集中する山野部の向かいで、黒尽くめの人物は、モヤの様に輪郭を曖昧にしながら二人に分身する。


「案件の担当者以外に、契約の件数を分からないようにして、必要以上の売上を計上しないようにしたり……」


 今度は、二人に分身した黒尽くめの人物の片方が、その姿を徐々に消していく。しかし、冊子を凝視する山野部は、一向に気づく気配もない。


「売上を計上する時期を調整できるように、売上予定日を自由に変更できるような形で記録したり……」

 

 さらには、応接室に掛けられたカレンダーが、ひとりでに捲れていく。相変わらず、山野部は気づかない。


「あとは……物販なのか、製造なのかと言うような契約形態を曖昧に記録して、本来は勘定科目を雑収入とするべき金額を売上として計上できるようにしたり……実態より高額な金額を計上できるようにして売上金額を水増ししたり……」


 ついには、黒尽くめの人物は顔や手を紫色に変えて、天井に届くほどの大きさになった。すると、山野部はようやく冊子から顔を上げた。それと同時に、黒尽くめの人物は元の姿に戻る。


「……と、言うように、弊社にお任せいただければ、赤字を報告するリスクなど微塵も無くなりますよ。上場企業にとって、赤字決算以外のリスクなんてありませんからね?まずは、受注プロセスに関するコンサルティングからでも、いかがでしょうか?」


 黒尽くめの人物が微笑みながら首をかしげると、山野部は冊子を閉じて、そうですね、と呟いた。

 このままでは、滅茶苦茶な財務報告を行う企業が、また一つ誕生してしまう……誰もがそう思ったその時!


「そこまでだ!」


 高らかな男性の声が、応接室に響き渡った。そして、応接室はいつの間にか、採石場に変わっていた。


「な、何!?一体どういうこと!?」


 突然の変化に、山野部は慌てふためいた。一方、黒尽くめの人物は、驚きこそしなかったが、忌々しげな表情で舌打ちをした。


「……ちっ!来やがったな!」


 にこやかな表情を崩した黒尽くめの人物が目を向ける先には、切り立った崖と、そこに横一文字に整列する六人の人影があった。

 フルフェイスのヘルメットを被り、ヒーロースーツを纏った六人は息の合った動きで、決めポーズを取っていく。

 

「架空取引の発生は許さない!実在性の使者、ソックスレッド!」


「その資産、本当に御社のものなのかな?権利と義務を司る者、ソックスブルー」


「全ての取引は、もれなく把握しなくてはなりません!網羅性担当、ソックスピンク!」


「計上は適切な期間に!期間配分の妥当性の守り人、ソックスイエロー!」


「取引は正しい科目で計上してください!表示の妥当性の番人、ソックスグリーン!」


「資産や負債の金額は適切にね!評価の妥当性を守る者、ソックスホワイト!」


 六人全員が決めポーズを取り終わると、ソックスレッドが大きく息を吸い込んだ。


「我ら!財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するために必要と定められし者!統・制・戦・隊!」


 レッドが叫び終わると、他の五人も息を合わせて口を開いた。


「ジェイソックス!」


 六人が声をそろえて叫ぶと、彼らの背後で大爆発が巻き起こった。

 驚いて身をかがめる山野部をよそに、黒尽くめの人物は仁王立ちで、崖を飛び降り走り寄ってくる六人に向かって不敵な笑みを浮かべる。


「ふふふふ……ジェイソックスよ。今日こそは、貴様らの息の根を……あれ?」


 六人が絶妙な距離感で立ち止まり悪事を追及する台詞を吐くことを期待して、悠長に構えていた黒尽くめであったが、一向にスピードを緩めない六人にキョトンとした表情を向けた。


「行くぞ!ブルー!」

「ああ、遅れないでね、レッド」


 キョトンとする黒尽くめをよそに、レッドは右腕を伸ばし、並走するブルーは左腕を伸ばして、互いの腕を交差させながらさらに加速した。


「必殺!取引先名、契約形態、注文日、金額、売上予定日が確認できる注文書や個別契約書等の書類を、必ず取引先から受領することクロスラリアット!」


「ぐぇっ!」


 二人が繰り出した長い名前の必殺技が首に命中し、黒尽くめは勢いよく後に吹き飛んだ。そして、黒尽くめの吹き飛んだ先には、ピンクがアキレス腱を伸ばしながら待ち構えていた。


「必殺!そして、注文書等から取引先名、契約形態、注文日、金額、売上予定日を転記して書類の原本を受け取った否かのステータス欄を設けた一覧表を作成し、入力者氏名と入力日を記入することハイキック!」


「がっ!?」


 ピンクに蹴り上げられた黒尽くめは、短い悲鳴を上げながら、宙に舞い飛んだ。

 それと同時に、イエローが勢いをつけて跳び上がり、黒尽くめよりも上空に到達すると、肘を構えた。


「必殺!さらに、転記元の注文書の納品予定日と、一覧表に記載された納品予定日に齟齬がないことを確認することエルボー!」


「げふっ!?」


 みぞおちに強烈な肘打ちを食らった黒尽くめは、肺と胃に溜まった空気を吐き出すようなうめき声を上げて、背中から地面に落ちていった。その先には、屈伸運動をするグリーンとホワイトが待ち構えている。


「必殺!その上、仕訳を切る際に勘定科目の判断に必要となる契約形態と、金額についても、注文書等と一覧表の内容に齟齬がないかを確認することダブルアッパー!」


「……っ」


 背骨に強烈な打撃を受け、黒尽くめは声にならない悲鳴を上げながら吹き飛んだ。そして、地面に叩きつけられるように落下すると、二回バウンドしてから動きを止めた。

 六人は黒尽くめの様子を確認すると、示し合わせたように同時に頷いた。

 

「よし!これでトドメだ!行くぞ、みん……」


「……待て!お前ら!」


 意気揚々と必殺技を繰り出そうとしたレッドに向かって、黒尽くめが地面に倒れたまま叫び声を上げた。


「あー……なんですか?」


 よろよろと立ち上がる黒尽くめに向かって、レッドが脱力気味に声をかける。フルフェイスのヘルメットを被っているため表情は読み取れないが、口調からは心底面倒臭いといった感情が伝わる。


「受注プロセスの話で全員出てくるのは、流石に統制が過剰な気がするぞ……それに、せめてこっちが正体を現してから、戦闘を開始するのが礼儀ではないのか?」


 黒尽くめの言葉に、レッドは小さくため息を吐いた。


「そっちがご丁寧に、受注プロセスの段階で起こり得るリスクをアサーション別に説明しながら、山野部さんをそそのかすからだろ」


 レッドの隣で、ブルーが腕を組みながら軽く頷く。


「それに、僕らは財務報告の信頼性を確保する仕組みを作り、不正や誤謬を未然に防ぐのが使命なんだから、キミが暴れまわる前に対処するのは当然だろ?」


 レッドとブルーに言いくるめられ、黒尽くめは唇を噛みしめた。


「と言うわけで、とどめだ!行くぞみんな!」


 レッドかけ声に、他の五人は、おう!、と勢いよく返事をし、拳を構えた。


「必殺!その後、一覧表に入力を行った者以外の者が証票と一覧表の内容を突合し、差異がないことを確認のうえ承認を行い、氏名と承認日を一覧表に記入することパンチ!」


 そして、声をそろえて黒尽くめに向かって、拳を繰り出す。


「ぐわぁー!」


 六人の渾身の一撃を受けた黒尽くめは、悲鳴を上げながら吹き飛び、大爆発を起こして消えていった。

 黒尽くめが消えていったのを確認すると、レッドは山野部に振り返った。


「山野部さん!」


「は、はい。何でしょうか……」


 急に声をかけられ、山野部が戸惑いながら返事をすると、レッドはヘルメットの下で爽やかな笑顔を浮かべた。


「財務報告の信頼性を確保する仕組みを作るのは、上場企業の義務です。我々の必殺技を参考にして、販売管理業務を設計していただければ、必要最低限の仕組みを作ることができるはずです!特に、全員で繰り出したとどめの必殺技の部分が重要になってきますので、それだけでも覚えて帰ってくださいね!」



「は、はぁ……」


 山野部が混乱しながらも返事をすると、六人は満足げに頷いた。


「御社に戻られたら、関連書籍などを参考にして頑張ってくださいね!では!我々はこれで!」


 レッドの言葉とともに、統制戦隊ジェイソックスは走り去っていった。

 一人残された山野部は、辺りを見渡すと大きなため息を吐いた。


「……どうやって帰社しろって言うんですか……」


 採石場に吹きすさぶ風が、山野部の悲痛な呟きをかき消していった。


 一方その頃、都内某所の統制戦隊ジェイソックスの本拠地では、順が机に置かれたミニサボテンの鉢に手を添えていた。


「財務報告が正しくできていないと、投資家が投資を行うときに正しい判断ができないでしょ?だから、それを防ぐための仕組みを作る必要があるんだよ」


 順はそう言うと、ミニサボテンの鉢をカタカタと動かした。


「へー!そうなんだー!司令ものしりー!サボ子また一つ勉強になっちゃった!」


 そして、腹話術を使いながらサボテンの気持ちを代弁した、と思われる台詞を口にする。


「ははは、伊達に歳は食ってないからね……」


 サボ子に返事をすると、順は深いため息を吐いてから、壁掛け時計に目をやった。終業時刻からは、三十分ほど経過している。


「せめて、こっちに帰還するのか、直帰するのか、教えてくれてから出動して欲しいよね……」

 

 順はそう呟くと、淋しげな笑みを浮かべた。


 司令官は淋しそうにしているが、ジェイソックスの活躍により不正な財務報告を行う企業が誕生してしまうことは未然に防がれた!



 戦え!ジェイソックス!

 不正な財務報告が無くなるその日まで!

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