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ドラゴン、逆転生する

作者: あおいチャリオット

 ――我は古龍なり。世界に災厄をもたらすもの。


 しかして今、我は危機に陥っている。世界の守護者たる勇者が、我を討滅しようとやってきたのだ。勇者など所詮は人間に過ぎない、そう侮った。それが、我の敗因なのだろうか。


 勇者が持っていた剣、名はイクスカリヴァーといったか。悪という概念、すなわち災厄すらも斬り裂く絶世の剣。我にとっては弱点に等しい物だった。何千年と生きた我がその存在すら知らぬ秘宝中の秘宝。人間の最終武器。


 ああ、災厄をまき散らしてきた我だが、願わくば世界の終わりまで我への畏怖を忘れるな。これにて我は永遠の眠りにつこう。永久(とこしえ)に――。


――――


……うるさい。なんだ、この音は。馬車よりも速い何かが駆けていく音。我は永久の眠りについた。災厄をまき散らすだけの我に、これ以上何を望むか。


「ママー、あの人なんで裸なのー?」

「しっ、見ちゃいけません!」


 声? 我が眠る地にて人が在るだと? ふざけるな。我への冒涜は死であろうと許さぬ! 目を開けよ! この地にて我の眠りを妨げる者への罰を下そう! さあ!


「…………」


 ん? どこだ、ここは。我が眠る地とはこのような乱雑にして猥雑な場所なのか? おかしい。何かがおかしい。これは死ではない気がする。


「ねえ見て、あの金髪外国人!」

「うそっ、デカっ!」

「ナニあれ!」


 む? 足を惜しげもなくさらした、似たような服を着た小娘どもが我の方を見ている。我の視線はこうも地に近かったか? いや、そんなはずはない。我は龍。地を見下ろすものなり。では何なのだ、この違和感は。


「おい、そこの娘ども」


 災厄の龍である我が人間ごときに尋ね事をするなぞあまりに遺憾だが、仕方あるまい。死後の世界なぞどうとでもなれ。


「きゃっ、話しかけてきた!」

「流暢な日本語!」

「ていうかマジでデカい!」


 いや、いくら死後と言えどもこれ以上の侮辱は耐えられん。


「我の質問に答えよ。ここはどこだ」


「裸の外国人が公園にいるとかやばくない?」

「ホームレスとか? 警察呼ぶ?」

「ここは新宿ですけど……」

「ちょっと、何正直に答えてんの!」

「だってー、なんか困ってるっぽいし―」


 シンジュク? 国の世代の移りを見てきた我でも知らぬ国だ。いままでに滅ぼしたどの国とも違う建築物。ひとりでに走る馬車。手入れの行き届いた広場。ここはいったいどこなのだ。もはや死という概念ではないのか?


 ならば空からこの国を見よう。あの謎の高い物見台のようなところまで行けば何かわかるかもしれない。

 我は翼を広げる。……ん? なんだ、この感覚は。翼が開かぬ。馬鹿な。いったいどうなって……。


 なんだ!? 手がっ、手が人間の手に! いや、足も! 顔も! 我の体躯すべてが、人間になっているだと!? どういうことだ。死とは人間になることだったのか!?


「貴様ら! ここは死後の世界ではないのか!?」


「ちょ、マジやばくない? 死後の世界とか言ってる」

「記憶喪失とか?」

「ていうか、アレ隠さないと何とか猥褻罪で捕まるんじゃね?」

「外国人のお兄さん、早く服着なよ。あとそれ早く隠して。デカいから」


 我としたことが。焦りのあまり混乱していたようだ。我は災厄をまき散らす古龍なり。死の間際すら焦りなどなかった。この我ですら、死という事象に畏敬の念があったということか。しかし、もう落ち着いた。娘の言う通り、人になったのなら人の概念にしたがおう。


 ――物質生成。長い時を生きた我はあらゆる力を有している。ゆえに、服程度を生み出すなど造作もない。


「ちょっ、あの人いつの間にか服着てる!」

「ていうかあれいつの時代の服? めっちゃ高そう!」

「もしかしてサーカスの人?」


 我の力に(おのの)いたか。人間はスキルなぞと呼んでいるが、我は呼び名なぞ必要ない。翼はなくしたが、力はいまだ健在なことはわかった。ならばこの国、ひいては世界を知らなければ。


「子娘ども、この国を案内しろ。これは命令だ」


「観光客の迷子かな?」

「まあ今日は午前終わりだし、ちょっとくらいならよくね」

「かなりかっこいいしいいよね」


 どうやら総意が決まったようだ。


「んじゃうちらについてきて」

「観光案内したげる」

「でも地元ってあんま観光とかしないよね」

「どこ行こっかー」


 観光? この世界ではそんな悠長なことをしているのか。我のいたところではそんな言葉を使う者はいなかった。


「とりあえずここは新宿中央公園ね」

「んで、あれが都庁」


 小娘の一人が指をさす。その先を目で追うと、先ほどの建物だった。都の庁舎。この国の枢軸となる建物か。しかし人間の街にしては異常なほどの大きさだ。いくら魔法を用いてもあんなもの造れるわけがない。


「小娘ども。あれはどうやって造った」


「あ、そーだ。あーし涼花ね」

「私は(いつき)

「あたし花純。よろしく」

「三人一緒によくいるから、みんな頭文字取ってスイカって呼んでる」

「マジICカード」

「うけるー」

「お兄さん、名前は?」


 我の質問を無視して名前を名乗ってきた。スイカとは、人間でいうところのギルド名というやつだろう。無謀にも我に挑んだ者たちが口にしていたことがたまにあった。


「我に名など、必要ない」


「えー、何それ」

「マジで記憶喪失?」

「じゃーマイケルでよくない?」

「もっとかっこいいのにしなよ」

「じゃあジョニー」

「絶対デップからとったでしょ」

「まあいいんじゃないの」


 勝手に我の名前を付け始める小娘ども。ギルド・スイカは実に姦しい。


「んでなんだっけ? 都庁がどうやって造られたか?」

「ぶっちゃけ知らない」

「科学技術のスイってやつじゃない?」


 科学だと? 知識として知ってはいるが、あれはおとぎ話のはずだ。まさか、科学が実在するというのか、この国は! いや、この世界は! 科学はおとぎ話ではなく、死後の世界の概念なのか!?


「小娘ども、いやスイカよ。科学とはなんだ! 教えろ!」


「あー、アイスの移動販売だ」

「今日暑いから食べたいねー」

「でも今月ピンチなんだよね」


 スイカの目線の先には馬のない馬車がある。あそこで物売りをしているのか?


「スイカ、望むものがあるなら我が与えよう。だから教えろ。科学とはどういうもなのだ!」


「え、マジで!」

「買ってくれんの!」

「やった、ラッキー!」


 話を、聞け。

 スイカは物売りの屋台の方へ行ってしまう。

 この世界を知るためとはいえ、死後の概念とはこうも扱い難いものなのか。力があるとわかった以上、ブレスですべてを焼き尽くしてやろうか。いや、これは第二の生と考えた方がいい。古龍の我は勇者に殺されたのだった。


「あー、お兄さん。ハ、ハブユーマネー?」


 声を掛けられて思考を中断する。こいつは、屋台の中にいた男か。なるほど。人間の世界なのだから、対価を交換しなければならぬということか。いいだろう。装飾品程度ならくれてやる。

 手のひらにエメラルドの指輪を錬成し、男に渡す。


「あの、これは? あ、ワッツイズディス?」


「これは超高純度のエメラルドだ。力は備わっていないが、売れば大金となるだろう」


「あ、日本語……。じゃなくて、え、エメラルド? 本物?」


「貴様、我が宝石の価値を疑うのか? 一城の主にもなれる秘宝ぞ。いらなければ返してもらおう」


「あ、い、いえ! 滅相もない! ありがたく頂戴しておきます!」


 マジなら超金に何じゃん、などと言って男は屋台に戻っていった。ふん、人間なぞ物に価値を見出すことでしか図り事ができぬ。せいぜい欲に目を奪われろ。

 と、スイカが食い物らしき何かを持ってこっちへ来た。


「はいこれ、ジョニーの分」


 なんだと? 我の? 確かに対価を支払ったのは我だが、古龍たる我は魔素さえあれば食事などは不要だ。しかし、人間の体になってからはどうなのだろうか。食事が必要であれば、老いることもある。そうなってしまったのだろうか。


「はやく、溶けちゃう」


 そう言って器を押し付けてくる。思わず受け取ってしまった。


「あそこで座って食べよ」


 小娘の一人、名は花純と言ったか。それが指さすところには台が置いてあった。スイカはそろって腰を掛ける。なるほど。人間が楽をするための道具、いわゆる椅子か。人の身になった我も座ってみる。龍の時は気づかなかったが、人というのは疲れるものなのか。ただそこにあるだけで、身体が痺れてくる感覚だ。人間の知恵というものだけは、多少の快哉(かいさい)があるな。


 スイカにならって椅子に座り、高純度なガラス板を用いてあいすとやらを口に運ぶ。


「!!」


 な、なんだこれは! これは、味覚か! 味というものはこういう感覚なのか! うまいとは、このことを言うのか!

 小さなガラス板がもどかしい。何度も口に運ぶ行為を繰り返した。スイカは時々、こちらを窺うように見ていたが、それすらも見落とすほどだった。


 ……我としたことが。龍の体であった時では考えられないことだ。みっともなく食事なぞしてしまうなんて。魔素以外摂取したことがなかったからか。いやそもそも、目的は望むものを与える対価として科学という技術を知るためだったはずだ。人の身になってから、感情というものが生まれたのか? とにかくだ。与えたのだから質問には答えてもらおう。


「それで、科学とはいったいどういうものなのだ」


「んーとね、どう説明したらいいか」

「調べたら?」

「そだね」


 スイカは各々の懐から、何やら小さな板を出した。表面を撫でるように何かをしている。我には日の光が反射して何をしているかわからなかった。これも、科学なのか?


「えーと、んん? よくわかんない」

「あたしも」

「読んでもらった方が早いんじゃない?」

「だね」

「日本語、読めるかな?」

「喋れるんだし読めるんじゃない」


 そういって椅子に座るスイカの真ん中、樹が板を渡してきた。表面には文字が浮かんでいる。我の目は捉えた文字をすべて読むことができる。例え知らない言葉であっても。


「スマホの使い方、わかる?」


「すまほ?」


 そういって樹が、板の表面を撫でた。すると、踊るように文字が上下した。なんだこれは! 刻印、ではない。インクで書いた文字でもない。しかし文字は存在して、しかも動いている! 科学とはいったい……。


 その後使い方を軽く教えてもらい、うぃきなんとかといううぇぶというものの文字を読み続けた。あらゆる種の上位的存在である古龍は、文字を読むのも早いのだ。スイカ曰く、10プンという単位で読み終わったそうだ。


「なるほど……。これが、科学――」


 元の世界の人間たちは、魔法という一括りにされた技術のみを用いていた。元の世界で科学にあたるものは、この世界の十数世紀という単位も前に確立されていたものだったのか。思わずため息が出てしまう。人の身になってから、感情に揺さぶられることが多い気がした。


 ああ、なんと世界の大きいことか。災厄をまき散らすだけだった我を人の身に変え、付与された感情というものを大きく動かす技術力。我はこの世界に興味がわいてきた。


「スイカよ。この国を案内せよ。報酬は与えてやる」


 それまですまほを眺めていたスイカたちが、顔を上げた。


「ほんと?」

「いくらぐらい?」

「がめついなー」


 報酬という言葉に食いついてきた。やはり人間だな。欲の塊だ。


「ところで、お金は持ってるの?」

「そういえばさっき、アイス代どうやって払ったの?」

「最初全裸だったよね」


 我は再び生成してエメラルドを見せる。


「こいつをくれてやった。元の世界には通貨という概念が存在したが、我には無関係だった。この世界ではどうなのだ?」


 という我の質問をよそに、スイカは色めきたつ。


「ちょ、エメラルドじゃん!」

「本物!?」

「ジョニーってどっかの大富豪なの?」


 ええい! 我の質問に答えよ!


「通貨っていうか、お金はふつーにあるけど」

「ジョニーはお金ないところから来たの?」

「えー、ジャングルの奥地出身とかには見えないけど」


 なるほど、この世界にも通貨の概念はあるようだ。ならばさきほどのあいすの対価も通貨でできたのか。


「スイカよ。この世界で通貨はどうやって手に入れられる?」


「どうも何も、それ換金所に行けばいいんじゃね」

「そんだけあったら100万くらいいくんじゃね?」

「いや、もっとでしょ」


 なるほど。換金ができるのか。ならばそこへ行こう。


「スイカ。その換金できるところとやらへ連れて行け。通貨の概念があるならば報酬も通貨で支払おう」


「そのエメラルドとかでもよかったけど、お金の方が持ってて不自然じゃないしね!」

「涼花、質屋調べて」

「あーい、りょうかーい」


 再びすまほで調べる。科学とは実に便利だ。龍たる我には関係ないが、元の世界の人間どもに見習わせてやりたい。そう考えるのは、我が人になったからか。


「とりあえず良いところ探しておいた」

「んじゃ早速行こう」

「換金したらどうする?」

「ジョニーの服でしょ。まずは」

「そうだね。悪目立ちするもんね」


 そうして我とスイカは歩いた。どうやらエキとやらの方に向かうらしい。


 歩くこと数分。目的地に着いた。ここが換金所か。どれ、今のうちにいくらか出しておこう。

 革袋を生成し、中に金や宝石を入れる。目安がわからんがこれくらいでいいだろう。


 店に入る。「いらっしゃいませ」と上品なあいさつで出迎えられる。華美ではないが、上質な着物だ。麻や木綿とは質が違う。


「どうぞ、こちらにお掛けになってください」


 促され、椅子に座る。この椅子も柔らかく、上質だと感じさせられた。我に対する出迎えとしてはなかなかに良いではないか。


「本日は初めての御来店ですね。どういったご用件でしょうか」


「稀石を通貨と交換しに来た。これだ」


 そういって革袋を渡す。ちなみに、スイカは花純だけを残して二人は外で待っている。


「拝見いたします」


 そういって白い手袋をはめた手で、宝石や金を取り出す。手元のルーペで一つの宝石を手に取り、レンズを覗く。すると。


「こ、これは!」


 そういうと控えにいた店員に耳打ちをして、店員が店を閉めた。ほかに客はいなかったが、これがこの世界の対応なのか?


 その間も鑑定をしていた男は次々と宝石に目を移す。この鑑定士も人間だ。宝石に対しては欲が出る。にしては息が荒いようだが。


「お客様。軽く下調べを行いましたが、現在の店舗ではこの7つの金と宝石のうち、2つしか即金でお支払いできません。詳しく査定すれば、まだ値段が上がる可能性があります」


「ならその2つだけで構わん。すぐに通貨を持ってこい」


「かしこまりました」


 そういうと鑑定士は、最初ほどの冷静さを見せずに行動した。我の宝石に高い価値があることは当然知っているが、人間にとってはよほどの物なのだろう。こんな物、いくらでも生み出せるというに。


 しばらくして取っ手が付いた銀色の箱を持った鑑定士が戻ってきた。


「こちらが、即金で支払える額です。合計で3000万円、入っています。どうぞお受け取りください」


 そう言って恭しく箱を差し出してくる。我はその箱を取り労いの言葉をかける。


「ご苦労だった。ああそうだ。さっきの宝石はくれてやる。褒美だ」


 革袋から再び宝石を取り出し、青い宝石を渡してやった。鑑定士が驚いたような顔をしている。


「どうした。早く受け取れ」


「は、ありがとう、ございます……」


 まさかこのような形で宝石を渡されると思っていなかったのか、鑑定士は青い顔をしながら震える手で受け取った。

 花純は、いいのかそれで、という顔をしていたが我に尽くした者への礼くらいはしてやろうぞ?

 その後外へ出て、二人と合流した。換金した額を花純が言ったら、二人はとんでもなく驚いていた。


 そして今現在、我とスイカはエキに来ていた。 どうやら我の服を買うためらしい。服なぞ生成すればよいものを。スイカ曰く、服は選ぶのが楽しいのだそうだ。エキには、高層建築物・ビルが隣接しているらしい。5階などという高さは聞いたことがないが、そのくらいの高さに店はあるらしい。


「なんだ、これは!」


 スイカについていくと、階段状の坂があった。しかも、動いている! 動く坂など見たことがない。


「金持ちなのにこれも知らないの?」

「これ、エスカレーターね」


 どうやら段差に立っているだけで自動で上の階まで上げてくれるらしい。龍の時は何とも思わなかったが、人の身になってからはこういう細かいところで科学技術の、いや人の楽であろうとする意志がこういうものを作らせたのか、と感嘆する。


 改めて思ったが、元の世界に比べてこの国は戦いがない。街を歩いていても低位種のモンスターなどもおらぬし、ここは平和が闊歩する国なのかもしれない。そんなことを考えていると5階についた。ただの階段であれば、人の身の今の我では息を切らしていたかもしれん。


「さあ、着いたよー」


 案内された場所は、きれいに整頓された衣服が並ぶ商店だった。スイカの話では、オシャレ、というのだそうだ。我の手を引っ張り商店の中へ入ると、見たこともない材質の服がいくつもあった。その中からズボンやシャツを手に取っては、ああでもないこうでもないと姦しく騒いでいる。我に挑んできた冒険者のように、この店の空気とは場違いな雰囲気だ。


 スイカは選んだ服を持ってくると、小さな部屋に入れと言ってきた。我にどうしろというのか。


「ここで試着するんだよ」

「試すのはまだまだあるんだから早くしてね」


 そういって大きな布を閉めた。人間の体の構造上、服の着方はわかる。しかして、この金属の開閉する部分は見たことがない。これも科学技術か。

 着替え終わったので大きな布を開ける。待っていたスイカがこちらを見ると、一斉に声を上げた。


「すごー! モデルみたい!」

「さっすが金髪のイケメン! スタイルもいい!」

「モデルのオーディション受けたら?」


 口々に褒める。ぬう、ここでもやはり感情が付随する。感覚的には褒められたことに対する居心地の善し悪し、といったところか。


「ねえ、じゃあこっちの服は?」

「これもいいんじゃない?」

「じゃあこれだって!」


 悪い気はしない。そう思ってしまったからか、スイカがどんどん持ってくる服に着替えるのを抵抗せず着てしまった。その後、我は180分もの間、延々と着替えることになってしまった。服を選んでいる間のスイカは異常な気迫で、我さえも言葉にしがたい何かを感じてしまった。


 それから、ようやく服が決まった。さんざん選んで結局紙の袋4つ分になってしまった。今着ている服もジーンズというズボンと、ジャケットという上着らしい。あとは細長い布を首に巻きたらしている。龍のうろこのような機能性は皆無だ。何のためにこんなものを着るのか。人の身になってもそれはわからん。


 その後は靴と装飾品、財布を買った。靴は人間が足を守るためには履く物だ。龍だった我には必要のない物だったから違和感がある。装飾品は、ネックレスとウデドケイというらしい。ウデドケイは正確な時間が計れるものらしいが、昼夜など関係ない我には必要がない。この世界では成人した人間にとっては必須らしいが。興味などなかったが、時間の見方を教えられウデドケイは使えるようになった。サイフは通貨を入れる物らしい。


 それからは、エイガカンとやらに行った。エイゾウという絵を動かす科学技術らしく、絵が精細で緻密だった。劇を絵画に閉じ込めたようだったが、内容はよくわからなかった。レンアイモノというらしく、人の逢瀬を描いたもののようだが、つがいの必要ない古龍には科学技術について考えさせられるだけの120分だった。


「いやー泣けたわー」

「ハッピーエンドでよかったね」

「現代版ロミジュリとか最高」


 我は話についていけず、つまらんとばかりにウデドケイを見る。タンシンは7のあたりを指している。太陽が頂点を過ぎると7時は19時になるそうだ。


「次はどうする?」

「そーだね」

「おなか減らない?」

「減ったー」


 スイカは食事の話をしている。そういえば我も空腹という感覚がある。人間は食事をせねばならぬとは、なんとも厄介なものだ。しかし、味覚の衝撃は大きかった。我もついこの国の食事が気になってしまった。


「スイカ。この辺りで一番うまい食事を探せ。案内の報酬の一つだ。我が対価を支払う」


「マジで! なら超高級なのにしようよ!」

「やばい、テンション上がる!」

「どこがいい?」

「やっぱ夜景がきれいなところでしょ」


 三度(みたび)、すまほで調べる。高級か。昼間に食べたあいすとやらもうまかった。それがさらに高級となれば、いったいどのような味なのだろうか。つい龍の時のように舌なめずりをしてしまう。


「あった! 夜景のキレイなとこ」

「うちらこういうの行ったことないからどうすんの? 予約?」

「電話で聞いてみなよ」

「えっ、あたし無理!」

「じゃあじゃんけんで負けた人ね!」


 スイカは店を決めたらしいが、何かで迷っているようだ。そして謎の試合をしている。指先の形で勝敗を競う決闘か。やはりこの国は平和だ。命を掛けぬ決闘など、所詮は遊びだ。


「あ~負けたぁ」

「残念。じゃ、涼花よろしく」


 決闘に負けたのは涼花のようだ。すまほの画面を撫でて耳にあてている。


「何をしているんだ?」


「何って電話」

「遠くの人と話ができるの」


 確か魔法にもそういったものはあった。だが、それは魔法が使える者だけだった。しかしこの世界では、すまほさえあれば、それが誰でもできるという。凄まじき、科学技術。


「電話終わった。めっちゃ緊張した」

「お疲れ。で、どうだった?」

「すぐ来てもいいって」

「やった。じゃあ行こう!」


 食事の場との電話が終わったようだ。我とスイカはその店に向かう。


 店があるという高層ビルに着いた。何気なくウデドケイを見ると、チョウシンが10単位進んでいる。なるほど。時間で歩いた距離も測れるのか。少し便利だと思った。


 高層ビルには扉がなかった。ガラス張りの壁があるだけだ。


「おい、入り口はどこだ」


「どこって、そこじゃん?」


 そういうとスイカはガラスの壁へ向かっていった。そこはただの壁では……何! ガラスの壁が動いた! これも科学技術か! 壁が勝手に開いて入り口になるなんて。スイカが中に入ると今度は閉まる。ガラスの向こうから花純が手招きする。我の番ということか。やってやろうではないか。


 堂々と歩きガラスの壁まで向かう。すると、開いた! こんなところにも人間の楽をしたい欲が当てはまっているのか。もしかすると、科学技術とは楽をするための物なのではないだろうか。


 無事ガラスの扉を抜けると、次は上を目指す。どうやら食事の場は一番上にあるらしい。しかし。


「おい、えすかれーたーはどこだ。上に行けんだろう」


「もう、常識はずれ。エレベーターに決まってんじゃん」


 えれべーたー、だと? 動く階段ではないのか?


 スイカについていくと、扉らしき何かの前に来た。これが、えれべーたー? この扉の向こうに、なにが。


 しばらく待つと、扉が開いた。これも向こうはガラス張りだ。スイカにならって中へ入る。これは、籠か? すると籠が動き出した。上からの奇妙な圧迫感を感じる。これは、上昇? しかし飛んでいる感覚ではない。この奇妙な浮遊感はなんだ!


「スイカ! この籠はなんだ!」


「籠? ああ、エレベーターね」

「なんて説明しようかな」

「エスカレーターよりも速く上の階に行ける籠、かな?」


 なん、だと? 科学技術はまだ楽をしようというのか! しかしなぜ、こうまで高い建物がいくつもあるのか。謎だ。


 ウデドケイを確認すると、2単位ほどでえれべーたーが止まった。扉が開く。扉の向こうは、短い通路になっていた。通路には人が立っている。


「いらっしゃいませ。先ほどお電話をいただいた泉様ですね。お席へご案内します」


 丁寧な物腰の女は、質屋の鑑定士とはまた違った上質さがあった。高級というだけのことはある。

 案内された席はガラス張りの壁に近く、外の風景を一望できた。我が飛んだ時ほどではないが、それなりの高さがある。人間はもろいくせに、高いところが好きなのか? そんなことを考えていると、店の者らしき男が来た。


「失礼いたします。ディナータイムはコース料理になっております。お先にドリンクはいかがでしょうか」


 こーす料理? 何かは知らぬが、うまい食事を持ってくるならそれでいい。


「あた、わたしはオレンジジュースで……」

「わ、わたしも……」

「あ。私はリンゴジュースで」


 飲み物か。人間は酒というものを飲むらしいな。なら。


「酒だ」


「お酒でございますか? でしたらおすすめのロマネ・コンティなどはいかがでしょうか」


「それでいい」


「かしこまりました」


 そういって男が一礼して去る。


「なんかすっごい緊張した」

「私も」

「私は別に」

「ていうかジョニーの頼み方、雑」

「緊張も慣れてもないって感じ」

「お金持ちなのにこういう店に来ないの?」


 スイカはなぜか小声で話している。


「我は魔素以外必要としなかった」


「マソって何?」

「さあ」

「ゴマの仲間じゃない?」


 再びウデドケイを見る。そしてはっとした。なぜ我はこうも頻繁にウデドケイを見ているのだ。科学技術が手元にあるのがそんなに気になるか。そうは思ったがつい時間を確かめてしまう。タンシンは7、19を。チョウシンは30単位を指している。そういえば今は夜か。


「スイカ。お前たちは家に帰らなくていいのか。普通の子供なら日が沈む前に帰っているだろう」


 前の世界で遠見の力を使っていた時は、日が落ちたあたりで子供は家に入っていった。この国では違うのだろうか。


「ああ、うちらはいいの」

「別に親がうるさいわけでもないし」

「帰らなくても文句言われなかった時もあったね」


 この話をしたときだけ、三人は影を落としたように見えた。樹が話題を反らすように話を変える。


「コース料理、楽しみだね」

「うん。インフタにあげようかな」

「こんな高級店で行儀悪いでしょ」

「うー、もったいない。次なんて来られるかわからないのに」

「玉の輿に乗ったら連れてってもらおうよ」

「あ、ならジョニーと結婚する?」

「いいね、それ」


 冗談めかして笑う。結婚。婚姻の儀か。我には無縁だったが、人の身としては当然のことなのか。

 スイカが話していると、車輪の付いた手押し車を押したさっきの男が来た。


「お待たせいたしました。こちら、ドリンクと前菜でございます」


 各自の前に置かれた皿には、名前は知らないがなにかの葉と白いものがつけあわされていた。スイカは小さく感嘆の声を上げている。量が少ない気がするが、これも高級な店の食事の美なのか? スイカにならって、三叉槍(さんさそう)を小さくしたような道具で食事を突き刺す。昼時には失態を見せたが、我も本来は美醜の判断には厳しい龍だ。知らなくとも食事のたしなみくらいできなくては。


 小さな三叉槍に刺さった食事を口に運ぶ。

 う、うまい! あのあいすの比ではない! 柔らかな触感の白と歯ごたえを感じる葉! そして舌が躍るような味覚! 表現できる言葉が見つからない。いや、わからない。なぜ龍の時の我は食事に重きを置かなかったのか。今さらになって悔やまれる。


 合間合間に酒をあおるが、これもなかなかうまい。人間が酒に()かれる理由がわかった気がする。まこと、美味である!


 そして食べ終わり、一息ついたタイミングでちょうどよく次の料理が運ばれてくる。次が食べたいと思ったとき、心を読んだかのように食事が出るのだ。心を読む魔法でもあるのかと勘繰ったほどだった。


 何皿か食べ終わり、でざーとと呼ばれる菓子が出てきた。一緒にコウチャという飲み物もだ。


「あーあ、これで終わりか」

「おいしくてあっという間だったね」

「ううー、食べるのがもったいない」


 会話から察するに、これで打ち止めなのだろう。人の身としては満腹感というものがある。これが最後でもちょうどいい。しかし、味覚を楽しむためにゆっくりと食べよう。


 でざーとも食べ終え、スイカがコウチャを飲んでいるときに声をかけた。


「スイカよ」


「ん?」

「なに、ジョニー」


「今日はなかなかに良き日であった。礼を言おう。そして、これが対価の報酬だ」


 そう言って我は銀の箱から通貨の束を5つずつ渡した。


「え」

「これ、全部?」

「ほ、本当に……?」


「無論だとも。我へ尽くした礼がその程度ではつまらぬか。ならばこの箱の中身すべてをくれてやるぞ」


「え、い、いや、そうじゃなくて」

「そう、だよ。お金が欲しいとかじゃなくて……」

「私たちは別に、そのためにいろいろやったんじゃ……」


 なぜか三人は受け取らなかった。なぜだ。我への奉仕への礼ぞ。なぜ受け取らぬ。


「まだ足りぬか? ならば稀石をくれてやろう」


「いや、違うって。宝石とかも欲しいんじゃないの……」


「ならば死後にものこる富を与えようぞ」


「――そうじゃなくて!」


 ここが高級店であることを忘れたように、涼花が声を上げた。


「そうじゃなくて、あーしらは楽しかったから、だから今日はあんたと一緒にいた。お金に変えられるものじゃない」

「うん。私もそう思う」


 樹も同調する。


「まあ確かに、お金があったから今日は楽しかったけど、そういうことじゃないんだよね」


 花純からも声が上がる。


 なぜだ。人間とは対価による等価交換で生きるのではないのか? 我への礼節、はなかったとしても実益を得た我が対価を与えるのは当然。なのになぜ、受け取らない?


「ならばなんだ。通貨でも稀石でも富でもないなら、お前たちは何が望みだというのか。答えよ!」


「そんなの、決まってるよ」

「そうだね」

「うん」


「――また、私達と遊んでよ」


 なんだと。我が、お前たちと、遊ぶ? それが、対価となる報酬だと?


「わからん。全くわからん。なぜ、価値あるものよりも、そんなことを選ぶ?」


「ほんとーに常識外れ」

「そうだそうだ」

「さっきも言った。そんなの、決まってる」


『楽しかったから』


 楽しい、だと? 我と、遊ぶことが、楽しい? 災厄をまき散らす古の龍たる我と、遊ぶ、ことが。本当に、わからん。


「我は、遊んだつもりはない。益のため、二度目の己が生の為、行動しただけだ。お前たちを、利用しただけだ」


 そう言って目を落とす。ウデドケイが目に入った。何度も眺めた、科学技術の力の結晶。だから我は何度も見ていたのか?


 ふと、今日の出来事を思い返し、そこに楽しいという言葉を当てはめてみた。本当に、ふと、なんとなくだ。

 楽しい。楽しい。楽しい?


「我は、楽しかったのか?」


「そうなんじゃない」

「ジョニー、笑ってたもんね」

「9割は仏頂面だったけど」

「あはは」


 笑っていた、のか、我は。人の身とはいえ、表情を忘れるほど、楽しかったのか。


「きっとさ、楽しかったんじゃない?」


 ああ、そうか。楽しかったのか。我は。楽しかった、楽しかったのだ。はは、はははははははっ!


「涼花、樹、花純」


『え?』


「ありがとう。――友よ」


――――


 ――我は古龍なり。世界に災厄をもたらすもの。


 ――だった。今は第二の生を生きている。心とともに。

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