バトンパス
「私から、皆さんに言いたいことがあります」
節目の日、門出の日。
教壇で、定年最後の教師が届ける最後のメッセージ。
「私は、今から、全ての大人を代表して、あなたたちにメッセージを伝えます。」
「まずは、謝らせてください。ごめんなさい」
その教師は頭を下げる。
「我々大人は、君たちの夢に一生外せない足枷をかけてしまった」
「君たちには元々夢があった。
スポーツ選手になること、パティシエになること、俳優になること、教授になること」
「でも、あの事件を境にして、君たちは口々に言うようになった。
『〇〇に貢献したい』と」
「それはとても立派な夢で、誰からも尊敬される夢です」
「一方で、それは我々大人たちが最も言ってほしい、喜ばしい立派な夢であり、その大人たちの思惑を君たちは無意識に察したのではないかとも思います。
本当は、「ただの」スポーツ選手になりたかったはずです。
「ただの」パティシエ、「ただの」俳優、「ただの」教授になりたかったはずです。
事件発生時に夢を抱いていなくとも、事件さえ起きなければ、『「ただの」何かになりたい』という夢を抱くはずだった。
その夢で、きっと君たちは何かしらの形で幸せになれていたに違いない」
「けれど、我々大人は君たちの夢に足枷を与えてしまった」
「「ただの」夢を抱く自由を、奪ってしまった」
教師はそこで話を一度止めた。
「そして、君たちに考えてほしい。責任とは何か、そしてそれを誰が負うのか」
「責任は我々大人すべてにあると思います。だから、私は最初に謝罪の言葉を口にしました。」
「もしかしたら、私のこの言葉は批判を受けるかもしれません。
『我々は何も悪くない、悪いのは実行者だ』
『彼らが気を付けていればこんなことにはならなかった』
その批判の言葉はまったくの事実です。だから、批判の声が出ることは当然だと言えるでしょう」
「でも、彼らの主張する「責任」とは、「行為者責任」のことです」
「私の言う「責任」とはそれよりももっと広いものです」
「なんといえばいいか、考えましたが、
ここでは、「参加者責任」とでも言わせてください。」
「それはつまりどういうことかというと、
我々は、事件の発生を止めることができなかったという責任です」
「我々は支持をしてしまいました。我々は推進をしてしまいました。
そして、自分たちは関係ないと、距離を取ってしまいました。
そういう責任です」
「これは本当に難しい責任です。
何故なら、加害の実感がわかないから。
我々は直接手を下したわけでもないし、ただ知らないところで起きてしまった。だから、我々がその責任を自覚することは非常に困難なことなのです。」
「けれども、我々は向き合わないといけないのです。」
「昔、ある独裁者がいました。
その独裁者は人々の支持を得て、指導し、何の罪もない人たちを大勢死に追いやりました。
その独裁者に加害者責任があったことは事実です。
けれど、一方でそれを支持した、見過ごしていた、止められなかった人々にも責任があるのです」
「何度も言いますが、その責任を自覚することは非常に難しいのです。
けれど、その責任を自覚できた者は、きっと前を向いて歩いて行ける人です」
「皆さんには、正直に言いましょう。この責任を実感している人は本当にわずかです。先生も、まだまだ足りないと言えるでしょう。それほど難しいことなのです」
「ただ一つ言えることがあるとすれば、
この話は、我々大人から皆さん若い世代に向けて発せられるいわば「しくじり先生」のようなものです。」
「私は切に願います。
我々のような同じ過ちを決して繰り返さないでください。
決して、我々が言えるような立場ではありませんが。
ただただ、お願いします。」
「最後になりましたが、皆さんがこれから大人になり、社会に出た時、これから様々な困難に直面するでしょう。
その困難は我々大人が生み出したものです。
でも、君たちはその困難を乗り越えて先に進まなければいけないという義務を課せられてしまったのです」
「腹立たしいかもしれません、許せないかもしれません。
ただ、謝らせてください。ごめんなさい。
そして言わせてください、お願いします。
我々ができなかったことをあなたたちに課してしまうことに、謝罪します。
そしてどうか我々が乗り越えられなかった困難を、乗り越えてください」
「皆さんが乗り越えてくれることを、ただただ願っています」
そして、教師は最後に言った。
「皆さん、卒業おめでとう」
教師はその言葉で締めくくり、教壇を降りた。
私は、何かとてつもなく重い何かが、肩に降りかかってきた思いがした。
そして、感じた。
今、バトンが託された。
読んでいただき、ありがとうございました。
色々と言いたいことがあるかもしれません。
けれど、もしも何かのきっかけになることができたら幸いです。




