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-7- 悩(なや)ましい

 小股こまたの切れ上がった着物姿の若い美人が、シャナリシャナリと歩いている。その姿を茶をすすりながら床机しょうぎへ座り、遠目で見守る井沼は、なんともなやましい気分となっていた。明日、この近くの白波亭は囲碁の正式戦である碁星戦の第四局が打たれる会場になっているのである。対局者の一人、井沼九段は碁星位を保持する湖波九段に三連勝し、いよいよこの日、勝てば、初の碁星位を獲得できる矢先だった。そんなこともあり、気走りした井沼九段は、この地へ数日前に到着し、対局の前日、白波亭から少し離れた茶店で気分を落ち着けよう…と茶を啜り、好物の餡子餅あんこもちを頬張っていた訳である。そこへ、着物姿の絶世の美女が通りかかった・・と、まあ話はこうなる。

「悩ましい…」

井沼は、茶を啜り終え、餅を頬張りながら言うでなく、無意識にそうつぶやいた。悩ましい・・とは、囲碁棋士が、よく口にする文言もんごんである。まあ、井沼が思わず口にした悩ましい…は、別の意味合いだったのだろうが…。

翌日、対局は白波亭・玄幽の間で開始された。展開は中盤へとさしかかっていた。

ここは、白波亭の別間で行われている大盤解説会場である。多くの囲碁愛好家が見守る中、解説者の棋士が女性若手棋士とマイク片手に解説をしていた。

「難解な場面ですよね。どうなんでしょう?」

「そうですね。悩ましい局面ではあります。相手の石を切れば、大石が危ういですし、切らないと地合いが、まったく足りません…」

「私には、よく分かんないですけど、先生なら?」

「…ん~~っ。実に悩ましい!」

会場からドッと笑声が湧き起こった。その頃、対局中の玄幽の間でも、井沼九段が実に悩ましい…と思いながら頭を振っていた。考慮時間は刻々と過ぎていく。そのときふと、井沼九段の脳裏に昨日、通りかかった着物姿の若い美人の姿が浮かんだ。すると、どういう訳か悩ましい局面が逆転し、全然、悩ましくないように井沼九段には思え、奇跡の妙手が出た。

半時間後、深々と湖波九段は頭を下げた。井沼九段の中押し勝ちである。その瞬間、待ち構えた報道陣が手にするカメラフラッシュが一斉に光を放った。悩ましい女性の姿も、時には逆転の発想を生む・・という悩ましいお話である。


                   完

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