-58- 慌(あわただ)しい
物事をやろう! として急くと、慌しい気分になる。[慌]という漢字の字義は、心が荒れる・・というのだから、正にそのとおりだ。
「広背さん!」
「やあ! 立鼻さん!」
慌しくなってきた歳末のある日、偶然、ばったりと繁華街で出くわした二人は、とある店で再開を祝した。
「私、急ぎますので、この辺で…」
小一時間、飲み食いし、ほどよく酔いも回ってきた頃、立鼻が急に鼻を弄り出した・・いや、腕を見た。
「えっ?! まだ、9時前ですよっ!」
広背は訝げに背を伸ばした・・いや、立鼻を窺った。
「私、アレコレあるんですよっ! 済まさないと落ちつかない性分でして、すみません。これ、連絡先です。お近いうちに、ごゆっくり…」
「そうですかぁ~? 残念だなっ! じゃあ、そういうことでっ! 私も店を出ますよっ、一人で飲んでいても、つまらないだけですから…」
「そうですか? それじゃ」
二人は席を立つと勘定を済ませ、店を出た。
「いや、私も実はアレコレじゃないんですが、ドコソコに用がありましてねっ」
「ドコソコですか?」
「お互い慌しいですな、ははは…」
「ははは…そうですなっ! それじゃ!」
「はいっ! お元気でっ」
ほろ酔い気分の二人は、駅近くで別れた。
二人が慌しく動き出したのはその直後だったが、アレコレもドコソコもすでに済んでいて、まったく慌しくなかった。
逆転して考えれば、慌しいことは慌しくないのかも知れない。
完




