-38- 感覚
虫達からすれば、人は天文学的に長生きする動物ということになる。このように逆転して考えれば、人から見た宇宙で起こるさまざまな天文学的現象も、なるほど! と理解できる。感覚として、1光年とかジュラ紀1億5,000万年と言われても、ピンッ! と来ないのに似ていて、桁はずれた世界が現実に存在するのだ。人には周りの限られた感覚だけが理解できるのであり、ミクロ(微視的)過ぎてもマクロ(巨視的)過ぎても、感知できないのは仕方がない。
とある家の前にある細道である。道伝いに植えられた広葉樹の梢も色づき、賑やかに葉を落としていた。家の前を掃いている木葉に通りかかった男が声をかけた。
「木葉さんでしたね、確か?」
「いえ、私は木葉ですが…」
「そうそう、木葉さんでしたね」
「ええ、木葉です。一塊で木に付いている木葉です」
木場は色づいた広葉樹を指さし、笑顔でそう言った。
「はぁ?」
「いや、まあそういうことです…。で、どちらさんでしたか?」
「ははは…北風ですよ、いやだなぁ~、お忘れですか?」
「あっ! これはこれは、北風さん」
「落ち葉ですか…大変ですねぇ~」
「ははは…そうでもないですよ。ゴミだと思うと大変ですがね。逆転した感覚で、自然からのプレゼントと思えば、実に有難いものとなります」
「はあ、そういうものでしょうか…」
「はい! そういうものです。落ち葉は家の庭木の根元に敷きますから。ははは…」
「なるほど! 感覚ですか…。それにしても、この道の木の葉は天文学的ですなぁ~」
「木の葉です!」
「ああ、はい! 木の葉でした」
北風は感覚として、木葉に教育を受けた。
完




