-35- 柵(しがらみ)崩(くず)し
世の中を生きていく上で柵は避けて通れない。相手があって初めて世渡りができるのであり、身の周りの小事は別として、おおよそ人は一人で物事を進めるのは不可能なのである。そこには必ず、相手や物が存在する訳だ。当然、その相手や物と自分との間に柵が発生する・・という構図となる。
「チェ! パンがなくなってら…」
野球の部活から帰った高1の嘉彦は、冷蔵庫を開け、掻き回すように探した挙句、小さく呟いた。当然、物であるパンは食べれば冷蔵庫から消えることになる。無くなったからといって、キノコのようにまたニョキニョキと姿を現す訳がない。そこに、買わねば・・という柵が生じる。逆転して考えれば、買わねばならないからこそ、人は人と交わって柵を生じることになるのかも知れない。
「あんた、昨日、部活から帰ってラーメン食べたあと、足りないってパンも食べたじゃないっ!!」
「そうそう! …であるな。まっ! 仕方ないっ…。今日のところは見逃して進ぜよう」
昨日、部活から帰ったとき、偶然、父親が観ていた再放送のBS時代劇の台詞を嘉彦はそのまま言った。俳優の台詞が余りにも格好よかった・・ということもある。
「見逃すもなにもないでしょ! 小遣いは多めに渡してあるんだから…。明日、帰りに買っときなさいよっ!」
「ああ…」
味も素っ気もなく母親に押し出され、嘉彦はあっさりと土俵を割った。ところが、柵は悪い柵をを呼ぶばかりではなかった。
次の日の部活の帰り、嘉彦はいつも寄るパン屋へ入った。そのときである。
「やあ、ぼっちゃん! いいところへ来なすった。今日は開店20周年で、すべて半額!」
聞いた嘉彦は、逆転だなっ! と、ニンマリした。倍の量を買えた帰り道、昨日、パンが冷蔵庫にあれば、寄ることもなかっただろうし、そうなれば、倍の量のパンも買えなかったことになる…と嘉彦は自転車を漕ぎながら思った。
「フフフ…。柵崩し、見たかっ!」
偶然にそうなったのであり、技を披露した訳でもなかったが、誰に言うでなく嘉彦はぺダルを漕ぎながら嘯いた。これも、昨日の時代劇ドラマの受け売りだった。柵は逆転を起こすようである。
完




