-28- 要求
簡単なことでも、アレコレと要求すればスンナリといかず、逆転の憂き目に合うことがある。注文をする方は取り分けて何も考えていないのだが、要求される方は自分のことではないから、失敗しないように…必死なのだ。それが要求する側には分からない。
とある婦人服売り場の一場面である。ひと組の夫婦がドレスを見立てている。
「ああ! それがいいよ、それがっ!」
「そぉう? 似合うかしら…」
「ああ、似合うともっ! 似合う似合う、大似合いっ!」
主人の方は腹が減っているから、早くレストランへ行きたい一心だ。
「でも、値段が少し…。もう少し手ごろなのがいいわっ」
「少しぐらい高かってもいいじゃないかっ!」
そこへ店の女性店員が現れた。
「お決まりですかっ?」
「コレ、いいんだけど、コノ感じでもう少し違うのないっ?」
夫人は安いの・・とは言わず、別の品を要求した。女性独特の見えざる虚栄心が零れた。
「はあ、でしたら、アレなんかいかがでしょう?」
「ああ、アレね。アレいいわね、アレ。見せていただこうかしら」
夫人は女店員に先導され、別の場所へと移った。主人は動かず、イラだって腕を見る。すでにランチ・タイムに入っていた。そして、ついにプッツンと切れたのか、主人は早足でツカツカ・・と、夫人の方へ歩いた。
「コレっ! コレでいいですっ! コレっ! コレにしてくださいっ!」
主人の手には、最初に夫人が選んだドレスのコレが持たれていた。
「はいっ! かしこまりましたっ」
「ちょっと待ってよ、あなたっ! 着るのは私よっ! 私が選ぶわよっ!」
ふたたび、女性の虚栄心が頭を擡げ、夫人を襲った。
「俺は腹が減ってるんだっ! 腹が食い物を要求してるっ! これ以上、待てんっ!」
主人の食物を要求する空腹も黙ってはいない。
「そう! なら、あなた一人でお行きなさいよっ!」
「ああ、分かった! そうさせてもらうっ!」
「まあまあ…」
女店員は夫婦喧嘩の仲裁役に回ることになった。
このように、要求はモノゴトの進行を邪魔する大きな原因ともなる。
完




