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Heretical Magician  作者: 藤高 那須
彼らのお話
6/7

魔法使いの弟子のお話

ついにきた、一万字!

 魔法、厳密に言えば詠唱とは、所詮ただの言葉である。


 詠唱、それは言葉によって発動する魔法のことだ。だが言葉を使うだけに気をつけなければならないことがある。それは突然の魔法の発動だ。


 そんなことが起これば、我々の存在が周囲に知れ渡ってしまう。それだけは避けなければならない。


 そこで我々はある道具を用いた。それは杖である。魔法使いは杖を持って詠唱することで魔法を使うといった方法を考案した。そうすれば不用意な発言で魔法が発言することはほとんどないだろう。


 話が脱線した。


 その詠唱のことだが、身近なだけに他の魔法使いは気づかなかったが、私はあることに気づいた。


 ある時、私は英語を話す魔法使いと、ロシア語を話す魔法使いが同じ魔法を使ったところを見た。


 偶然にも私はその二つの言語を修めていたのでわかったことなのだが、二人ともほとんど同じ意味の言葉を使ったのだ。


 そこで私はある仮定を思いついた。


 違う言語でも、その意味が同じならば魔法は正しく発動する。


 詠唱とはその者のイメージが重要とある魔法使いが言ったらしい。どうやらその考えは間違っていなかったらしい。


 ならばと思い私は実験を開始した。


 まず英語で炎の玉の魔法を詠唱する。問題なく発動した。続いてロシア語を使ったが、それも問題はなかった。


 そして今度は私がまだ修めていない言語を使った。


 魔法は発動しなかった。


 これは私がその言葉を正しく理解していなかったからそうなったと考えられる。


 では、もしすべての言語を理解できていたら?


 そう考えた途端、私は鳥肌が立った。


 無詠唱ならばそれは関係ないのだが、脅威になるほどの威力をもつ魔法を無詠唱で発動できるのは最大で二つほどだろう。


 さらに教会との戦闘はほとんどが詠唱だ。相手の言語がもし理解できたならば、それは戦闘において相手の出方を知る最も重要な情報の一つとなるだろう。


 そして一つでも多くの言語を理解できていたならば、自分の出方を相手に知られずに魔法が発動できる。


 魔法使いにとって、言葉を知るというのは、何よりの強みとなるだろう。


『詠唱においての言語の重要性』

   『著者、サンバム・トトイ』





++++++++++++++++++++++++++





「というわけでですね、あなたにはまず英語を覚えてもらいますよ」

「どういうわけだよ! いやだよ勉強とか。こう魔法とか教えてくれよ!」

「だめ」


 彼ら魔法使い、その隣に椅子に座っている少女の二人は、その二人に対面する形で椅子に座っているライオットに勉強を教えていた。

 彼らはまだロシアにいて、しばらくはここに滞在しなければならなかった。

 その理由は昨日、ライオットを教会から助けてから次の日に遡る。




 ロシア正教の人間を退けた後、彼らはまずここから早く離れることにした。彼らが仲間を呼んでこちらに来るかもしれないからだ。

 ライオットもそれを察してか、質問もせずに魔法使いの後を追った。

 彼らはとりあえず人目のない森の中へと逃げた。一先ず教会から逃げ切ると、少女が言った。


「ライオットのことなんだけど、処遇はこれから来る魔法使いが知らせるそう」


 少女の言葉にライオットは顔を引き締める。ライオットは元とはいえ教会の人間だった。そのことが原因で拷問される恐れもある。さらに魔法使いは人間を洗脳するなんて本に書いてあったのだ。最悪の場合があってもおかしくない。


「そうですか、それでその人はいつやって来るのですか?」

「今だよ」


 三人の目の前に男性が現れた。気さくな顔をした、中年くらいの男性だった。


「ああ!」

「やあ、どうやら無事みたいだね」

「知り合いだったのですか」


 少女が言っていた魔法使いとは、ライオットが買い物をしていた時に出会った男だった。


「あんた、魔法使いだったのか」

「そうだよ。僕は君のいた教会の監視をしていたのさ。あそこにとんでもない才能をもった人間が現れたと聞いてね」

「……ジャフ」


 ライオットは顔を険しくさせて言った。どうやらあの名前を思い出すだけで殺意が湧いてくるようだ。


「知ってたのか……て、虐められてたもんね」

「確かにアイツは天才だ。それは私も認める。だがアイツの中身はガキ以下だ。気に入らなければすぐ暴力を振るうし、最悪の場合人前で白魔法まで使おうとしやがった」

「ほう、精神面に問題アリか」


 男は胸ポケットから手帳を取り出しメモを取る。男はライオットにジャフについての情報を聞いた。ライオットは素直に答えた。


「それにしても、驚いたね。まさか君が弟子をとるなんてね」

「彼……彼女には才能がありましたからね。私はこの子が女性だったことに驚きましたよ」

「よく観察すればわかることだろ。それにしても惜しかったなぁ。僕も彼女を狙っていたのに」


 二人の発言にライオットは肩を縮める。今まで誉められたことがないので恥ずかしくなっているのだ。


「まあその話は一旦終わらせて、彼女の処遇はこの僕に一任されることになった。一番長く彼女と接点を持っていた僕なら見極められるだろうってね」

「そうですか。ですが、後半は嘘を吐いている。というよりニュアンスが間違っていますね。彼らのことですから、『面倒臭いからお前に一任する』といった風に言われたのでしょう」

「さすが、察しが良い。で、彼女の処遇だが、彼女は君の弟子になったし、教会にも多少の恨みは持っているから裏切りなどの行為はしないだろう。だから彼女は君に預けることに決定する。異論は認めないぞ」

「承知しました」


 彼の返答に満足した男は、帽子を被り去っていこうとしたが、またこちらに戻って来た。


「あとしばらくはこのあたりに滞在してね。ライオットの情報を聞くために他の魔法使いがやって来るから」

「あ、はい」


 そして今度こそ男は去っていった。




 それが今回の顛末である。


「最初は完璧に覚えようもしなくても良いです。だいたいといった感じで充分」

「……」


 彼の説得により、やっとライオットは真面目に勉強し始めた。というより、この世界の本の多さとそれを読むための言語の必要性を説いただけなのだが、ライオットには効果覿面だったようだ。


「それとライオット君。君これから髪を切ってはいけないよ」

「は、はぁ!? なんで!」

「本を地面に落としてはいけませんよ。まあしいて言うなら、ある女性の魔法使いが髪を伸ばしていたからですよ」

「……」

「なんだよそれ。わけわかんね」


 ライオットは落としてしまった本を拾って読み始めた。少女は何を言っているんだと言うような目を彼に向け、彼はフードの上から頭を掻き、どうしたものかと思案する。れをみ見て少女はため息を吐きライオットに説明した。


「一つは彼が言ったようにある女性が髪を伸ばしていたのが理由。そしてもう一つは女性は髪を伸ばせば魔法が上手く使えると言われているから。ある人が実験したらしいけど、個人差はあれ伸ばした時の方が上手かったらしい」

「……」

「あと彼以外に弟子入りしても同じようなことを言われる。どうせ結果が同じなら、彼に指導してもらった方が断然良い」

「……わかったよ。伸ばせばいいんだろ」


 観念したかのようにライオットは両手を上げて言った。彼は満足して微笑んだが、少女は変わらず無表情だった。


「……はぁーっ、終わったぁ!」

「お疲れ様です。では昼食としますか」

「どこで買うの?」

「いえ、実は一昨日貴女がいない間にいろいろと買いましてね。長旅のための大きいバッグとか、フライパンや鍋、それに食料を買ってきました」


 少女はずっと彼の横に置いてあったバッグが気になっていたが、なんのためのものか納得したように頷いた。ちなみに昼食はサンドイッチにだった。


 昼食の後、午前中にやった英語の復習をして、それから今度は魔法の勉強を始めた。


「まだ英語は途中ですが、貴女の頑張りのおかげで魔法の勉強を始められます」

「よっしゃあ! それで、まず何をすればいいんだ?」


 ライオットの質問に、彼は顔――口のあたりしか見えないが――をにっこりさせて言った。


「英語の勉強です」


 ライオットの顔が悲壮になったが、彼はかまわずにライオットの目の前に英語の本を置いていった。


「『like』、『好き』。『know』、『知る』。

 S『主語』V『動詞』O『目的語』C『補語』(O)の順番……」


 ブツブツと、呪文を唱えるようにライオットは英語の本を読み続けている。


「ねえ」

「ん、なんですか?」


 少女が彼のローブを掴む。

 少女は彼に顔を近づけてと言い、彼は言われた通りにした。そして少女はライオットに聞こえないように彼に聞いた。


「あのこと、教えないの?」


 少女の言葉に、彼はいつになく真剣な雰囲気で答えた。


「ええ、たとえ教えたとしてもあまり効果はありませんし、これは自分自身でなんとかしなければなりません。そしてなにより、次へ進むために必要なそれこそが、彼女にとっての重要な分かれ道なのですから」


 彼はライオットの背中を見て言う。ならば自分は何も言うまいと、少女はこれ以上口出しはしなかった。


 空はもう暗くなり、彼らは一旦ここにテントを張って寝ることにした。火を着けると誰かがこちらに来てしまうので、ライオットの勉強ができないし、それ以外にすることもないからだ。

 しかしテントは一つしかなかった。テントは少女とライオットが使うことになった。


「ふあぁあ~」


 大きな欠伸をしてライオットがテントから出てきた。


「外しましょうか?」

「違えよ。眠れねえんだ」


 気を使ったのだが、裏目に出てしまった。ライオットは彼の頭を軽く叩こうとしたが、そこを彼が腕を掴んで止めた。


「さすがにそれは師匠としての威厳がありますしね」


 ライオットの腕を放し、隣に促す。ライオットは隣に座ってこれからのことを彼に聞いた。


「私は元とはいえ教徒だ。れからせ正教の連中に狙われるかもしれないし、師匠のあの子、あのおっさんはともかく、他の魔法使いが私をどんな目で見るか心配なんだ」

「我々は別に貴女が元教徒ということで嫌な目などしませんよ。まあ初めて敵勢力の一人が魔法使いの一人となりましたからね。バラして欲しいなんて言う魔法使いがいるかもしれませんね」

「うわっ、嫌だなぁそれは」

「まあ貴女はとても美人だから、言い寄ってくる魔法使いもいるかもしれませんね」

「ま、まあそれは悪い気はしないけど」


 ライオットは少し顔を赤くする。顔に出やすいのは魔法使いにとっては弱点になりうるが、今はまだ子供だということで指摘はせず、彼はむしろそれを見て喜んだ。あそこで感情というものが抜けてしまっていなくて良かったと思っている。


「でもやっぱ不安だなあ。白魔法の才能が私にはなかったから。本当に黒魔法ができるのか」

「魔法を色で分けてはいけませんよ。これからはどちらも魔法と言いなさい。まあ確かに不安になりますね。ならば私について来て下さい」


 彼はライオットと一緒にどこかへと歩いて行く。ライオットは彼とはぐれないように彼のローブを掴んでついて行った。


「……」


 そのやり取りを少女はテントの中で会話を盗み聞きしていた。だが彼らを追おうとはせず、そのまま眠りについた。


 彼がライオットを連れてやって来たところはどこかの広い草原のような所だった。木に囲まれているが、このあたりだけはとてもさっぱりとした場所だった。


「なんだよここに用があるのか?」


 ライオットはあたりを見渡すが、視界に入るのは地面に生える草と木だけだ。

 ライオットは怪訝な顔で彼を睨む。だが彼はそんなことを気にせず上を向いている。彼が何を見ているのか気になりライオットも上を見る。


「……おぉ」


 彼が見ていた方向には、太陽がないのにも関わらずキラキラと輝いている空があった。

 空を輝かせているのはあたりにまんべんなく広がる星だった。大きい星、小さい星、赤、青に白い星。さまざまな星が彼らの周りを明るくしていた。


「どうですか? 綺麗でしょう?」

「……あんまり空とか、見なかった」


 ライオットは驚いていた。自分の真上にある空がこんなに綺麗だったとは思わなかった。たまに天気を確認するために空を見たことはあったが、ライオットが見ていた空はいつも淀んでいて、こんなにも幻想的なものだったなんて気づきもしなかった。


「……昔はね、世界中の人々は同じ言葉を話していました」

「?」

「人々はこの空に近づきたいために塔を建てようとしました。しかし、神の怒りに触れてしまい、人々は違う言語を使うようになってしまいました」

「それがどうかしたのかよ」

「貴女がこれから教わるものは、その話に出てくる塔のように、神の怒りに触れるようなことです。しかしそれと同時に夢に溢れています」


 彼は視線を戻し、ライオットの肩に手を置く。


「貴女はこれから、天にも届くくらいの塔を建てるのです。しかし貴女はまだ土台すらありません。焦ってはいけませんよ。急いでも、高い塔はすぐには建てられません」

「じゃあ、その土台を作るためにはどうすればいいんだ? 塔を建てるためには何を使えばいいんだ?」

「まず、強く願いなさい。あの光り輝く空へと昇りたいと望みなさい。その強い気持ちが、必ず貴女の力となるでしょう」


 どんなことでも、願いや望みといった強い気持ちが人を動かし現実とする。人はいつだってその気持ちがエネルギーとなっていろいろな物を作ってゆく。彼は魔法も同じだと言いたいのだ。魔法も同じように、強く願わなければ手に入れることなどできないと。


「……さて、もう遅いですし、戻りましょう」

「いや、もうちょっと、ここにいたい」


 ライオットは地面に座り再び空を見る。その目はさっきとは違い、覚悟ができたような、まっすぐな目をしていた。


「……わかりました。ですが気をつけて下さい。正教の人間がやって来るかもしれませんから」

「ああ」






 彼がテントへ戻っていくのを見届けると、ライオットは仰向けになり空を見た。さっきと変わらず星は輝き続けている。


「強く願うか」


 ライオットは彼の言葉を口に出す。

 ライオットは考える。では自分は今まで強く願っていなかったのか、心の中では魔法なんて使えないと言っていたのかと。しかし答えは出ない。気づかないふりを無意識のうちにしているのか、もしくはその気持ちがずっと奥深くにあってわからないのか。やはり答えは出ない。

 ライオットは他の奴らが魔法を使っているのをいつも遠くで見ていた。初めて魔法が発動した時、彼らはとても驚いていた。うまく魔法が使えた時、とても良い笑顔で喜んでいた。だがライオットはそれをずっと見ている立場だった。自分ではあの輪の中に入れないと思っていた。

 それだけに、彼が自分は魔法の才能があると言ってくれた時は嬉しかった。自分も輪の中に入れるんだ。そう考えた時もあった。

 だがしばらくして思い出したのだ。魔法を発動しようとして失敗した人々のことを。

 魔法で暴発して死んだ者、自分の魔法が自分に当たって死んだ者、そして他人を傷つけてしまい、殺された者。ライオットはそんな理由で死んでしまった人間の処理をされていた。

 今でも忘れられない、あの臭い。肉が焼け焦げた臭いや、血の臭い。

 そうして振り返ると、気づいてしまう。

 ひょっとして自分は怖じ気づいてしまったのか。


「……そうか、怖かったんだな、私は」


 思えば教会でたくさんの本を読んだが、実際にやってみようとは考えなかった。

 たぶんきっと自分は魔法の才能がないからやる必要はないと言い訳していたのだろう。やろうと思えばいつでもやれたのにだ。


「……さて、私も戻るか」


 ライオットは立ち上がり、背中や足に付いた草などをはらう。そしてテントへ戻ろうとした時に、地面が捲れ上がった。


「なっ!?」


 だが大した規模ではなく、足を掬われてしりもちをついた程度だった。


「やっと見つけたぁ」


 ねっとりと、絡みつくような声だった。

 そしてその中に強者たる何かがあるような、そんな錯覚さえするほどのどす黒い声。そんな声はライオットは知らない。だがわかることはある。今自分の後ろにいる人間は危険だ。こんなやつは教会の中にはいなかった。

 呼吸が荒くなる。瞳孔が広がる。筋肉が集中を切らせば今にも動き出しそうだ。頭の中で危険信号が鳴り響く。

 後ろを向いてはいけない。そのまま走って逃げなければ。そんなことを考えている場合じゃないのに、頭の回転が速くなっている。

 ライオットはすぐさま立ち上がり、彼の下へと全速力で走り出した。


「はぁはっ! 逃げろ逃げろぉ」


 どういうことだ。走るのにはそれなりの自信はあった。なのに、なのに……。


「むしろ距離を詰められている!」


 だがそんなこと言っている場合じゃない。今はただひたすら走ることに集中する。

 途中で転んでしまった。もう敵はすぐそこまで来ている。


「……」


 来ない。いやむしろ静かだ。いったいどういうことだ? だが、助かった。


「――と、思ってなぁいよねぇ!?」

「う、うわあぁぁぁ!」


 いつの間にか背後に回り込まれてしまっていた。敵の凶刃がライオットを襲う。一撃目は腕を切られたもののなんとか凌いだ。だがすぐさま二撃目がやって来た。その前になんとか体制を整え、ライオットは駆けた。


「くそぉ! 私はまだ、死にたくない!」


 ライオットは走る。ひたすら走る。だが背後からの気配が凄まじく、体が縮こまってしまう。そんな体を叱咤するため、ライオットは太ももを思い切り叩く。そしてまた腕を振って走る。

 ライオットが右足を地面につけようとした瞬間、突然そこが盛り上がり、再びライオットは転ぶ。そしてまた敵がライオットの目の前に現れた。


 ――くそ、くそ! 私にも魔法が使えたらっ!


 ライオットは悔しがる。だが目の前の脅威にどうすることもできない。


 ――こんな奴に、あいつらに太刀打ちできる力が欲しい!


 まだ一日しかやっていない魔法の勉強。いやあれは魔法の勉強なのかと疑問に思っている。だがそれでも彼を信用して、ひたすら英語の単語を覚えた。

 しかし今の状況を打破するための方法はまだ教えてもらっていない。


 ――欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい!


 敵は右手の凶刃を構え、ライオットを殺そうとしている。

 凶刃が徐々にライオットへ近づいて来る。ライオットは手を伸ばす。凶刃ではなく、敵の方へ。

 そしてライオットは吠えた。


「―――――――――!」


 瞬間、辺りに風が吹く。風はライオットの手に集まり小さな風の玉のようになっていく。

 風が止むと、ライオットの手に集まった風の玉は、敵に向かって飛んでいった。


 ギュウウゥゥゥゥゥゥ


「グ、ギ、ガアァァァ!??!?」


 風の玉は敵の腹部に命中し、敵を地に伏させた。

 それを見たライオットは呆気に囚われている。そして気がついた。これが魔法なのだと。


「……師匠んとこに、行かなきゃ」


 フラフラと、おぼつかない足取りでライオットは歩く。命の危険を感じとり、全速力で走ったのだ、見た目は大丈夫だが体はボロボロだろう。


「ク、ククッ、その程度ではやられぇませんよぉ」


 敵はまだやられていなかった。いや、それもそうだ。ライオットはさっき初めて魔法を発動したのだ、相手を確実に戦闘不能にできるとは限らない。仰向けのまま立ち上がろうとする敵の姿は、どこか不気味さを感じさせる。


「さきほどはあなたが白魔術を使えないということで油断し虚を突かれましたぁが。次はぁもうぉないですよぉ?」


 ケタケタと笑う敵。ライオットは嫌な汗を流している。さっきの魔法も使おうと思っても使えない。使えたとしても相手は格上。かすり傷すらつかせてもらえない。


「ふぅ、どうやら無事だったようですね」

「危なかった」


 本当にもうだめだ。と思っていたところで、彼と少女がやって来た。


「おやぁ。どうやら増えちゃぁったようですねぇ」

「安心しなさい。貴方と戦うのは私だけです。さすがに私も頭にきました。まだ日は経っていないとはいえ彼女は私の弟子。右腕の分はキッチリと返させていただきます」

「……ククク、クハァッハッ。何? 私だけ、だってぇ? それはこっちの台詞ですよぉ」


 敵は両手を彼らに向けてまっすぐ伸ばす。そしてブツブツの何かを唱え始める。すると敵の袖から黒い粒のような物がたくさん出てきた。その粒は袖から出ると宙に飛び、彼らの方へ向かっていく。


「それは数年前、あることをきっかけに突如ロシアに現れた雪を食べる虫。それは当時ロシアに降ってきた隕石の中に潜んでいたと言われている。頭の固あい学者どもはこれは元々ロシアにいた虫だの何だの言っていた。だがそれは間違いだ! その隕石の中には確かにいた。外側にいたせいで大気圏に突入する時焼け焦げてしまったその虫の姿がぁ! そして私はそれを独自に研究し改良した。するとぉなんと! 虫は動物の肉も食べられるようになってしまいましたとさぁ!」


 敵の合図と共に、虫が一斉に飛んでくる。


「なあ師匠! あれどうすんの!?」

「どうしようもないでしょう。対象が小さすぎるので私の風はほとんど効きませんし」

「私は土が得意。火はむり」

「ど、どうすんのさぁ!」

「……逃げましょうっ」


 彼は百八十度向きを変えて走り出した。それにライオットと少女が続く。

 途中で彼が突風をおこしたり少女が地面から石つぶてを出して虫に当てようとしたがそれほど効果はなかった。


「……火魔法は使えないの?」

「……生憎っ、熱いのは苦手でしてねっ!」

「ダメじゃん!」


 足を腕を素早く交互に動かし走る彼らの姿は少しコミカルな感じであるが、あれでも彼らは必死なのだ。

 そしてとうとう彼らに体力の限界がきた。動きが鈍くなり、息もあがっている。全員の足が止まったところで、虫達に囲まれてしまった。


「追ぉいついたぞぉ」

「絶体絶命」

「ここで終わっちまうのかよ!」

「……いいえ、どうやら来たようですよ」


 最初、ライオットは何が来たのかわからなかった。少女はどうやら理解したらしく、何かを感じとったのか体が震えている。だが今はそんなことを考えている場合ではない。この周りにウジャウジャるく黒い虫をなんとかしなければ。

 そうして虫をじっと見ていると、ある異変に気づいた。一匹の虫が他の虫を食べているのだ。いや一匹だけでなく、他にも数匹が仲間の虫を食べている。


「間に合ったようだな」

「貴方ですか。よりによって……運がない」


 森の茂みから声がした。今まで見たローブとは違い、緑や深緑などの色を混ぜた迷彩のようなローブを着ていた。どうやらその男は彼の知り合いのようだ。だが理解した。こいつも危険だ。こいつの気分次第で、自分はいつでも殺される。


「な、え、私の虫がっ! 何故! 何故言うことを聞かない!!」


 敵はナイフを虫に向けて何度も振る。しかし虫は何の反応も見せずただひたすら虫を食い続ける。その滑稽な仕草を見ている男は鼻を鳴らして言った。


「貴様のような軟弱な生物が、この俺以上に虫を従えることなどできるはずがない」

「おまえが私の虫達をぉぉ!」


 敵は男に切りかかる。しかしこれはどう考えても悪手だ。魔法使いにとって冷静さを欠くということは負けを意味する。さらに敵は魔法を使わずにナイフを使おうとしている。どちらが優勢かは一目瞭然だ。


「フンッ、二流が」


 男はナイフを受け流し、足をかけて敵を転ばせた。男は杖を取り出し敵に向け呪文を唱える。何を言っているのかライオットはわからないが、少なくとも良い意味ではないのはわかった。呪文を唱え終えると、周りから草の震え擦れる音がする。その音はだんだんと多くなりこちらに近づいているようだ。そして彼らの目に入ったものは……


 百匹はいるであろう、ゴキブリの大群だった。


「ヒィッ」


 ライオットが悲鳴をあげる。ゴキブリは見慣れたつもりだったのだが、こんなにいるとさすがに堪える。ゴキブリの大群は敵に向かっていく。敵の必死の抵抗もむなしく、断末魔と共に敵は骨ごとゴキブリに食われてしまった。


「まったく、趣味が悪いですねこんなにたくさんゴキブリを持っているとは……」

「貴様等には俺の崇高なるコレクションなど理解できまい。何故なら立つ位置が違うのだからな」

「な、なあ、あの二人って仲悪いの?」

「悪くない。むしろ良い。でも私は嫌い」


 それは今までとは違う雰囲気で、どこか新鮮な気持ちもあった。だが少女の感情はただ嫌いというわけではないだろう。チラッと男がこちらを見ると少女は一瞬肩が跳ね、少し震えだした。嫌いだけではない。これは恐れだ。ライオットはそう思った。


「それで何の用ですか、

蠍座スコーピオン』ジー・ディー・ビー」

「『蠍座スコーピオン』?」

「前会った魔法使いに聞いただろ。そこにいる女が持つ情報をもらいに来た」


 彼が言った、ジーという男の前についた星座の名前。それをライオットは聞こうと思ったが、ジーがこちらを睨んできたのでやめた。

 このジーはただ者ではないのだろう。さっきの奇妙な魔法についても、あの目が放つ威圧も、どんな人間よりも冷たく鋭かった。


「……そうですか。しかし変な真似をしたら」

「しない。それにすぐ終わる」


 男はライオットの額に人差し指で突く。


「いいか、今からお前は教会での生活、そしてその中で覚えた様々なことを思い出してもらう。目を瞑れ。そして思い出せ、物心がついた時のことから」


  押され続ける感覚が嫌だが、ライオットは我慢して思い出した。物心がついた頃、魔法が使えずに絶望したこと、その後の自分の扱い。やはり今まで散々な目にあってしまった。ライオットの目から光る物が溢れる。しばらくして、ジーは指を額から放した。


「……よし、情報は貰った」

「ええ、なら早く帰って下さい。私達も急いでいるんで」

「いや、そうはいかない。お前は女に自分のことを全く話していないだろう」

「師匠のこと?」

「ああ、こいつはーー」

「いいえ、ここからは自分で話します」


 ジーが話そうとしたところを彼は手で制する。半ば諦めたような気もするが、ちゃんと説明する気になったようだ。


「わかった。いいか、貴様等は今教会の連中に追われている。そこでまず南に下りてウクライナまで行け。そこならまあなんとか振り切れるだろう。そしてギリシャへ行ったら俺の知り合いがいる。俺の名前を出せば逃走に協力してくれるだろう」

「恩にきます」


 そしてジーは暗闇と共に消えていった。そして彼らはすぐに逃げる支度を始めた。


 教会からの逃走に一段落がついたころ、ライオットはとうとう質問した。


「師匠、あなたはいったい何者なんですか?」


 ライオットの質問に、彼は答えた。


「……まず貴女が疑問に思ったことはなんですか?」

「……師匠はジーの名前の前に『蠍座』と言った。それはどういう意味が?」

「我々魔法使いは、星と共にあると言われています。というより、ある人が星が好きだったのですよ。その話はまた後で。とにかく『蠍座』は星座の名前で、我々魔法使いの中で最も高い階級の一つを表します。そして『蠍座』は下の階級の魔法使いを統括する十二人の魔法使いの者達の一人につけられる称号です」

「じゃあ師匠に向けて言った『天秤の』、というのは」

「その通り。私もその者達の一人、『天秤リブラ』を司る魔法使いです」

タイトル詐欺っぽいのは無視して下さい。

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