老いた魔法使いのお話
一文字少ないとか多いとかあったら教えて下さい。全力で直します。
――私がこんなことをしてから、いったいいつになっただろうか。
昔の私はそれはもう、公私共に認めるほどの残忍な男だった。
敵と見れば容赦なく殺し、相手の命乞いや遠い家族への遺言の言葉など無視して殺した。場合によっては話す間もなく。
気づけば私は人間の人生の半分ほどを殺しに使ってしまった。我ながらとんだ馬鹿なことをしたものだ。
しかし、そんな人生でも、昨日のように鮮明に覚えていることがある。
それは私の人生の中でもとても輝いていた記憶だ。
思えばあれが私がこのようなことをすることになったきっかけだったな。
しかし時が経つことは怖いことだ。少しでも気を抜くと昔の記憶がただの思い出となってしまう。
それはいけない。私がしでかしたかこととあの記憶は、決してただの思い出にしてはいけないのだから――
『ある男の日記』
『著者、不明』
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魔法使いが目を覚ました時、最初に見たのは黒いアスファルトだった。
彼は別に寝相が悪いわけではない。ただ単に気温が高かったため、顔を冷やすためにうつ伏せで寝たのだった。
しかしここは風通しが良い。何故ならここは裏路地だから。視界の隅にはネズミが列をとって進んでいき、一メートルほど右には同じく男が寝ている。彼は人ごみが苦手で、いつも裏路地を移動していた。ちょっと道を外れれば人が行き交う道となる。
「おうアンちゃん。相も変わらず変なカッコーだなぁ」
どうやら右にいた男が起きたようだ。男とはここに訪れた時に出会い、他愛もない話をして少し親しくなった。その男は起きて早々彼の格好を指摘した。
彼の格好は茶色いローブに長い杖、そして同じく茶色いブーツ、黒くて少しブカブカした長ズボンで、顔はローブに覆われて口元しか見えない。男が変と言うのも無理はない。
「いいじゃないですか。これはこれで気に入っているのですよ」
彼はそう言い胸を大きく張る。少し背中を曲げているため、背筋を伸ばすと元々高い身長がまた高くなる。男は面倒臭くなったのか、後ろ髪を掻きながら、通りとは反対の方向へ行ってしまった。
「さて、私もそろそろここから離れるとしますか……」
そう言ってここを出る身仕度をしようとすると、通りの方から女性の悲鳴が聞こえ、その後すぐに銃声が聞こえた。しかし彼はそれに気づいてはいるものの、まったく気にする素振りをみせず身仕度を続けている。
やっと仕度を終えると、彼は通りの方へ行き、壁で身を隠しながらそっと物音がした方をみた。
銀行の前に銃を持った人が数十。どうやら銀行強盗があったらしいが、どう考えてもおかしい数だ。彼らは警察らしいが、行動が早すぎる。まるでここに強盗がくるのをあらかじめ知っていたようだ。彼らが銀行の前に集まると、突然車が飛び出してきた。銀行の扉の前に一人死んでいるが、囮だったのだろう。彼はそう考えると無性に怒りが込み上げてきた。
彼はとりあえず車がここを通る瞬間を狙って魔法を使い車を吹き飛ばした。手加減はしたので中の人間は無事だろう。そして案の定車から三人ほど覆面の人間が現れた。しかしそこからだと裏路地が丸見えになってしまう。こちらを見た覆面達はこれをしたのが彼の仕業と思ったのか、覆面達は震えながら地面にへたりこんだ。
「ふむ、どうしましょうか……」
彼はとても迷った。なぜなら警察に銃を向けられているからだ。ここから立ち去るのも良いが、そうすると今の自分の怒りをどこへ向ければ良いかわからなくなる。そして彼は、ここで自分があの覆面達を捕まえ警察の人達に渡すのがどちらにとっても最善だろうと考え、すぐさま行動にうつした。
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「ふぅ……」
一先ず彼の計画はうまくいった。覆面達を捕らえ警察の人達に渡すことにより自分の怒りも和らいだ。しかしあの後がいけなかった。
彼はあそこから立ち去るのにある魔法を使った。まあ今転移魔法と考えてくれて良い。しかしその魔法を咄嗟に使ってしまったことにより、自分の今いる場所がわからなくなってしまったのだ。もう一度魔法を使えばいいと思うが、彼はさっきの警察の件のように使わなければ面倒なことになってしまう時以外はほとんど使わない。
「うーむ。砂漠があるということは……エジプトか? いや、ピラミッドもスフィンクスもない」
彼は砂漠にいる。砂漠といえば暑いというイメージだが、今は夜になっていてとても寒い。この時間では月や星の光が唯一の光源だ。
「北極星が見えるということは、ここは北半球。時間は……まあ夜だからいいか」
夜だからいい、というのは、彼にとって砂漠では朝より夜が一番動きやすいからだ。もし朝だった時、彼はとても暑い砂漠の真ん中でさ迷い続ける羽目になった。しかし寒いのはローブのお陰で平気な為、砂漠地帯の夜の気温も問題ないのだ。
とりあえず彼は北へ行くことにした。なぜなら北のほうが早く涼しい所に着くと考えたからだ。
「……星、か」
砂漠の真ん中で、彼はまた星を見る。
夜空にまんべんなく広がり、昔は夜の灯りのようなものだった。
いつからだろうか、星の見えない場所が増えたのは。
ある日電気というものが発明されたらしい。周りの人間はまったく気にも止めなかったが、時間が経つにつれ浸透していき、今では人の生活に欠かせないものになった。
別に彼はその文明の利器を否定したいわけではない。新しい光を手にいれた代わりに、とても身近にあり、いつも我々を空から見守っていた大切な光を手放してしまったことに、何処かやる瀬なさがあるのだ。
「思えば空に浮かぶ星は、いつも私を助けてくれたなぁ」
星はいつも迷った彼を助けてくれた。今の時間や方向を教えてくれ、さらに灯りもくれる。これほど有難いことはそうはないだろう。
しかし、星は迷い人を救えても、空腹の者は救えないらしい。彼は歩き始めてから一時間後、空腹に悩まされた。
食料をどうしようかと考えていると、彼は足下に違和感を感じ下を見た。するとそこには一匹のサソリがいた。
「サソリですか。まあないよりは幾分かマシですね」
そう言って彼はサソリを後ろから鷲掴みし、親指と人差し指でサソリの頭を潰した。そして魔法で火をおこしてサソリを焼いた。サソリに栄養があるかはわからないが、腹を水で満たすよりは良いだろう。
「……まずくはない。かといってうまくもない」
どうやらあまりお気に召さなかったようだ。彼は火を消し、また明るい夜の中を歩き続けた。
この砂漠の中であまり人と遭遇すると期待していなかったが、意外と早く人と会ってしまった。彼にしては喜び半分、拍子抜け半分だろう。
「ハハハハハハ! ていうとお前さんは砂漠で道に迷って、それで困っていたところを俺に助けられたんだな!」
車を運転している男が豪快に笑う。男は彼が砂漠で迷っていたところを助けてくれたのだ。男は車でどこかへ行くらしいが、彼も途中まで乗せてもらうことにした。
「ええ、しかしこんなに早く人と出会えるとは、案外運命というのも捨てたものではないらしいですね」
「ハハハ! 違ぇよ! 『神の思し召し』だ!」
「『神の思し召し』、ですか」
「そうだ! ここで俺とお前さんが出会えたことは、全て我が神の思し召しなのさ!」
男にここはどこか訪ねてみたところ、彼は少し眉を潜めたが、快く答えてくれた。
ここはサウジアラビアの砂丘で、ここから東へ行くとサウジアラビアの首都へ着くそうだ。しかしそこまでの道のりが遠く地面も悪いので、時間はかかるそうだ
男と一緒に移動してから十数時間経った。もう空は黒くなり、再び星が闇夜を照す。
夜になったので、二人は食事をとることにした。今回は神のお導きにと、男が自慢の料理を作ってくれるそうだ。
「そうだ、水を使いますか? 何なら私のを」
「いやいやいいってことよ。ここはちょっくら俺に任せてくれ。確かに水は使う。だがその水は使わねぇ」
男はニッと笑って答えた。彼は男の言葉に従った。
まず男は鍋を用意する。そしてあらかじめ切っておいた野菜や肉を入れる。そして下に火を着けた。しかしこれでは下の部分だけ焼けてしまう。というよりも、鍋を使う必要がない。そう彼が考えていると、男は鍋の蓋を持ち、それを逆さまにして鍋に被せた。
「?」
「ハッハッハっ! まぁ最初はわかんねぇだろぉな。まあ見とけや」
男に言われた通り待っていると、蓋の穴から煙、いや水蒸気が出てきた。それを見て彼は驚き、男は満足そうな顔をした。そしてもうしばらく待っていると、男はとうとう鍋の蓋を開けた。すると鍋の中には水が入っていて、沸騰していた。
「これは……」
「大事なのは蓋を逆さまにして被せることだ。高い温度が蓋の低い温度によって冷やされ水になる。そうすると蓋についた水は自然と下へ落ちていく。だが普通の被せ方じゃ水が外側へ行ってしまう。だから蓋を逆さまにして、水が鍋の真ん中に落ちるようにしたのさ」
なるほどそういうことか、と彼は思った。これはまさに水の少ない地域だからこそ考えられたものだ。水に悩まないとこではもし考えたとしてもやる者はほとんどいないだろう。
そして実際に食してみると、とても美味かった。この前はサソリを食っていたが、それの反動により更に美味くなっている。それだけではない。この美しい星空もそうだ。この美しい景色も、この料理の最高の調味料になる。
「やはりいつ見ても飽きない。すばらしい景色です」
「俺はそこんとこよくわかんねぇがよ、きれぇってのは同意だな」
彼と男は食事を終わらせた後、テントで寝て一夜を過ごしたのだった。
日が明け、彼はまた男に車に乗せてもらっている。どうやらもうすぐ男が向かう村のようなところに着くらしく、そこで二人はわかれることになっている。
彼としては名残惜しいが、これも旅の一つだと考え、あそこでわかれようと思っている。
彼は男に何故その村にいくのか聞いてみた。どうやら家族がいるらしく、仕事ができたために迎えに行くらしい。
そして男の家族がいる村についた。ここで二人はわかれるのだが、彼はせっかくなので男の家族を見てみようと男の後をついていった。
男の家族が住む家に着いた。家の前には女性がいた。彼女が男の奥さんだろう。男は女の方へ行って抱きついた。女も少しは嬉しそうだったが、どこか様子がおかしい。
「あの子が大変なの!」
男が村を出ていた間に、子供が重い病気にかかってしまったらしい。治すにしても金が足りず、このまま子供を看ることしかできなかった。
「……治さないんですか」
「金がない。普通は金がなけりゃ看てすらもらえないんだ、診断してもらっただけでも運が良い方さ。たとえあっても治せるかどうかもわからん病気らしい」
「だからってっ」
「『神の思し召し』だ」
「『神の思し召し』。そんなので子供が死んでも良いのですか!」
「仕方ないだろ! 金がない。ないから病気を治せない。もう詰んでるんだよ! もうよぉ、『神の思し召し』って思わねぇとどうにもなんねぇんだよ!」
男の言うことにも一理ある。金より大切なものがあると言うが、所詮金がなければほとんどのことは出来ないのだ。金がないとその大切なものまで失ってしまう。今の家族のように。しかし彼は納得がいかないという顔をしていた。
「……なら、神など謀ってみせましょう」
「何?」
「もしこれが本当に神の仕業なのなら、私が打ち砕いてやりましょうと言っているのです。まだ未来ある少年を殺してはいけない」
彼はそう言った後、子供の近くへ行き体中を触り始めた。
「お母さん。この子が発病したのは彼が家を留守にした後ですね?」
「え、は、はい。間違いありません」
「痛いところとかは?」
彼は女性に幾つか質問をした後、自分の体から何かを取り出そうとしている。手こずったのか、少し時間がかかった。そうして彼は一本の白いチョークを出した。そして子供の至るところにチョークで小さい丸を書いた。
そして彼は子供の上で手を広げ、ヒラヒラと手を振ったり円を描きながら、ブツブツと何かを唱えはじめた。
「―――――――――」
「お、おい! お前さんいったい何やって……」
男が彼に近づこうとするが、突然彼の手が光始め動きを止めた。彼は男の声が聞こえていないのか無視しているのか、そのまま唱え続けている。
「―――――――――――、っ!」
そして彼は手を上げ、子供のおでことお腹を優しく叩いたすると今までで一番光が輝いた。
男達は眩しくて目を細める。輝きはいったいどれくらい続いたのか、男達はわからない。輝きが強すぎて村人達が集まってきた。
「お、お前さんよぉ……これはっ!」
男は子供を見て驚いた。さっきまで苦しそうな顔をしたのが、今はとてもやすらかな顔をして眠っている。
「……お前さ「悪魔だ」」
男が何か言おうとするのを村人が遮った。そして他の村人も続けて言う。
「悪魔だ」「この村にやってきたのか」「俺達を呪うつもりか」「やだっ。子供を守らないと」「いいか、ゆっくりと武器を取りに行くぞ」
どんどん物騒な話になってきた。彼は立ち上がると、颯爽と男の家から出て行った。
「あなたっ、あなたっ!」
「ああ、わかってる。わかってるさ」
男とその妻が互いに抱き合う。よほど自分達の子供の病気が治ったのが嬉しかったのだろう、二人とも大粒の涙を流している。
「あなた、あの人に……」
「ああ。だがよぉ」
男は一度周りを見る。彼を悪魔の一人だと言って追いかける算段を建てている者、それに賛同し武器を持ってくる者。今彼を追いかけたら、間違いなくこちらにも被害が及ぶ。
「待ちなさい」
そこに村長が現れた。村長は村人達に割って入り、彼を追いかけるのを止めようとした。
「村長! あの男は悪魔か何かだ! さっきの見ただろぅ!? ガキの病気を一瞬で治しやがった!」
「そうだ、彼はあの子の病気を治した。それは事実。しかしそれであの男が悪魔と決まったわけではない。彼は子供を助けた。しかも何の見返りも求めず、ここにいては家族達に迷惑がかかるだろうとすぐに村を出た。そんな優しい人間が、悪魔のハズがない!」
村長の一喝で村人達ははっとなった。そして顔を下に向けると、彼らは武器を地面に投げた。
「……行ってあげなさい」
「いいんですかね? アイツが悪魔でなくとも、少なくともあれは人間業じゃなかった」
「『神の思し召し(インシュアラー)』だよ」
「『神の思し召し(インシュアラー)』、ですか」
「そうだ、彼と出会えたことも、また我らが神の意向なのだ」
男はしばらく手を組み考えると、立ち上がってどこかへ走って行った。
「さて、もうすぐ首都だ。今度はどの国へ行こうか」
彼は暑いのは苦手だ。ほとんどはローブを着ているのが原因だろうが、暑さによって出る汗が嫌なのだ。そして今度はもっと北へ行こうかと考えていると、後ろから声が聞こえた。
「おーい! 俺の息子を助けてくれてありがとうよぉー! 一生忘れねぇぜー!」
男の声が聞こえる。振り向くと男が泣きながら笑顔で両手を振っていた。彼は少し驚いたが、フッと笑って振り向いた。
彼は右手に持った杖を高く振り上げ、歩き始めた。
次回も明日の同時刻に投稿します。