帳の向こう側
夜が明けていく。太陽が昇りつめれば彼らの時間が始まるのだ。
「・・・・・・」
祈りを捧げる。エリテュイアはゆっくりと息を吐く。同じ時に、アイグレーは空を見上げていた。彼女の息は白く、頬は赤い。
「綺麗・・・」
夜明けは何時だって綺麗なのだ。たとえ、心が泣き叫んでいたとしても。
「・・・こんなに綺麗なのに」
隣には誰も居ない。この美しさを分かち合ってきた。どうしてこうなるのだろうとアイグレーは必死に原因を探る。それで見付けられたとしても、彼女にはどうする事も出来ないのだろうと分かっていた。
「だって・・・女だもの」
昔から女と言うのは男に付属している。産まれてから結婚するまでは父親に従い、結婚してからは夫に従う。夫と死別したなら、息子に従うのだ。尤も、それが出来ない女も居る。それがエリテュイアの母であった。そして、アイアコスとアイグレーの母もまた、従うだけを良しとしない人であった。それでも、アイグレーには彼女と同じように生きる事が出来ないのだ。
悲しいと言う感情が渦巻く胸中を抱え、ただただ祈る。
「こんなに寂しかったっけ・・・」
夜明けというのは心躍るものだった。巡る朝がやってくれば、アイグレーはそれだけで元気が湧いたものだ。でも、それは幸せだったからなのだろう。
「・・・どうか」
あの日々が返ってきますように。アイグレーは祈りを捧げた。
朝食を終えたアトラスは手早く指示を出す。従者は黙々と指示された事を熟していく。静かな中に漂う緊張感は気を引き締めるのに丁度良かった。
「アトラス様」
「支度は」
「滞りありません」
「予定通りに済ませるが良い」
アトラスは従者の言葉に頷く。穏やかに思える仕草だが、そこにある強い意志は流石という物。従者はアトラスの指示を忠実に果たし、万全といえる状況にした。
「後は時が来るのを待つ」
アトラスはゆっくりと言葉を吐き出す。逸る心を抑えるように。
「アトラス様」
伝令が参りましたと一人の人物を通す。やって来たかとアトラスは彼に視線を向けた。
「時はもう直ぐだ」
アイグレーは着々と準備を進めている父を眺めていた。女である彼女に出来る事は限られている。そして、その全てを終えてしまった今はする事が無い事に耐えなければならなかった。
「アイグレー様」
聞き慣れた声が彼女を呼ぶ。振り向いた先に居る姿に彼女は安堵するのだった。
「そろそろお戻り下さい。身体を冷やしてしまいます」
温かな物がアイグレーを包んだ。優しさにアイグレーの頬が緩む。
「駄目ね」
守られるしか出来ないなんて。アイグレーの悲嘆を彼女は理解した。妹の親友であったナウシカアはきっとアイグレーと同じ様に思っている。ましてや、ナウシカアは奴隷だ。アイグレー以上に悲惨な目に遭う可能性がある。
「私は奴隷です」
それが普通だと知っていますと告げるナウシカアは美しかった。
「ナウシカアは綺麗ね」
アイグレーの言葉に彼女の頬が染まる。奴隷にそのような事を仰るのはお止め下さいと力無い声で言う。その声を無視してアイグレーはもう一度、綺麗だと告げた。本当の事なのだから仕方無いのだと言って。彼女達が望んでいたのはこんな日々だったのだと、もう分かっている。
「駄目だね、私達は」
気付くのが遅いのだと。諦めたように笑うアイグレーにナウシカアは悲しげに顔を俯けた。




