悪徳の華
彼女は歯噛みする。後もう少しだったのだ。もう少しであの憎い女の息子を追い詰められたのだ。悔しくて堪らない。
「おのれ・・・」
彼女の呟きには、壮絶な色が宿っている。それ程の憎しみを抱いてきたのだ。
「・・・決して、赦さぬ」
何処までも追い詰め、何処にも居られない様にしてやらなければ・・・そうでなければ、この感情を抑えられない。この、激しい憎悪だけは。
あの女には手を出せない。ならば、せめて。
「アトラス様、また来たのですが・・・」
従者の苦笑いにアトラスは溜息を吐く。諦めの悪い相手につい漏れてしまった溜息を周囲は充分に理解している。
「何時も通りに返事をして差し上げろ」
しかし、返事は変わらない。アトラスの決定がエリシオンの決定なのだ。そして、アトラスは自身の決定を覆さないのである。そんな彼に従うのがエリシオンの民。
そうやって、エリシオンは決めてきた。これまでも、これからも、ずっとだろう。彼がエリシオンの支柱である限りは。
従者はアトラスに一礼をして、踵を返した。向かうのはテーヴァの使者の許だ。その背中を見送り、アトラスは考える。今、テーヴァを支配しているのは毒々しい美しさを持つ華だ。確実に毒花である。その毒により、かの国は腐敗しているのだ。
花と言うのは美しい。しかし、花とは様々な種が存在している。
「かの国は・・・何処まで腐れば気が付くのだろうか」
彼の呟きに答えは無い。腐っていくのを放置するのは簡単であった。だが、腐敗を拡げる訳にはいかないのだ。テーヴァの腐敗は拡がるだろう。その影響をエリシオンに及ばせるのは防がなければ。
アトラスは従者に指示を出す。
「ウリクセス殿を此処に」
従者は直ぐ様、指示通りにウリクセスを呼ぶ。現れた彼を確認するとアトラスは従者達を一瞥する。その一瞥だけでアトラスの指示を理解した従者達は大人しくそこから去って行く。
呼ばれたウリクセスはそこに残ったアトラスとアイアコスに目を向けた。彼等の視線をウリクセスは受け止めながら、言葉を待つ。
「テーヴァから使者が来ている」
アトラスの言葉はウリクセスも予想していた事だった。ウリクセスは深く頭を下げる。彼が今もここに居る事が出来る理由を分かっているから。
「一つ、聞きたい」
アトラスはある問いを投げ掛けた。ウリクセスは真っ直ぐにアトラスを見つめ返し、力強く頷く。
それは決意の表れだった。
彼女は歯噛みする。彼女は王の妻、それも正妻なのだ。だと言うのに、寵愛でたかが妾に負けた。それだけは許せない。
「折角、国は私の物になったのに・・・」
彼女は思案する。如何にして、この罪を償わさせるかを。彼女にとって、寵愛を奪った罪は重いのである。
テーヴァの悪徳の華は王の正妻、エリス。争いを好み、支配欲の強い毒花だ。辺りに憎悪という毒を撒き散らしている。その憎悪は醜悪でありながらも、芳しい。
だからだろうか。彼女の周りには常に彼女に魅了された者が居る。彼女はその者達に指示を出す。




