自覚
アイグレーは兵達が鍛錬する場所に向かう。その手には剣が握られている。彼女は最近、兵達の鍛錬場に顔を出していた。目的は持ち物からも分かるだろう。
少女が鍛錬に参加する様子を多くの兵達が見守った。兵達は気が気じゃない。少女はアトラスの娘なのだから。
アイアコスは共に参加したいと言い出した妹を受け入れた。妹の気持ちを理解したから、彼は妹の為に自分より低い身分の者達に頭を下げた。そして、兵達も彼女の気持ちを感じ取った。
どんなに苦しかっただろう。どんなに悔しかっただろう。大切な家族の身に危険が迫る事は誰だって。
強くなりたいと願う彼女を人々は止められなかったのだ。
「女がこんな事って思う?でもね・・・強くなりたい。守りたい。それに・・・すっきりするの」
アイグレーのそんな言葉をウルカーヌスは聞いた。笑う彼女にウルカーヌスは微笑んだ。
彼女はきちんと分かっている。どんなに鍛錬を重ねても、戦場に出て守る事は出来ない。出来るのは、自分の身をある程度は守る事くらいだと。
「ねぇ・・・ウルカーヌス。私と手合わせをして頂戴」
アイグレーは真剣な眼差しを向ける。
そして、打ち合いが始まった。素人目にも分かる程、ウルカーヌスとアイグレーの差は歴然としている。
そんな打ち合いが長引く筈も無く、アイグレーの負けが決まる。アイグレーは剣を落とす。
荒い呼吸を繰り返し、痺れた手を見つめる彼女に対して、ウルカーヌスは涼しげである。汗も掻かなかったウルカーヌスはアイグレーに手を差し出す。
「やっぱり無理ね」
アソポスに育てられた彼女だが、武術や戦略を教わった事は皆無。女の身では必要の無い物を教える手間など取らなかったのだ。それでも、アイグレーは悔しかった。もしも、少しでも教わっていたなら、今、役に立てていたかもしれない。
可能性は低いだろうが、それでも、じっとしているよりは良かった。
アイアコスはあっさりと負けてしまった妹を見つめた。その傍らで優しく彼女を見ている男も。
アイアコスは二人に近付く。
「ウルカーヌス、アイグレーと外に行ってくれないか?」
息抜きが無くては辛いから。
アイアコスは二人の背中を見送った。
兄に言われて広場に向かうアイグレーは落ち着かない気分を味わっていた。鼓動が速いのが分かる。
様々な店が並ぶ中を二人で歩くのが嬉しい。アイグレーは初めての感情に戸惑う。しかし、それを上回る喜びが彼女の胸中を占める。
行き交う人々は楽しそうに笑う。その中に二人も身を置き、幸せを感じた。
アイグレーの足が止まる。彼女はポルパイやフィブラなどの装飾品を売る店に目を向けていた。
アイグレーの目に飛び込んできたのは、黄玉の輝き。花を模った意匠のフィブラは派手さは無いものの上品な印象を受ける。
ウルカーヌスは直感した。
「アイグレー様に良く似合うと思います」
自然に出た言葉だった。溌剌とした彼女に華美な物は似合わない。無垢な彼女には、可憐さを感じる物が合う。そう、このフィブラの様な。
ウルカーヌスは褒め言葉に頬を染めるアイグレーを尻目に黄玉のフィブラを買う。買ったフィブラはアイグレーの手に渡された。
微笑む彼に促され、アイグレーは着けていたポルパイを外し、買って貰ったフィブラに変える。
「とっても、似合っています」
彼の笑顔が嬉しかった。彼の喜びが自分の喜びになった。そう思ったアイグレーは自然と顔が綻ぶ。
「ありがとう」
ウルカーヌスは眩暈を覚えた。愛しい少女の笑顔が自分にだけ向けられている。この感情は抑えられないのだと、はっきりと自覚させられた。
そして、アイグレーは高鳴る胸にとうとう自覚した。ウルカーヌスに恋している、と。
広場に向かった二人をアイアコスは見送った。
「・・・幸せになれ、アイグレー」
優しい言葉をその場に居ない妹に向ける。幸せを願う兄の瞳を妹は見る事が出来なかった。温かな眼差しは見ておくべきだろう。どれだけ、愛されているのかが分かるのだ。
アイグレーは知らない。




