ガラス
場面小説に投稿した作品です。
まだまだ寒い、まだ、寒い。
教室の窓の外は強風に見舞われて、可哀想に、杉の木がガサガサとゆられていた。スズメを追って空を見れば、時間は早いのにもう暗くなってきていた。
空は昨日のことを思い出せないんだ。昨日は暑かったから、今日も暑くしとこう。とか思わないんだ。逆かな?昨日暑かったから、今日は寒くしとくか。みたいなノリなんかな。
春特有の急激な気温の変化。この頃これにイライラしてるんだ。
私は今日セーターを着ていないから寒くて仕方が無かった。昨日まで暑かったんだ。それで今日はセーターを着てこなかったのに。なんで?一昨日まで寒かったじゃん。昨日は暑かったじゃん。そんで今日は寒いじゃん。なんでよ。
冷たい膝を机の下で擦り合わせて、とにかく体を暖めたかった。授業?そんなの始まる前から聞く気ねぇって。
目は冴えているのにどうも授業にのめり込むことができない。暇になってシャーペンを手で弄びながら、そっと教室の中を見渡した。
教室は今コソコソと静まりかえっていた。先生はただ話す。生徒たちはコソコソと話してい
た。床に汚く散らばる荷物を間に挟んで笑いあったり、どつきあったり。他のクラスの声も聞こえてくるくらいなのに、私の耳にはクラスメートの話し声がたくさん聞こえた。
「ぶははっ!」
一人の男子が大きな声を上げた。クラス中のほとんどの視線が男子に集まる。男子はヤベッ、って顔して黙った。しかし先生は気づいていないのか、黒板に書き付けるのをやめない。
そのうちみんなそれぞれの会話の中にもどり、教室の空気は戻った。
もう五時間目で、みんなしんどそうだった。だから授業にも集中できてなくて、しゃべってしまっている。寝てるヤツまでいるのに先生は何も言わない。
山崎あいか。今日もクスミの無い美貌と、長い足で優雅に横座りしてる。後ろの女子と話しているみたいで、時々高い笑い声を上げる。時折組みかえる真っ白な足は、優雅というよりせくしぃ〜。隣の席の野田なんかは、あいかの股の辺りをガン見している。ず〜っと見てたから、あいかの話し相手が気づいてあいかにチクッた。あいかは眉間に稲妻みたいなシワを寄せ、野田を思いっきり睨んだ。小声で、私に聞こえないくらいの声で野田に何かを言った。キツイ言葉だったのか、野田は色々誤魔化しもいれて謝った。あいかは許せない、といったような顔でまだ野田を睨んでいる。野田は必死に謝る。
あいかはそのうち野田を無視した。野田は所在なさげに顔を歪めた。
いつもは仲のいい二人なのに。傍から見たらあいかが野田を好き、ぐらいに見える二人なのに、今はあいかは野田にとりあわない。二人の間に見えない壁があるようだった。
シャーペンが落ちてしまった。あいか達のやりとりに夢中で何時の間にかシャーペンを逃がしてしまってたみたいだ。乾いた音を出して床に転がるシャーペンを拾い上げて、体を上げる時真帆ちゃんの声がヤケに鮮明に聞こえてきた。
見ると、ちぃと真帆ちゃんが熱心に話しこんでいた。昨日のドラマの話らしいけど本当に二人とも異様な熱心さだった。
あの人がかなり怪しい、あのメガネの人。絶対裏切り者だよ。
あたしもそう思う!ねぇでもさ・・・・・。
私もそのドラマは大好きで、毎週必ず見てる。ちぃともよくその話題で盛り上がった。話に加わりたい、でも席遠いなぁ。私も色々知ってるのになぁ。
その後もちぃと真帆ちゃんの会話が気になって、気になって貧乏ゆすりが止まらなかった。
見えない壁があるみたいだった。
緑のクスんだ床から蛍光灯がぶら下がる天井まで、透明の壁があるみたいだった。きっと防音、防弾で、ガラスの壁っぽいのが。
先生と私達の間に。野田とあいかの間に。私とちぃ&真帆ちゃんの間に。
誰も介入できない壁が、狭い教室中に1,2,3,4・・・・・。
見えないんだからみんな気にしないし、気づいてない。分かってないんだ、たぶん。
私はみんなの壁に閉じ込められて、一人だけで壁の外にいるんだ。外にいるのに、みんなの壁に閉じ込められているんだ。一人で。
ゴツっと音を立てて私の頭は自分の机にぶつかった。髪がそこら辺に散らばって真っ白なノートに覆いかぶさる。
頭の方から先生の声がした。
「どうした徳井。具合悪いんか?」
みんなの話し声が止んだ。ちぃもこっちを見ている。
私は重い頭をあげる気にはなれなかった。自分の鼻息が窓の外の杉の木みたいに髪の毛を揺らした。そのまま、目を閉じた。
「なんだ寝とんのか?」
灰色の教室がみんなの壁に沿って、どんどん分離していく。ちぃも先生も、私を中心にみんな散りじりになっていった。私は一人、真っ白な世界に取り残された。どっかから、小波のような笑い声が聞こえた気がした。
そんな夢を見た。