21、「迷宮最深部 一難去ってまた一難、泣きっ面にハチ」
「……どうでもいいですけど、この先もずっとあんなのばっかりなんですかね?」
シェイラさんが先ほどの狂乱戦士であるかどうかはとりあえず置いておくことにして、俺はシェイラさんを見つめて息を吐いた。それならそれで意識を入れ替えておかないとないと、マジで次は死にかねない。
「安全第一とか、事故を起こさないようにって言っておきながら、あのひとおもいっきり俺の首をはねようとしてきたんですが……」
恨みがましく言うと、シェイラさんはきょとん、とした顔でなぜか首を斜めにした。
「それのどこが問題なんでしょうかー?」
「いや、最初から殺す気でかかってきてるでしょうってこと。話違いません?」
「死ななかったじゃないですかー?」
「……そういうこと?」
結果的に俺はケガだけで済んだが、命を取ることを前提としない訓練でも、本気で殴り合えばと当然当たり所によっては死ぬこともある。そのレベルで実戦的な訓練、ということなのだろうか。寸止めルールではなく、止めを刺すのが禁止レベル? 結果的に死んでもしょうがないみたいな?
「いや、そういうもこういうもなくてですねー」
言いながらシェイラさんが、先ほど俺がソディアで切り飛ばした大剣の剣先をひょいと指先でつまみあげた。
ずいぶん軽そうだな?
「良く見てください。これ、厚紙ですよ? まぁ、それなりに丈夫ですから下手をすると首の骨折れることがないとは言えませんが、こんなので人間の首なんか刎ねられるわけないですよ」
「……おおお?」
ずいぶん軽々と身長を越えるような大きな剣を振り回していると思っていたが、厚紙ならそこまで重くもないのか?
ぽい、と投げるように渡されたそれを良く見ると、舞台などで使う小道具のような感じのシロモノだった。中心には一応金属で出来た芯のようなものがあったが、刃自体は厚紙を何枚も重ねてその上から銀紙のようなものを巻きつけて金属っぽく見せかけていただけのシロモノらしい。間近でみたときに、ものすごく妖しくぎらぎら輝いていたように思ったのだが、実際にはおもちゃみたいなものだった。
いや実際に当たってたらそれなりに痛いというか、首の骨折れてたかもしれないが、こんなのに死を覚悟させられたのかとおもうとちょっと恥ずかしい。
「むしろ、お客さんたちの武器の方が危ないですよー? アーティファクト持ちとか、初心者のくせにふざけてますよねー? 非殺傷の呪いがかかってるとはいえ、特殊能力の全てを封じるものでもないですからねぇ」
シェイラさんはちょっと肩をすくめて俺達をぐるりと見回した。俺のもっている破魔の剣ソディア、真白さんの長剣、真人くんの双剣。俺以外の二人の剣はどんなものかはしらないが、そういや破魔の剣ソディアは四分の一の確率で首切りとかなってたような気がする。
「まぁ、うちのスタッフはみんな優秀ですからー。変に手加減なんかしようと思わないで普通にやっちゃってだいじょぶですよー? さっきみたく、わざと急所を外す、なんてことしなくてもだいじょぶですから」
「わかりました」
まぁ、例えば完全に気を失っている人に攻撃するだとか、止めを刺す、という意味での殺すことをしなければ、まあ魔法とかある世界だし割りとなんとかなっちゃうのだろう。実際食いちぎられた俺の耳朶も綺麗に治ってしまったし。
「あ、あと一点ごちゅういですよー?」
「なんでしょう?」
「……女性スタッフへの過度の接触はご遠慮ください。セクハラで訴えられますよー?」
「いやさっきのはわざとじゃないしっ!?」
突き飛ばそうとしたら当たってしまっただけでわざとじゃないぞ? ほんとだよ?
「鈴里さん……」
「たろーくん?」
「タロウ…」
女性陣の目が、ちょっと冷たかった。
「……よし、行こうか」
耳の傷は治ったが、シャツが血だらけになっていたのでリュックから着替えを取り出してその場で着替える。
隊列を整えて再度準備を整え、気を取り直して出発することにする。これまでガイドとして先頭に立っていたシェイラさんは、お目付け役ですからー、とか言って一番後ろに居る。
なんかいきなりまた後ろから襲われそうで嫌な感じだったのだが、まさかこの階を案内しろとも言えない。
「真白さんたち、この階来たことあるんでしょう? 案内してもらえます?」
「ん、ニャア、お願いね?」
「わかったにゃ」
真白さんの声に、寧子さんとならんで先頭に立つニャアちゃんが頷いた。
そういやさっきの戦闘の時、ニャアちゃんの姿が見えなかったけど。何してたんだろうな。
「だいたいこの階は三分の一ほどマップ埋まってます。ボス部屋を探して、倒すのがクリア条件なんですけど、まだボス部屋は見つかってないんですよね……」
真白さんが、手書きらしいマップをこちらに突き出してくる。
「ふーん」
ざっと目を通す。ショートカットのシュートから落ちて来た、今いる小部屋を出てすぐのところが地下二階への階段になっているようだった。この辺りを中心として、今言ったようにだいたいマップの下三分の一、くらいが探索済みの範囲らしい。
「ありがちなとこだと、マップの中央とか、それかやや北よりかな」
未探索でボス部屋がありそうなところを指差して確認する。どうも真ん中あたりが怪しい。
「隠し扉でもあるのか、なんか中央に向かうルートっぽいのがまだみつかってないんですよね」
真白さんが口をとがらせて唸る。
書かれているマップを見ると、凹のような形になっているようだった。小部屋がいくつも集まっていくつかの大きなブロックを形成しつつ、全体としてはドーナツのように中央を囲んでいるっぽい。もっとも下三分の一ほどしか埋まってないので先に進むとまた違っているのかもしれないが。
「通路じゃなくて、小部屋と小部屋が直接つながってる感じなんだな」
「ええ、それで連戦する感じになっちゃって、あんまり奥まで行けてないんですよ」
真白さんがはぁ、と息を吐いて腕組みした。
この様子だと、部屋の扉を開けるたびにエンカウントする感じっぽい。
「とりあえず、反時計回りで東側いってみるにゃ? 前はこのへんに宝箱部屋があったにゃ!」
「……じゃ、そっちいってみようか」
ぐるりと見回して、全員の用意が整ったことを確認してから出発……しようとして扉の前で立ち止まった。
「どしたの、ニャアちゃん?」
先頭を歩いていたニャアちゃんが、ドアの前でしゃがみこんでいた。
「ドアひとつにも罠とかかかってることあるにゃ」
「内側からでも罠チェックしないといけなのか……」
それはまた厄介な。
「……ん、だいじょぶにゃ。でも、隣の部屋なんかいるっぽいので戦闘準備しとくにゃ」
ドアにお耳をくっつけて調べていたニャアちゃんが顔をあげた。
「寧子さん、ドアあけてもらえます?」
「まかせてたろーくん!」
ひゃっはー! と叫んで寧子さんが盾を抱えたまま足でドアを蹴り開けた。
とたんにカラカラ、シャリシャリと乾いた何かがこすり合わされるような音がした。
「……一階を思い出すな」
あの時はスケルトンだったか。
懐中電灯で照らすと、白い骨が宙に浮きながら組み合わさっていくところだった。
一階のアトラクションとは違って、ホネは錆びてボロボロではある一応武器と盾を持っている。一体ではなく、複数いるようだ。
「ガイド、確認するが、この階では魔法であの骨を燃やしてもかまわんのだろうな?」
シルヴィがシェイラさんに声をかける。
一階では止められたからな。
「はい、先ほど言いましたように普通に戦って結構ですよー? ただし、説明したように魔法は威力が減衰する場合がありますのでご注意くださいー」
「了解だ」
「来るにゃ!」
暗がりから、白いホネがカラカラと乾いた音をさせながら歩いてくる。見える範囲では五体か。
「こっちの部屋の安全確認はできてるから、おびき寄せてこっちでやろう」
「いや、任せておけタロウ」
俺の提案を無視するように、シルヴィとヴァルナさんが前に出た。
ディエを抱えたリーアも続いて前に出る。
「え、ちょっと」
『――♪♪♪』
リーアが衝撃波を連続で放ち、スケルトンの腰骨を砕いた。
「喰らえ」
動きがとまったところに、シルヴィとヴァルナさんが扉の向こうに向かって光弾を連続で飛ばす。
あっという間にスケルトンは灰になってしまった。
……中の人、大丈夫だろうな? 魂を分ける、みたいなこと言ってたけど。
「ようやく見せ場が出来たか。何分、まともに役立てなくて少々肩身の狭い思いをしていたが」
シルヴィが小さく笑って指輪をそっとなでた。ずいぶんと気に入ったようだった。
「ニャア、敵は?」
「カラカラ音はもうしないにゃ!」
真白さんの問いに、ニャアちゃんがしゃきんとしっぽを立てて答えた。
「じゃ、隣の部屋いくか」
念のため懐中電灯で照らしてみるが、見える範囲に敵の姿はないようだった。
「あ、コインとか落とさないのか? スケルトンって」
「あったよ、たろーくん」
先行して中に入った寧子さんが灰の中からコインを拾い上げた。
「おお」
こんな感じでちょっとづつ進んでいくか。
そう思いながら、俺も隣の部屋に入った。その瞬間。
ぼとり、と何かが頭上から落ちてきて俺の頭から肩にかけて垂れさがった。どろりとしてキモチワルイ。
「……鈴里さん?!」
真人くんが驚いた声を上げるのが聞こえた。
経験者は語る。
つまり、これ、スライムか。
幸い真人くんが埋もれたほどの大容量ではないらしく、いきなり窒息するようなことは無かったが。
「くっ!」
背中に流れたスライムが、腐食性の粘液で俺の背を焼きつつあった。
「引き剥がせるか?」
壁にこすりつけようとしたものの、ずるりずるりと俺のからだの表面を這い回って逃げ回る。
「くそ」
「タロウ、動くな! 今焼いて離してやる」
シルヴィが駆け寄ってくるがそれどころではない。
「そ、そんな所にもぐりこんでどうするんだっ! 野郎がぐちょぐちょに埋もれる需要なんかどこにもないだろうがっ!」
どろどろやねばねば、触手に襲われるのは美少女の仕事だろう!
混乱して変なことを叫んでしまった気がするが、後悔している暇もない。首筋や服の隙間からどろどろと流れ込んで、俺の地肌を焼き始めている。
そして。
それが。
痛く無いのがものすごく怖い。
むしろ、じんわりと。触れられた箇所が暖かく、ここちよい感覚に包まれる。
……これ、同化されかかってるんじゃねぇか?
「やべぇ」
『ふむ? 男に需要がないとか、そんなこともないのではないか。ニッチな需要という物はどこにでもあるものだぞ』
脳裏に怪しげな声が響いた。ソディアとは違う。
『しかも、お前はすでに他の同族に一度似たようなことはされているようだ』
すでに全身の感覚が無くなりつつある。
目を開けているのかどうかすらわからない。
この声は、俺と同化しつつあるスライムの声なのか? そうすると、すらちゃんのお仲間か。
すらちゃんに喰われかけたことなんてないんだがな。
あ、さっきわき腹あたりを焦がされたっけ。そのことか?
不意に全身を痛みが襲った。
「タロウ、無事かっ?」
目を開ける、とシルヴィが俺の顔をのぞきこむようにしていた。
どうやら、魔法か何かで俺ごとスライムを焼いたっぽい。
「う、ああ。すまない」
なんとか顔を上げて、目を見開いて、そうして俺は固まった。
「どうした?」
「天井」
見上げる俺の目の前で、天井いっぱいに広がるスライムがとろりと垂れてきた。