20、「迷宮最深部 たまには真面目に戦闘とかしてみる」
俺達のいる小部屋は、小部屋と言いはしたものの2ブロック×2ブロック、だいたい縦横12メートルくらいの広さの部屋だ。そこまで狭いわけでもなく、ちょっと大き目の会議室だとか、音楽室みたいな特別教室くらいの広さがあるわけなのだが。
それなりの広さがあるとはいえ、両手に身長を越えるような長さの大剣を持ち、なおかつそれをぐるぐると振り回してこられると、それは流石にちょっときついわけで。
「みんな離れろっ!」
こちらはシュートから降りてきたばかりで隊列もメチャクチャ、戦う準備が整うどころかいきなり襲われた衝撃にまだ戸惑いが隠せないでいる状態だった。それでも俺は大きな声を上げ、いきなり襲ってきた仮面の人物をにらみつけた。
「こふー」
回転しながら、こちらに近寄ってくる。
「寧子さんっ!」
「ひゃっはーっ! まかせといてたろーくんっ!」
盾を構えた寧子さんが前に出る。寧子さんなら、しばらく抑えられるだろう。
「真白さんたちは今のうちに体勢を! 後衛組みは援護を頼みます。リーアはディエつれて下がってっ!」
言いつつ俺も尻のポケットからスマホを取り出してナビを呼ぶ。
「ナビ、ドラゴン戦で作った魔法は……っ?」
問いかけながら、不意に寒気を感じて顔を上げると。
――俺以外の、すべての時間が止まっているような感覚に襲われた。
……いや、コマ送りのようにゆっくり進んでいるのか。
仮面の人物は両手に大きな剣を持ったまま、空中で逆立ちしていた。その振り回される巨大な剣先が、ひどくゆっくりとした速さで、俺の首をめがけて近付いてくる。
……あの距離を。一気に、飛び越えてきたってのかっ? 竹とんぼかよっ?!
受け止めようとしたら頭上を跳び越されてしまったのだろう。盾を構えたままの寧子さんが、あっけにとられた顔で、それでもこちらに向かってあわてて駆け出そうとしている。
真白さんは長剣を構えて振り下ろした格好のまま、唖然とした顔でこちらを見ていた。
真人くんは弾き飛ばされたのか、両手に短剣を持ったまま空中にいた。
――時間がほんのわずかに進む。
いきなり後列攻撃持ちとか。初心者には。きつい。
後ろにはかわせない。しゃがんでかわす? それとも武器で受ける?
しかし、身体が思考についていけない。瞬くようなわずかの時間で、身じろぎひとつできやしなかった。
――時間がほんのわずかに進む。
数メートル先にあるように見えていた大剣の先が、わずか数センチの距離にまで近付いていた。なんて速さだ。これは、もう、避けられない。暗い迷宮の中、わずかな明かりに反射して、大剣の刃がぎらぎらと妖しく光っているのが見えた。
……いや、これ、俺、死んだだろ。
身体がぴくりとも動かない。
頭だけは冷静に、首に迫る刃を見つめているというのに。身体が思考についていけてない。
いや、俺の手は無意識に腰に伸ばされようとしている。俺は、この状況でも、まだ、あきらめていない。
けれど、だけれど、絶望的に俺には経験と実力が足りていない。あれだけ剣を振り回しておきながら、咄嗟に剣を抜いて敵の攻撃を受けることすら間に合いそうに無い。
ちくしょう、悔しい。
俺に、もっと、力があれば!
”――よかろう仮の主よ。我が力、そなたに託そう”
ゆっくりと動く時の中で、破魔の剣ソディアの声だけが普通に響いた。
”いや、よい機会だ。仮とはいえ、主をみすみす見捨てるのも性に合わぬ。我も決心がついた。これからはそなたをマスターと呼ばせてもらおう。”
頭の中に、何かが流れ込んでくる。
「――」
無数の剣閃と光点が脳裏に浮かぶ。
これはいったい?
「こふー」
なぜか仮面の人物が、笑ったような気がした。
――そして時間が動き出す。
「――!」
迫る大剣と俺の首のほんのわずかの隙間に、銀に輝く長剣が割り込んで現れ、その軌道をわずかにそらす。風圧に脳を揺らされるが、俺の首はちゃんとついている。
突然現れた破魔の剣ソディアに弾かれ、仮面の人物はそのまま空中に飛び上がった。
「もう一度来るかっ?!」
『――♪』
まかせろとばかりに、空中の仮面にリーアの衝撃波が炸裂。空中で見えない衝撃を避けるのは流石に困難だったのか、続けて三度受けてさらに弾き飛ばされた仮面の人物は、回転を止めて壁にぺたりと貼り付いた。ヤモリみたいだ。いや、飛ぶからゴキブリかもしれん。
「こふー」
「喰らえ」
「どうだ」
息を吐く仮面に向かって、さらにヴァルナさんとシルヴィからの追撃の光弾が飛ぶ。
しかし仮面の人物がひと睨みするだけで、光弾は空中で弾かれるようにして掻き消えた。
「くそ、なんなんだよあれっ?!」
安全第一だの、なんだのその口で言っておきながら、いきなり俺の首はねようとしてくるとか、あのひとはっ!
……いや、これはこれまでの恨みを晴らす機会と思えばいいのか?
さんざんあのひとには罠にかけられたりしたからな。
スカウターのカーソルを壁に貼り付いた仮面の人物に合わせる。敵なら許可なんかとる必要ないよな。
名前 :ファナティック・タイフォーン
種族 :???
職業 :狂乱戦士
レベル :??
HP :???/???
MP :???/???
戦闘力 :???
力 :?
知恵 :?
信仰心 :?
生命力 :?
素早さ :?
運 :?
装備 :?
スキル :?
称号 :「迷宮の暗黒面に堕ちし者」
「仮面の女」
「月に狂うモノ」
コメント:迷宮の暗黒面におちた人間の、なれのはてなの。
じぶんいがいのうごくものすべてが攻撃たいしょうなの。
後列にいきなり攻撃してくることもあるのでちゅういなの。
ちなみにNMと呼ばれるたぐいのレアボスなの。
……いや迷宮の暗黒面ってなんだよ。迷宮ってもともと真っ暗じゃん。
……って、あれ? 名前が違う? シェイラさんじゃないのか? それにほとんどのステータスが「?」で埋め尽くされてるってどういうことだ。これまで表示がバグることはあっても、?で表示されることなんかなかったんだが。
強さを他人に推し測らせないなんらかの特殊能力でもあるんかな?
「――来るよっ!」
寧子さんの声に我に返ると、壁に貼り付いていた仮面の人が、粘着力を失ったかのように、ふらり、と落ちて来るくころだった。
ゴキブリ並みに飛んでくるからな。どこに攻撃してくるかわからんっ!
咄嗟にソディアを構える。
”よく敵を見よ”
ソディアの声に、脳裏にまたいくつもの剣閃と光点が浮かぶ。
いやまて、これは。ヤツの攻撃する可能性と、それに対応するためのポイントを表示したものなのか。
そのほとんどが、俺に向かっていた。
「また俺かっ?!」
「今度はちゃんと護るよっ!」
俺と仮面の人に間に割り込んできた寧子さんが、盾で受け、そのまま弾こうとする。
しかし。
「こふー」「こふー」
「分裂したっ?!」
寧子さんに片方の大剣を受け止められた瞬間、もう一方の大剣を持った仮面の人が分裂するように飛び上がって寧子さんの頭上を飛び越えた。ひとりを抑えて寧子さんは動けない。
『――♪♪』
リーアの衝撃波に対抗するように仮面の人の大剣が震える。衝撃を衝撃でカウンターしたらしい。
……こいつ。すっげー。
”やれるな、マスター?”
おうとも。
俺の眉間に向かって振り下ろされる仮面の人の大剣に向かって。
俺はソディアを握りしめてカウンター気味に下から切り上げた。
バターでも切るかのようにあっさりと大剣を切断し、ソディアはそのまま仮面の人に。
脳裏に浮かぶ光点はそのまま首を切れと示していたが、俺はわずかにずらして仮面を狙う。
ヤツが俺の首を狙ってきたからとはいえ、俺がヤツの首を狙う必要は無い。
……訓練だしな。ってゆーか、仮面の下見てみたいと思っただけかもしれないが。
”甘いな”
「(確かに甘いですねー)」
パキンと音を立てて仮面が割れた。しかしその素顔を見るまもなく、仮面の人は俺に抱きつくようにして囁いてきた。
「(迷宮へようこそ、新人勇者くん?)」
囁かれる熱い吐息。とたんに強烈な痛みが耳を襲った。
「……なっ?」
――耳朶を、食いちぎられた。
熱いものがだらだら首筋を伝って流れるのを感じながら、首に噛み付かれてはたまらない、と、咄嗟にに仮面の人を突き飛ばそうと両手を伸ばす。
その手がふにょんと柔らかいものに触れた。
「……」
くるんくるんと、空中を宙返りして、仮面の人が俺から離れた。そこへ、寧子さんが抑えていたもうひとりが合流する。再びひとつになった仮面の人は、一本になった大剣を片手でくるくるとまわして、ヘリコプターのように上昇する。
……そして、そのまま天井の向うへ消えた。
しばらくはまた襲い掛かってくる可能性を考えて、警戒していたが、どうやら逃げたらしい、と判断して剣を収めた。
「だいじょうぶ? たろーくん? 護れなくってごめんっ!」
寧子さんが謝ってくるが、あれはしょうがない。ゲームじゃないんだし、敵役が素直に盾役に殴りかかるわけじゃなし。なんか異様に俺に執着してた気もするけれど。
……なんか俺恨み買うようなことしたかな?
「傷を癒そう」
シルヴィが回復魔法を使って、俺の耳を治してくれた。
「いやー、お客さんたち、なかなかラッキーですねぇ」
一息ついたところに、どこかで聞いたような気の抜けた声がした。
「ファナちゃんはかなりのレアキャラなんですよー?」
「……シェイラさん、どの面さげてそんなこと言うんですか」
「何の話ですかー?」
「さっきのあれ、シェイラさんでしょ? 服同じだったし。仮面くらいでごまかせるわけ無いでしょうが!」
スカウターで調べた時に名前が違ったのはちょっと気になるか、あの囁き声といいどう考えたってあれはシェイラさんだろう。
「この服は、迷宮内スタッフの制服ですよー? あれ、案内所でリュナっちに聞いてないですかー? 迷宮内でお客様同士が勘違いで戦闘したりしないように、人型の敵役スタッフは全員この制服を着てるんですよー?」
「……本当ですか?」
非常に疑わしかった。