16、「レアアイテムをもらおう!」
「……はぁ」
俺が引いた色付きの金属板をじーっと眺めていたシェイラさんは、長い沈黙のあと深いため息を吐いた。
「まぁ、出てしまったものはしょうがありませんね……」
もう一度深いため息を吐いてから、シェイラさんが指輪を差し出してきた。
「これは三等の罠探知機です。周囲三メートル内の、トラップのトリガーを感知して宝石部分が点滅します。あくまでトリガーを感知するものですので、トラップ本体には特に反応しませんので悪しからずご了承くださいー」
……つまり、トラップが即時発動するタイプじゃなくて、少し先のほうとか全然別の場所のトラップ発動するものだったりすると意味が無いということか。微妙に使い勝手が悪そうな。
「それからこれが二等の帰還の指輪ですー」
言いながらシェイラさんが飾り気のない指輪を差し出してくる。受付でサクリュナさんにもらったものと同じだが、ちょっと色が違った。
「同じものを受付でもらったと思いますが、あちらがレンタルなのに対しこちらはお客様の所有物となりますのでー、何度使用されてもレンタル料金を請求されることがありません……。はぁ、これ持ってかれるのがウチとしては一番の痛手なんですよねぇー」
またシェイラさんがため息を吐く。
つまりこの迷宮の主な収入源は、指輪を使用することによるレンタル料、銀貨十枚だということか。確かに結構な額だしな。
「それから最後に、一等のマジックポーチです……」
シェイラさんが自分の腰に巻いていたポーチを外してこちらに差し出してきた。
「あれ、中古品なんですか?」
「製造法が失われてますから、新品なんてまず存在しませんよー……」
「……そうなんですか」
ってゆーか、賞品を私物化してたってことなのか? それとも元々用意してなくて仕方なく私物を賞品として差し出した、というところなのかもしれない。
なんにしても、どうやら元々は賞品を出す気がなかったのは確かっぽい。
「使い方はですね、まず道具を入れる場所を用意します。これは各自でご用意ください。今は当ダンジョンの倉庫につながっていますので解除しますねー」
シェイラさんがポーチのベルトの部分をなにやら操作する。
「単純な話、このポーチは設定した場所とポーチの口とをつなぐだけのシロモノです。冒険の際にかさ張るものや重いものなんかを持ち歩かなくて済む、夢のアイテムですねー」
「……亜空間とか魔法的ななんちゃらとか、そういうのじゃないんだ?」
まぁ、十分に使い勝手はよさそうだが。アイテムのおき場所は自分で用意しなきゃいかんのか。
「どっちかってゆーと、科学のアイテムですねぇー」
名残惜しそうにポーチを俺に手渡した後、シェイラさんはまた深いため息を吐いた。
それからきっ、と顔を上げてにやあ、と嫌な笑みを浮かべる。
「……さて、一等から五等まで全てそろえたお客様には、一等から五等までの賞品と引き換えにさらなるレアアイテムをご用意しておりますがー、どうなさいますぅ~?」
「ああ、それそれ。ずっと気になってたんだけど、いったいどんなアイテムと交換してくれるんですか?」
俺が問いかけると、真白さんも気になっていたのだろう、「私も気になりますっ!」と目を輝かせてシェイラさんに詰め寄った。
「……詳細はお教えできませんが、非常にレアなアイテムであることは保障しますよー。そして、非常にレアなアイテムであるだけに、二度と同じものが手に入ることは無いでしょうー」
シェイラさんはにやにや笑いのまま、人差し指を立てた。
「さて、どうなさいますかー、お客様。交換を選択した場合、キャンセルはできませんのでよくお考えくださいー。そして、これが重要なのですがー、このアイテム、使用者を選びますので、お客様が選ばれない場合もあることをあらかじめご了承くださいー」
……使用者を選ぶ?
その言葉に引っかかるものがあった。非常にレアで、使用者を選ぶアイテム。そういうのって、確かアーティファクトとかいうやつじゃなかったっけか?
ロアさんから聞いたような気がする。こっちの世界だとアーティファクトに選ばれた人間のことを勇者っていうとかなんとか。
正直いって、マジックポーチや帰還の指輪はちょっと惜しいが、アーティファクトってやつにも興味があるな。詳細を教えてくれないところもまた、気になってしょうがない。
「すずさと、さんっ! どんなアイテムか気になりますよね? 交換しちゃいましょうよ!」
真白さんが俺の袖をくいくいと引っ張る。
「うーん、気になるのは確かなんだが……」
シェイラさんのにやにや笑いが非常に気になる。あの人にはこれまで散々引っ掛けられたからなぁ。今度もまた、なにか含みがあるような気がしてしょうがない。
うむー。
腕組みして悩み始めた俺をみて、シェイラさんがちょっとだけにやにや笑いを引っ込めた。
「それじゃ、もうひとつ材料を。今お渡しした一等から五等の賞品は、一等のマジックポーチを除いて基本的に当迷宮でしか役に立たないものですがー、このレアアイテム、いつでもどこでもお役に立つこと請け合いですよー」
ふむ。これは、こちらを騙そうとしている顔のような気がするが……。
ええい、裏の裏だ。どうせ元手がかかっているものでもないし、騙されるならそれもまた良しっ!
「……では、交換をお願いします」
ここは運命を信じるとしよう。
俺は受け取った賞品をまとめてシェイラさんに突き出す。
「……キャンセルはききませんよー? ほんとにおっけーかなぁー?」
シェイラさんが、立てた人差し指を小さく左右に振りながら無表情に言う。
「お願いします」
うなずくと、シェイラさんがにやあ、と満面の笑みを浮かべた。
「じゃ、ちょっと待っててくださいねー」
奪いとるように賞品を俺の腕からかっさらい、シェイラさんが売店の裏側へと消えた。
……どんな、アイテムなんだろう。
思わずごくりと息をのむ。
「……どんなのなんでしょうね。もしかして、アーティファクトだったりしちゃうのかもしれなかったりするのかもなんて、えへへ楽しみですねぇ~」
真白さんがちょっと壊れ気味に興奮していた。
……なんか怖いので真人君を手招きして引き渡した。
「お待たせしましたー」
どうやら売店の裏がスタッフ用通路になっていたらしく、すぐに戻ってきたシェイラさんは大きな木製の箱を抱えていた。引越し用のダンボール箱くらいか。結構大きい。
広い面がどうやら観音開きになっているようで、件のレアアイテムはこの中に入っているのだろうと思われた。剣などの武器が入るにしては長さが足りない。とすると小型の盾か、あるいは武器以外のアーティファクトか?
「どうぞー。箱ごとお持ちください」
「おっと」
ほい、と軽く手渡された箱は、思ったより重かった。シェイラさん結構力持ちなんだな。
「鈴里さん、はやくっ! はやくっ!」
真白さんが興奮を抑えきれないように俺の袖を引く。四十回もクジ引くほど気になってたんだろうから、わからないでも無いけど流石にちょっと、この興奮具合が怖い。
「……じゃ、あけるぞ」
扉の面を上にして、箱を床に下ろす。取っ手に手をかけて一回深呼吸をする。
「おーぷんなのー」
「ひらけごまなのー」
ちみっこたちが両手と一緒に声を上げた。
「よし、と」
特に鍵のようなものは掛かっておらず、すんなり扉は開いた。
中には。
「……人形?」
それは、膝を抱えてまるくなった、小さな女の子の人形のように見えた。
小さいといっても年齢の話でなく、大きさの話だ。丸くなっているので正確な大きさはわからないが、四十センチくらいか。バービー人形とかGIジョーといった人形よりやや大きめ。低反発素材のクッションのようなものに埋もれるようにして箱に収まっていた。
やや幼く見えるが、見た目は十代半ば頃だろうか。黒く長い髪はゆるく三つ編みにされていて、左肩から前に垂らされている。その瞳は閉じられていて、眠っているように見える。ノースリーブのブラウスに、ゴシック調のミニスカート。細くすらりとした足には黒いニーソックスのようなものを身につけていて、アンティークというよりはアニメのフィギュアっぽい感じだった。
……人形のアーティファクト、なのだろうか。
「おー、さすがおにいちゃんなのー」
「またようじょげっとだぜーなのー」
ちみっこたちが声を上げる。
「いやいや、違うだろ」
とりあえずツッコミを入れておく。
「……人形、にしては、ずいぶんと良く出来てるのね?」
真白さんが箱の中をのぞいて、かわいい、と小さくつぶやいた。
「ほら、お客さん、いつまで眺めてるんですか~。とっとと起こしてあげたらどうですかー?」
シェイラさんがにやにや笑いで言う。
「……起こすって、これ、この子を?」
「後はだっこするなり、ぺろぺろするなり、ご自由にどうぞー」
いや、そんなこと言われても。
……しないぞ? いやぺろぺろとか、しないよ? めくったりもしないからな? 何をとは言わないが。
恐る恐る、つん、と人形のむき出しの肩に指で触れてみる。
「え」
触れた肌の感じが、人形の感触じゃなかった。
これ、もしかして生きて。
「……ん」
小さな女の子の、肩がぴくりと動いた。
「……」
そっと、その柔らかそうな頬をつついてみる。
「……うにゅ」
むずがるように小さな女の子は俺の指を振り払い。
それから、まぶたをこするようにしてから両手を伸ばし、ふわぁ、とあくびをしてから大きく伸びをした。
「……?」
ぱちくり、と瞬きをして、箱から身を起こす。
「……おはよー?」
その小さな体に似つかわしい、鈴が転がるようなかわいい声で。小さな女の子は小さく首を傾げて俺を見上げてきた。
「いや、もう昼過ぎだぞ……?」
条件反射的に答える。
「おー。じゃ、おひるごはんたべなきゃだねー」
えへへー、と小さな女の子はぽやんとした笑みを浮かべ、もう一度両手を伸ばして大きく伸びをした。それからふわり、と宙に浮き、くるん、と空中でとんぼ返りをすると、箱のふちに爪先立ちをして両手を左右に広げる。
すると、鈴が鳴るような音がして少女の背に光の翅が生えた。
翅から光の粉がぱらぱらとこぼれ、きらめく。
「……まさか、妖精?」
フェアリーなどといった妖精にしては大きい気もするが、その姿は御伽噺にでてくる妖精のようだった。
「どですかー、お客さん。気に入りましたかー?」
シェイラさんがにやにや笑いで、肘でつついて来る。
「妖精大陸にしか存在しない、ホンモノの妖精さんですよー? 激レアっしょー? いやー、いい交換しましたねー、お客さーん?」
「……妖精、いるんだ?」
思わず足元のちみっこどもを見る。
確か、前聞いたときにはルラレラ世界にはエルフとかドワーフとか手垢のついた有名どころの種族はいないみたいなこと言ってた気がするが。
……いや、別の町に行けば妖精さんげっとできるかも、みたいなことも言ってたよなそういえば。
「……存在するかしないかでいえば、存在するのー」
「でも、妖精はシステムのいちぶなの。種族じゃないの」
「よくわからんな」
それに、賞品とかってモノみたいにやりとりしていいものなんかな?
「……んむ?」
「うおっ」
気がついたら目の前に妖精さんが居てちょっとびっくりした。
「おにーさん、だあれ?」
妖精さんは目をつぶり、すんすんと鼻を鳴らして俺の周囲をかぎまわる。
「いいにおい!」
空中で両足をばたばたさせて、それからぎゅうと俺の顔に飛びついてきた。
「わたし、ディエンテッタ!」
「お、俺は鈴里太郎だ。よろしくな」
挨拶をすると、ディエンテッタは俺に肩車するようにして後頭部に回り、もそもそと俺の頭の上によじ登ってきた。
「す、すずさとさん! 写真とっていいですかっ!!」
真白さんがハァハァと荒い息を吐きながら、携帯電話のカメラをこちらに向けてきたのでうなずく。
「はいよー! しるばー! 」
俺の頭の上で妖精さんが、髪の毛をつかんで馬にでも乗るような声を上げた。
……ってあれ?
ハイヨー! シルバー! って元ネタなんか西部劇の映画かなんかじゃなかったっけ。
なんで異世界の妖精さんがそんなのを。
ちょっと首を傾げたところに、ちみっこたちが俺の服の裾を引いた。
「おにいちゃん、おにいちゃん」
「ちなみにその子は妖精じゃないのー」
「え」
頭上を見上げようとしたら、バランスを崩したディエンテッタが転がり落ちてきた。
あわてて受け止めて抱き上げると、どうやら目を回したらしく、こてん、ディエンテッタはと俺の胸に顔をうずめてうめき声を上げた。
「んみゅう……」
……見た目、まんま妖精なんだがな。
ってゆーか妖精じゃなかったらなんなんだこの子は?
妖精さん(偽)登場。ぐでで。Dになりました。
シャールが欲しい今日この頃。かわいいよね。