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週末は異世界で~俺的伝説の作り方~  作者: 三毛猫
第三話「迷宮で遊ぼう」
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15、「おみやげを買おう!」

 クジを引くためには、銀貨一枚以上の買い物をする必要がある。

 さて、何を買ったらいいものだろうか?

 俺は売店に並べられた商品をもう一度ぐるりと眺め回した。この後は真白さんたちと一緒にさらに地下二階の訓練施設を回るわけだから、冒険に役に立ちそうなものがよいだろうか。

 ふむ、と顎に手を当てて思案していると、不意に俺の背中に何かトンと軽い衝撃があり、振り返ろうとしたら右肩に小さな何かが乗ってきた。

「にゃんころもち、たべたいですにゃ!」

 ……猫?

 俺の背を蹴って、肩によじ登ったのだろう。一匹の黒い猫が俺の肩に乗って、耳元でそんなことを囁いてきたのだ。

「あ、ニャアちゃん、か」

 勇者候補生たちのところのねこみみちゃん、ニャアちゃんが黒猫の姿で俺の肩に乗っていたのだった。ニャアちゃんとはこれまで何度か会ったが、話をしたことはほとんどなく、また猫の姿に変身したのを直接見るのも初めてだったので少し面食らった。

 ……うちのみぃちゃんと違って完全な猫の姿になれるんだよな。ほんとにまんま猫だな。かわいい。最近みぃちゃんとどうにもすれ違いが多いのでだいぶねこみみ成分が不足してきていたところだから、ちょっと補充させてもらえるとありがたいな。

 肩に乗ったニャアちゃんを見ると、にゃあ、と小さく泣いてねこのおひげの生えた頬を俺の頬に摺り寄せてきた。うむ、かわいい。ちょっとじゃりじゃりするけど。

「にゃんころもち、たべたいですにゃ!」

 言いつつ、そのままざらざらした舌で俺の頬をぺろぺろなめてはまた頬を摺り寄せてくる。

「にゃんころもち、ねぇ」

 それらしき商品を探すと、笑ったような顔をした猫の、お饅頭のようなものがお土産品として売っているようだった。

「……あ、こら、ニャア! 鈴里さんに何してるの!」

 携帯をいじっていたらしい真白さんが、こちらに気がついたらしく怒ったような声を上げてニャアちゃんを俺の肩からつまみあげようとした。しかし、ニャアちゃんはするりとかわして俺の左肩の方に移ってしまう。

「ましろたちはにゃんころもち買ってくれないにゃ! だからたろうに買ってもらうのにゃ!」

「こら、鈴里さんにご迷惑でしょう! どきなさいったら」

 真白さんがニャアちゃんにつかみかかろうとして、ニャアちゃんはひょいとかわして俺の頭の上に。

「きゃ」

 勢いあまった真白さんが、背中から俺に抱きつくようにしてぶつかった。柔らかい感触にちょっとだけどきりとするが、あわてて弾かれて倒れそうになる真白さんの手を引っ張って倒れないように支えた。

「おっとと。だいじょぶか、真白さん?」

「……え、ええ。大丈夫です。すみません、鈴里さん」

 真白さんはぱっと俺から距離を取るように離れて、それから俺の頭の上で、にゃんにゃん鳴いているニャアちゃんをきっ、と見つめて「おりてきなさいっ!」と怒鳴った。

「いや、別にお饅頭くらい買ってあげるから、そんな怒らなくても」

 なだめるように声をかけると。真白さんはちょっと口をとがらせて息を吐いた。

「だって、あのお饅頭、ひと箱で銀貨一枚と銅貨三十枚もするんですよ?」

 ちょっと顔を赤くして真白さんが言う。

 えーっと、銀貨一枚と銅貨三十枚って、だいたい千三百円だよな。土産物でお饅頭とか買ったらだいたいそんなもんじゃないのかな。いや、前にりあちゃんに案内されていった酒場の定食が一食銅貨十枚くらいだったっけ。

 ……とすると意外に高いのか、にゃんころもち。

「クジを引くのであれば銅貨三十枚分も無駄な出費になるじゃない!」

 うがーと両手を上げて真白さんが叫んだ。

 ……そっちが主な理由ですかっ! それで真白さんがお饅頭買ってくれなかったから、ニャアちゃんが俺にねだってきたのか。

「おやおやー?」

 シェイラさんが首を斜めに傾けた。

「もしかして、一回の会計で銀貨一枚以上お買い上げでクジ一回と勘違いしてるかなー? あたしがさっき言ったように、お買い上げ銀貨一枚ごとに一回、クジ引いていいですよー?」

「……え?」

 真白さんが固まった。

「つまり、銀貨五枚分買えば、五回クジ引けるってこと?」

「そゆことです。ちまちま何回も会計されると手間なだけですよー」

 シェイラさんが、肩をすくめた。

「……真白さん、ちなみに何買ってクジ引いてたの?」

 聞いてみると、真白さんは黙って床に並べられた薬草の束を指差した。

「あれ、十束で銀貨一枚なんです……薬草なら、無駄にならないし」

「でもってクジがハズレてさらに薬草が増えた、と」

 それはまたなんとも、残念な感じですね……。




 サイフ代わりの皮袋の中身を確認する。シルヴィからは中身を確認しないまま受け取ってしまったが、ただ一晩添い寝をしただけにしてはもらいすぎな額だったように思う。

 入場料やらで大分使ってしまったが、後のことを考えてもまだあと銀貨十枚分くらいは売店で使ってしまってもよさそうだ。そうなると、何を買うか、だな。

「にゃん、にゃん、ころ、ころ、もっちもちにゃー♪」

 俺の頭の上でニャアちゃんがついに歌い始めてしまった。よだれが垂れてくる前に何とかしなければ。

「ルラレラは何か欲しいものあるか? お前らこれから案内所もどるんだし、何かおやつになるようなものでも買っとくか?」

「ん、その猫ちゃんとおなじお餅でいいのっ!」

「ひゃっはー! にゃんころもちなのー!」

 なんかテンションたけーな、ちみっこども。てゆーかそもそもどういうダンジョン名物なんだこの饅頭。

「寧子さんは何か欲しいものあります?」

「あたしは食べ物よりは記念に残るものが欲しいかなっ?! ちらっ。ちらっ」

 わざとらしい視線の先をたどると、指輪とかネックレスのような宝飾品が。マジックアイテムなのだろうかと思ったが、意外とリーズナブルなお値段。単なる安物の装飾品らしかった。

「他で足が出なければ、いいですよ」

「ひゃっふー!」

 なんだかんだでお世話になってることは確かだしな。

 りあちゃんはまだ目を覚まさないし、後で改めて考えるとして。

「リーアは何が欲しいものあるか?」

『首飾り』

 おおう。寧子さんと同じ方みてやがった。そういやリーアってもともと服は着てなかったけど、なんか装飾品みたいなのは身につけてたよな。

「ん、了解」

「あー、あたしの時には条件付でにんぎょちゃんの時には即答って、ちょっと差別だと思いますっ!!」

 寧子さんが叫んだがとりあえず聞き流すことにする。

 あとシルヴィは……。って、さっきから何やってるんだろうな。

 同じ冥族のヴァルナさんとなにやらやっているようだったが。

「……シルヴィは、何か欲しいものありますか?」

 声をかけたが返事が無い。ヴァルナさんに背を預け、ただぼーっと何も無い空中を見つめたままだ。目が開いているから寝ているわけではないようだが。

「あ、鈴里さん。シルヴィさんなら、今掲示板の方に」

 真白さんが携帯電話の画面をこちらに向ける。

「……は?」

 どうやったのか知らないが、シルヴィスティアという名前で掲示板に書き込みが行われていた。内容全てに目を通す余裕はなかったが、別人の悪戯という線は考えにくい。

「こらこら、シルヴィ! 掲示板に実名で書き込むとか、なにやってるの」

 思わず肩をゆすぶると、服越しではあっても少し精気を奪われたのか全身をだるさが襲った。

「……む?」

 シルヴィの目の焦点が合った。何度か瞬きをしてから、俺を見つめてくる。

「どうした、タロウ。今よいところであったのに」

「どうしたじゃなくて。どうやって掲示板に書き込んでるのかしらないけれど、ああいう匿名掲示板っていうところでは、名前とか本人がわかるようなことは書き込まないようにするもんなんだよ」

 まぁ、それ以前に俺もいろいろ写真とか貼っちゃってるわけではあるけれど。

「いやしかし、わたしの所ではああいった場所では名前や立場を詐称することの方がマナー違反であるのだが……」



 詳しい話を聞いてみると、ルラレラ世界の冥族には驚いたことに記名掲示板のようなものがあるらしい。ロアさんからセラ世界の冥族にはインターネット的な互いに情報をやりとりする通信網を構築する魔法があるとは聞いていたが、ルラレラ世界にもそんなものがあるとは知らなかった。もっとも、掲示板の名の通り基本的に文字だけでやりとりするものであるらしく、その意味でセラ世界のインターネット的な物と比べるとだいぶ限定的なものらしい。

「む? では、この名前欄の”既にその名前は使われています”というのは別に同名の人物ではないということか。……言われてみれば確かに」

 なにやら納得したようにうなずくと、シルヴィはまた宙を見つめてぼーっとしてしまった。

「……ああもう、シルヴィって意外とネット廃人の素質あるっぽいな」

 ため息を吐いて、しばらく放っておくことにした。釘を刺しておいたから、こちらのリアル情報がばれるような書き込みはもうしないと思うが、心配だ。

 ……シルヴィの分はいいか。指輪も宝箱から出てたしな。お饅頭でも食べてもらおう。

「あとは……」

 って。あれ。周りを見回す。

 すらちゃんはどこだ。

 今日は妙に黙ってたり、影が薄い感じだったけれど。

「……」

 ふと視線を感じて振り返ると、通路の壁に背を預けてすらちゃんがぽつんと体育座りしていた。

「……あ、私にはお構いなく」

 目が合うと、ぽつりとつぶやいてすらちゃんはほう、と息を吐いた。今日はときどき様子がおかしかったけれど、なんだかまともでない。ぽやん、とした顔でやや顔が赤い。熱でもあるのだろうか。

「すらちゃん、どこか具合悪い?」

「……いえ、むしろ良すぎて困っています」

「え」

「ダンジョンというところは、暗くて、ジメジメしていて、スライムにとっては大変過ごしやすい場所なんですよ」

 すらちゃんは、またほう、と息を吐いた。

「気を抜くと、野生にもどるといいますか、でろりととろけて通路にひろがってしまいたくなるので、困っています……」

「そうなんだ。どうする、ルラレラと一緒に案内所まで戻る?」

「……いえ」

 すらちゃんは、ふらふらと立ち上がると「ちょっとだけ席を外します」といってどこかへ行ってしまった。前もどこかにふらりと行っていたみたいだけれど、もしかしたら、どこかでちょっとだけスライムの姿に戻ったりするのかもしれなかった。




 真白さんたちにも何か要るものはないか聞いたりして、なんとか銀貨十枚分に収めて買い物をした。

「はい、じゃ、十回クジひいていいですよー」

 シェイラさんが中が見えないようになった、上部に丸い穴の空いた木の箱を俺に向かって突き出してきた。

 右手を箱の中に入れる。手に触れるのは何か名刺大の金属の板のようだった。表面はつるつるで、何も刻まれている様子は無い。

 えい、と一枚つかんで引っ張り出す。

 ただの鉄の板。何も刻まれていない。これは、ハズレってことなのかな。

「はい、残念賞の薬草ぷれぜんとー」

 にこにこと微笑んでシェイラさんが薬草を一束差し出してきた。

 鉄の板と引き換えに薬草を受けとる。

 うむう、そうそう当たるものではないだろうけれど、やっぱりハズレだと悔しい。

 というかシェイラさんのにこにこ顔がなんか腹立つ。

「あと九回ですよー」

 言われるままに、続けて四回引くも、やはりただの鉄の板。全部ハズレだった。

「やっぱり、あたらないですよねぇ……」

 隣で眺めていた真白さんがため息を吐いた。

「……あたらないですねぇ」

 俺もため息を吐く。実際俺はあまり運が良い方ではない。こういう福引の類でいいものが当たったためしがない。

「おにいちゃん、おにいちゃん」

「ちょっと、ちょっと」

 ちみっこどもが俺の服の裾を引いた。

「ん、どした?」

「おなべのフタまわすの」

「うんめいかえるの」

「鍋のフタ?」

 ちみっこどもにもらった、盾がわりのおなべのふた。防具はそのまま使っていいということだったので、今も持っている。

「それはかならずしもいいものがあたることを意味しないけど」

「それはからなずおにいちゃんの運命を改変することになるのー」

 ちみっこどもが、両手を上げた。

 ふむ。まあ、おまじないみたいなもんかな。

 回すと言われても何をどう回すのかわからなかったので、とりあえずおなべのフタの取っ手を握って、くるりと回してみる。

「……あと五回ですよー?」

「あー、もう。今引きますよっ!」

 無造作に箱に手を突っ込み、適当に引っ張り出した。

「いけね、二枚いっぺんに……」

 引っ張り出した二枚の板は、ただの鉄の板でなく色が付いていた。それも、両方とも。

「おや」

 シェイラさんが目を丸くして板を見つめる。

「……五等と、四等ですねー。オメデトウゴザイマス」

 突き出そうとしていた薬草の束を引っ込めて、売店のお姉さんに手招きして耳元でなにやら内緒話。

「……」

 シェイラさんの視線が痛い。

「ずる、してないですよねー?」

「いや、俺、当たりがどういうのかも知らないんですが」

 壁に書いてあるのは何等の商品が何、で何色が何等と書いてあるわけじゃないし。

 ……あれ、まてよ。引く人間にどれが当たりかわからなかったら、もしかしてお店側ってズルし放題じゃね? 本当は一等なのを五等とか言ったりもできるんじゃ?

「……」

 まだ疑わしそうにシェイラさんはこちらを睨んでいたが、ため息を吐いて小さな指輪を二つ差し出してきた。

「宝箱探知機と遭遇警報機ですよー。宝箱探知機は、一番近い宝箱に反応して光で指し示します。ただしあくまで宝箱に反応するものですから、中身が空っぽの場合もありますので悪しからずご了承くださいー。遭遇警報機は敵役のスタッフの接近に反応して警告音が鳴ります。もっともそのせいで敵役に発見されるのは確実でしょうけれどねー」

「……いやどっちも使えるような使えないような、微妙性能?」

 宝箱探知機の方はまだよしとして、遭遇警報機ってむしろ警報アラートの罠っぽいような?

「ぜいたくゆーな」

 真白さんに後ろから首を絞められた。

「ちょ、ちょっと落ち着いて、げほ」

「私が四十回も引いて当たらなかったのに、なんでそんなあっさり当たりを引いて文句いうんですか」

「……いやむしろそんだけ引いたから、俺が当たる確率あがったんじゃ?」

 引いた金属板は箱の中には戻していない。ということは、ハズレが減った分だけ当たる確率は上がっているはずだ。当たりが入っているならば、の話だが。

「残り三回ですよー」

 シェイラさんが不機嫌そうな顔で箱を振る。

「ま、真白さんいいかげん手を離して」

「くやしすぎるー!」

 流石に本気で俺を殺そうとしているわけではないだろうが、冗談でも首を絞められてがっくんがっくん揺さぶられると苦しい。

「あ」

 気がついたら今度は一気に三枚引っ張り出していた。

「……」

「……」

「……」

 三枚とも、色が付いていた。それも、先ほどとは違う色。

 ……ということは。

「……一等、二等、三等。オメデトウゴザイマス?」

 シェイラさんが引きつった笑みで言った。

 ぎぎぎ、とさび付いたブリキのロボットのように首を動かして売店のお姉さんのほうを見る。

「……今月は当たりはいってないはずですよねー? なんで出るんですかー!」

 赤字だー!と叫ぶシェイラさん。


 ……つか、当たりいれてないとか詐欺かよおい。

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