11、「迷宮第一層 え、どらごんって、こんなのだっけ?」
ダークゾーンを抜けた後も迷宮トラップ体験は続いた。
一見行き止まりに見えるが幻影で実は通り抜けられる壁。
一度入ると消えてしまう一方通行の扉。
床の一部を踏むと壁から矢が飛んでくるアロースリットの罠。
「吊り天井」に「両側から迫り来る壁」、それに迷宮のお約束「転がる大岩」、などなど。
矢は鏃がついていなかったし、天井や転がる大岩なんかも実は俺が何とか押さえられるような軽いものだったりしたのだが、いずれもシェイラさんによる巧妙な導入により見事に引っかかりまくった。
ちょっとだけ面白かったのはいわゆる「回転床」のトラップだ。一人で歩いてるならまだしも、パーティ全員がくるりと別方向に進行方向を変えられるなんてどんな罠だよ、とかゲームをやってるときには思ったものだった。しかしこの迷宮の「回転床」はその名の通り床が回転するわけではなく、耳に聞こえない音を高音域や低音域に乱高下させ平衡感覚を狂わせる仕掛けのようだった。
なんか気持ち悪いな、と吐き気を覚えたと思ったら、真っ直ぐ進んでいるつもりだったのにいつの間にか斜めに進んでいたらしく、壁にごつんと頭をぶつけたのでちょっとびっくりした。
もっともリーアが逆位相の音を発してすぐに打ち消したのでそれほど大したことにはならなかった。なんていうか、ダンジョンに入ってからリーアが便利すぎてちょっと怖い。なんで人魚がダンジョンで大活躍してんだろ……。
しっかし、俺、シェイラさんに罠にかけられてばっかで全然いいとこねーよな……。
ため息を吐いたところで、先頭を歩いていたシェイラさんがくるりとこちらを向いた。
「はーい、ここで迷宮トラップ体験は終わりですよー」
言いながらシェイラさんが横に抜けるドアを指差した。
まだ通路には先があるようだが、ここで終わりってどういうことだろう。
先のほうを見ると、ロープで道を塞いであって、「危険なのでこの先立ち入り禁止」と札がかかっていた。
「……危険なので禁止って、この先何があるんですか?」
気になったので聞いてみると。
「”いしのなかにいる”を体験したければ、自己責任でどうぞー」
シェイラさんはにっこり微笑んでそう言った。
当然俺は、首を横に振って大人しくトラップ通路から抜け出すことにした。
「……じゃっじゃーん。ついにやってきましたねー」
トラップ通路を抜けてしばらく行くと、非常に大きな扉が見えてきた。ほぼ通路の幅いっぱい。これまでの片側開きの木製の扉と違い、金属で出来た両開きの扉だった。表面には非常に細やかな装飾が施されていて、いかもにそれっぽい、この中には何かいるぞ、という感じの扉だ。扉の両側にランプが吊るされており、チラチラとした炎の明かりに照らされて、雰囲気がある。
「――♪」
リーアがマップを広げてくれたので、現在位置を確認するとやはり真ん中辺りにある一番大きな部屋の前のようだった。
つまり。
「この先、強敵がいるぞ、って感じかな……」
期待に胸を膨らませ、大きく深呼吸をする。
「む? 待て、ガイド。わたしが希望した謎かけはどこか?」
シルヴィが声を上げる。
「扉をよーくごらんくださーい」
シェイラさんが、にやにや顔で装飾の施された扉を指差す。
言われてよく見ると、両開きの扉の真ん中に大きな錠前がぶら下がっていた。そしてその側にはなにやら文字が刻まれたプレートがある。
「謎かけに正解するとこの扉が開いて、地下一階のボスとごたいめーんという感じなのですー」
ほほう。
ちみっこたちに頼んで懐中電灯でプレートを照らしてもらう。
「ふむ、どんな謎か……」
舌なめずりをするようにシルヴィが前に出て……そうしてプレートの文字を読んでなぜか硬直した。
「シルヴィ、どうかした?」
俺も前に出て、プレートを覗き込む。
「……んな」
それを見た俺も、思わずうめいてしまった。
これが、謎かけ、だと……?
ちみっこたちが、プレートを見上げてそこに書かれていた文字を元気良く読み上げた。
「パンはパンでもー」
「たべられないパンってなーんだ?」
当然ふたりとも答えを知っているのだろう。えへっ、とそろってこちらを向いて微笑む。
……謎かけっていうより、なぞなぞだよな。
俺は深くため息を吐いた。
「いや、しょうもないな。肩透かしくらった気分だ」
傍らのシルヴィに、肩をすくめようとして。
「……シルヴィ?」
シルヴィがものすごく真剣な表情でプレートを見つめ続けているのに気がついた。
「ふむぅ、喰えぬパンとな……。単純に考えればカビの生えたものであろうが、あれは喰えば腹を壊すものであって、必ずしも喰えんというわけではないしな……」
……どうやら、シルヴィは答えを知らないようだった。
それから十分ほど経った。シルヴィはまだプレートを見つめたまま唸っている。
「……ふむ」
腕組みをして、首を斜めにしながら小さくなにかつぶやいている。
そのシルヴィにシェイラさんが声をかけた。
「別に回答に回数制限があるわけじゃないのでー。おもいつくままにやってみてはー?」
「……ふむぅ」
シルヴィはあいまいに頷いて、また首を斜めにする。
答えを知っている俺としては、さっさとこの扉の中に入りたいところだが、シルヴィが望んだアトラクションだ。勝手に答えるというのも気が引けて、俺は黙ったまま側に立っていた。
「ひんといる?」
「おねえちゃん時間かかりすぎなのー」
「……むぅ」
ちみっこたちが、ちょっとだけ口をへの字にしてシルヴィを囲んだ。どうやらこいつらも早くドラゴンを見たいらしい。
……って、よく考えたらりあちゃんもドラゴンなんだよな? それらしい姿を見たことがないからついつい忘れがちなんだが。
ちらりと後ろの方をみると、壁際に寄りかかって、りあちゃんとすらちゃんは何やらお話中だった。小声なので何を話しているのかはわからないが、結構楽しげだ。
「えーっと、シルヴィスティアちゃんだったっけ。あと五分だけ待つよっ?」
ハンマーを肩に担いだ寧子さんは、どうやら待ちきれなくなったらしくタイムリミットを宣言した。
「……そなたらを待たせるのも本意ではない。すまぬ、子ら、ひんととやらをもらえるだろうか」
シルヴィがため息を吐いて言った。時間が許すなら、自分だけの力で答えたかったのだろうけれど。
「ひんとなのー」
「鉄でできてるのー」
ちみっこたちが両手を上げてシルヴィの周りを走り回る。
「……鉄だと? いや確かにそれなら食せぬのはわかるが、それはパンではなく作り物のパンであり、置物あるいはオブジェというべきものであって、本来食べ物であるはずのパンなのに食べられないという設問に対する答えとしては、甚だ不適当な答えではあるまいか」
シルヴィが眉をひそめる。どうやら鉄で出来たパンの形をした置物のようなものを想像してしまったらしい。
しかたない。俺もひとつヒントを出してやるとしよう。
「シルヴィ、よく考えて欲しい。今あなたの言葉の中にあったが、”そう思わせること”自体がこの謎かけの最大のひっかけだ。前提が間違っていると答えは永久に出ない」
「……なぬ?」
シルヴィが腕を組み直す。
「つまり、この文章中でいうパン、という言葉自体が引っ掛けで、そもそも食べ物のパンを差しているのではではない……初めから食べ物ではないものが答えだと言うのか」
なぞなぞって、理屈をこねくり回すひとほど答えられないものなんだよな。
「鉄で出来ている、食べ物ではないパン……もしや」
なにか思いついたのだろう、シルヴィがプレートに向かって手を伸ばした瞬間。
「はい、時間切れだよっ! 答えはフライパーンっ!!!」
「……な!」
寧子さんがプレートの回答欄に、備え付けのペンでカカッと答えを書き付けた。
ぴんぽん、と正解を示すチャイムのような音が響き、音も立てずに重そうない金属製の扉が開き始めた。
俺はだまって空気読めない寧子さんのあたまに拳骨を落とした。
「いたいよたろーくんっ!」
「……のどもとまで、もう少しで出てきていたのにっ!!」
シルヴィがすごい目つきで、寧子さんを睨んでいたので代わりに頭を下げた……。
扉の中は、とても広い空間になっていた。懐中電灯で照らしても端まで届かないくらいだが、その代わりに壁に等間隔でランプが据付けられていた。部屋の中ほどあたりに大きな二本の柱があり、その間に周りより一段高くなっている場所があった。そこには王様が座るような豪華な造りの椅子があり、そこに一人の男がどっしりと腰掛けていた。俺より年上だろうか。黒い鎧に身を包んだその男は不敵な笑みを浮かべていた。
……そして、その膝の上には少女を横抱きにしていた。
「はい、あーんして」
男の膝の上の少女が、腹の上に乗せたおそらく弁当箱のようなものから手にしたフォークで肉団子のようなものを突き刺し、男の口元に差し出していた。
「……え、えーっと、これどういう状況ですか?」
思わずリア充爆発しろ!と叫びたくなるような状況を目の前にして、俺は思わず引きつった声を上げてしまった。
椅子に座る男がドラゴンなのだろうか。ならばあの少女はなんだ。
……ってかダンジョンの中でなにバカップルやってやがんだこいつらはっ!
「はいはーい。ついに到着どらごんとあそぼうのコーナーっ!」
シェイラさんが気の抜けた声でぱんぱんと手を叩く。
「ここは史上最強のイキモノであるドラゴンと触れ合えるコーナーでーっす」
「……あれ、シェイラさん?」
シェイラさんの気の抜けた声にこちらに気がついたのか、玉座に座った男がきょとんとした顔でこちらを見つめて来る。それで膝の上の少女も気がついたのか、フォークを引っ込めてこちらを見つめてきた。
「あら? ちょっとシェイラ! 今お昼休憩の時間なんだけど? お客さん連れてこないでよ」
頬を膨らませて、少女が怒声を上げる。
「……おや、そうでしたっけ?」
悪びれずに、シェイラさんが胸元から丸い懐中時計を引っ張り出し、腰につけたカンテラの明かりで確認する。
……お昼? 今何時なんだろう。俺達は昼飯食ってからルラレラ世界に行って、それからセラ世界に来たわけで、ダンジョンをうろついてた時間もあるし、体感的にはもう十五時か十六時くらいな感じだったのだが。
ひょいと、シェイラさんの手元を覗き込むと、懐中時計は十二時三分ほどを指していた。
「もう、しょうがないな。もうちょっとだけお客さんに待ってもらって! ご飯済ませちゃうから」
少女は不機嫌そうに男の膝から降りて、手早く弁当箱の中身を自分の口に入れ始める。
時折、玉座の男にもフォークを差し出しているが、先ほどのような恋人っぽい甘い雰囲気ではなく、たんなる栄養補給といった風体だ。
「……えー、団体様なら受付で携帯食料をサービスでもらったと思いますがー。よろしければ今この場でお昼をどうぞー」
シェイラさんがそういって、腰につけたポーチから自分の分を取り出してもしゃもしゃと食べ始める。
ふむ。まだそんなに腹は減ってないんだが。携帯食料にはちょっと興味がある。
みんなしてその辺に腰をおろし、包みを開く。小麦粉にバターを練りこんで焼いたようなものと、干し肉のようなものだった。
砂糖は入ってないらしく、甘くないというよりバターの塩気でややしょっぱいクッキー。
干し肉はまんまビーフジャーキー的なもので、結構うまかった。ビールを飲みたくなる味だった。
「さ、待たせたわね! 何して遊ぶ?」
十分もしないうちに、玉座の少女が仁王立ちして元気な声を上げた。先ほどまで座っていた男は、その側に執事のように控えている。
「……あれ、あなたがドラゴン?」
「そうよっ! 我が名はミルトティア! 冒険者どもよっ! 恐れおののけっ! 崇め奉れっ!」
わははーと馬鹿笑いしながら玉座の上で腕組みして仁王立ちする少女。
ミルトティアと名乗った彼女は、りあちゃんと違ってこめかみに角は生えておらず、しっぽもない。はねも生えていないようだしどこからどうみてもただの人間の小娘だ。
これが、この世界のドラゴンだっていうのか?
態度だけは偉そうだけど。
「……あれが異世界の同族、なのか?」
りあちゃんが頬を引きつらせて、ため息を吐いた。
「んー、なぁに? あたしじゃ不満だってゆーわけ?」
ミルトティアが馬鹿笑いを止めて、りあちゃんを見つめた。
「いや、異世界の同族と手合わせを願いたかったのだが」
りあちゃんがもう一度ため息を吐く。
「……ふうん? よくわからないけど、バトりたいわけ? なら、ご期待にこたえちゃおうかなっ? ちゃんばらごっこであそびましょうか?」
ミルトティアが頭上に手を伸ばし、宙をつかんだ。
「ん?」
暗くてよく見えないが、何かワイヤーのようなものがぶら下がっていたらしい。引っ張られるようにして彼女の身体が宙に浮かぶ。その行く先を見上げて、思わず背筋が凍りついた。
「なっ?」
広い部屋だと思っていたが、天井もかなり高かったらしい。ランプは低い壁に鹿設置されておらず上の方は全然見通せていなかったのだが。
「なんだよ、あれっ?」
部屋の中央にあった二本の柱、と思っていたものは。
……巨大な竜の前足だった。
宙に浮かんだミルトティアが、赤く光る何かに吸い込まれた、と思った瞬間。
ぞっとするような恐ろしい気配が部屋を支配した。
「どらごんなのー?」
「ろぼっとなのー?」
見上げると、紅く目を光らせた巨大な竜の顔がこちらを見下ろしていた。
何か金属で出来た鎧のような、良く出来た工芸品のような。
しかし、その瞳には確かに意思があった。
「迷宮レアアイテム守護者。略してDRGよっ! 」
少女の声が、部屋に響き渡った。
――ってか有人式の機動兵器かよっ?!
どらごんってこんなのだっけ??
思わずりあちゃんの方を振り返ると、りあちゃんは全力で首を左右に振った。
どうやらりあちゃんはああいう機動兵器を呼び出して戦うようなどらごんではないらしかった。