9、「迷宮第一層 迷宮にはワナがいっぱい!」
「注意事項ですよー?」
気の抜けた顔で、あくびをしながらシェイラさんが言った。
「当レイルの迷宮はー、スタッフにより日々運営されていますのでー、お客様に勝手に入られたりすると困る場所があったり、開けられたりすると困る隠し扉なんかがあったりするわけですよー?」
シェイラさんは腕組みして、リーアをちょっと怖い目で見つめた。
「一般のお客様には気付かれないようにしてますし、見つかっても簡単に解除できるようにはなってませんどー、このマークを見つけたらスタッフ専用だと思ってくださいねー」
何かの模様が書かれた鉄の板をぴらぴらとみせびらかすようにして、シェイラさんが俺達をぐるりと見回した。
まぁ例えば従業員用のショートカット通路だとか、先ほどリーアがあけてしまった景品保管用の倉庫だとか、勝手に入られたり開けられたりしたらそれはまぁ、確かに困ったことになるだろう。
「すみません、以後気をつけます」
リーアの代わりに頭を下げる。
「まぁ、まさかガイド付きの初心者に見つけられて、しかも開けられちゃったのはこちらにとっても想定外でしたが。意外にやりますねー、キミたち」
『りーあ、すごい?』
「ええ、すごいですねぇー」
褒められて喜ぶリーアの頭をなでてやると、「――♪」と楽しげな声をあげた。
「ん、あいたのー!」
「うむ、こちらもようやく解けたわ」
リーアの騒ぎにも関わらず、レラとシルヴィはマイペースで宝箱を攻略していたらしい。ほとんど同時に二人とも箱開けに成功したらしく、レラはルラが手に入れたのと同じような、大きなドラゴンにぬいぐるみを抱きしめて頬ずりし、シルヴィは小箱をひっくり返して中から出てきた指輪を興味深そうに眺めていた。
「地下一階は娯楽施設という話だったが、なかなかどうしておもしろいものも出るのだな」
「なにかいいものですか、それ?」
尋ねると、シルヴィは指輪をこちらに投げてよこした。
「アーティファクトとはいわんが、それなりに価値のあるマジックアイテムだ。魔法の発動体としての機能と、聖印としての機能をかねておるようだ。また、念じると守護の魔法を使えるようだな」
「へー。結構イイモノっぽいですね」
発動体って魔法を使うのに必要な道具だったっけ。聖印ってのは神聖魔法を使うのに必要などうぐだな。指輪一個でどっちも使えるとか使い勝手がよさそうなアイテムだ。ちょとつついてみるが魔法の使えない俺には良し悪しがよくわからない。とりあえずシルヴィに返しておく。
「魔法使いのお姉さんやるねぇ……。まさかたったのチケット二枚でそれを持っていかれるとは思わなかったよ」
盗賊風の少年が、肩をすくめて小さな息を吐いた。
その少年を見つめてシェイラさんが余計な一言を言う。
「……ちなみに型遅れの在庫処分品だったりしてー。これで新しいのをダンマスに買ってもらえますね、エヴァちゃん」
エヴァというのは少年の名前だろうか。女の子みたいな名前だな。ダンマスって、ダンジョンマスターの略か?
「こらシェイラさん、余計なこといわないのっ!」
少年が、がーと両手を振り上げて怒る。
「ふむ……そういうことを言われると、取らせてもらったようで気分がよくないな」
シルヴィがちょっと唇をとがらせ、手のひらの上で指輪を弄んだ。
「いや、たまにはイイモノを出しておかないと渋いダンジョンだと思われるから、って少し甘くしておいたことは否定しないけどね。流石に金貨十枚はするものをチケット二枚で出す気はなかったし、お姉さんの実力だから誇っていいよ。おしいところで粘らせて、全員のチケット搾り取るつもりだったんだけどなぁ……」
エヴァと呼ばれた少年が苦笑しながらため息を吐く。
確か銀貨一枚でチケットが十枚綴りだから、チケット二枚だと二百円というところか。金貨十枚ってだいたい十万くらいだから……いや、それは確かに向こうが大損こいてるな。
……いや、これまでに同じような手口で搾り取ってきたのだとしたら、減価償却は済んでるとみたほうがいいのかもしれない。だとすると景品入れ替えのために放出しておいて、「あのダンジョンはこんなイイモノが出る」などとウワサにでもしてもらったほうが宣伝になるということか。
「これがダンジョンの経営学ってやつか……むぅ、奥が深い」
思わずつぶやいてしまう。
「ふむ……なるほどな」
シルヴィも俺がふと考え付くレベルのことは思い当たったらしく、ひとつ頷いたあと指輪を自分の指にはめた。
「素直に喜んでおくとしようか」
にやりと笑って、指輪を見つめるシルヴィ。じつは結構気に入っていたらしい。
「……ところで、ダンジョンの宝箱って、中身は誰が入れてるんですか?」
なんとはなしに聞いてみると、エヴァ少年とシェイラさんが不思議そうに首を傾げた。
「うちの話なら、定期的にスタッフが中身は補充してるけど。えーっと、気がつけば即時入れるけど、通常は朝十時のオープン前と、お昼の十五時過ぎの二回かな」
シェイラさんが手帳を広げて言った。
「そうそう、だからダンジョン潜るなら朝一か、昼過ぎに行くのが鉄則だね」
エヴァ少年が続けて言いながらうなずく。
「いえ、こういう営利目的のダンジョンならそれは迷宮側で用意してるっていうのはわかるんですが、その、大昔の魔術師が造ったころというか、まだ攻略されてないようなダンジョンとかって、宝箱どうなってるのかなっておもっただけなんですが」
あれだよな。こういうダンジョンには宝箱とか付き物だけれど、いったいああいうのって誰が何のためによういしてるものなんだろうなって常々疑問に思っていたんだよ。
「あー、そゆこと? 普通のダンジョンは一回開けられたらそれはダンジョンマスターが補充しない限りは基本的にはからっぽだねぇ」
シェイラさんが腕組みしてにやりと笑う。
「知ってるかなーキミたち。今の世界には、三つ有名なダンジョンがあるの」
ふるふると首を横に振って答えると、シェイラさんは指を一本立てた。
「お客さんたちは”黄昏のかけら”の方からきたんだっけ? だったらアナイの塔と永劫の夢幻迷宮あたりはもう知ってるかな。どちらも”黄昏のかけら”では有名なダンジョンらしいし」
そろってふるふると首を横に振る。俺達この世界に来るのは初めてだしな。
「アナイの塔っていうのは、何人かの神様が共同でつくったらしいよ。頂上まで登り切れたら神様になれるんだってさ。神様が造って管理してただけあって、宝箱にアーティファクトとか入ってることあるみたいだよ」
「おー」
「永劫の夢幻迷宮は、もともとがマジックアイテムを作り出す工房が迷宮化したものらしくってね、迷宮そのものがマジックアイテムを創って配置してるってウワサ」
「ほほー」
「ここ”宵闇のかけら”で有名なのは、とある魔術師が作り上げた、自己進化・自己再生・自己増殖の三大理論をもとにしたダンジョンでね。メンテナンスフリーで永久に楽しめるダンジョンをという目的だったらしいんだけど暴走しちゃってねー。自己増殖で自動で階層拡張されるわ、自己進化でいつの間にか既存の階層も作り変わっちゃうわ、ぶっ壊そうにも自己再生でなんどでも復活するわで。創った本人は”究極の迷宮”って言ってたんだけど、あまりの性質の悪さについたあだ名が”悪魔の迷宮”ってやつで。創られてから三千年以上経っても未だ完全に攻略されてない未だに拡張され続けているまさに悪魔のような迷宮! 冒険者なら一度は潜ってみたいね! 命の保障はないけれどっ!」
「まさか……アルティメット細胞とやらで無限に……いやなんでもないデス」
どこのデビルガンダムですかっと。
しかし聞いた感じだといろんなダンジョンがあるもんだな。いずれはそういうちゃんとしたところにも潜ってみたいものだ。
「さて……そろそろ次の迷宮トラップ体験にいこっか?」
シェイラさんに促されて、うなずく。ちみっこたちも満足したようだし、みんなもう宝箱に挑戦するつもりないようだ。
「またきてくれるとうれしいな」
手を振るエヴァ少年に見送られて、俺達は宝箱の部屋を後にした。
「えー、迷宮トラップ体験に関してちょっと先におしらせしておくことがあるよー」
先頭をあるくシェイラさんが、くるりと振り向いて言った。
「この先のアトラクションはー、体験するのにはチケットは不要ですがー、罠にはまって抜け出せなくなった場合にチケットを消費することで指輪による転移を行わなくてもぬけられるようになっていますー」
「……シェイラさんがまた罠にはめたりするんじゃないでしょうね?」
じろりと睨みつけてやると、にひ、とシェイラさんはイヤな笑みを浮かべた。
「んー? 最初のおとしあなはサービスだからきにしないでいいよー?」
「誰がそんなことを言ってるかっ!」
「あははー。まぁ、地下一階のは娯楽施設だからね、あんま凶悪なのはないから楽しんでねー。というわけで。この扉を開けるとー、この先が迷宮トラップ体験になっておりまーす」
シェイラさんが扉を指差し、にこりと微笑む。
「かっくごはいーいっかなー?」
「……望む所だっ!」
扉を蹴破ると冒険者っぽいとか言ってたよな。
ごくりと唾をのみこむ。
「せーの」
せいや、と扉をぶちやぶるようにして肩から飛び込むと。
……当然のように落とし穴が開いていた。
「……まぁよくあることだよね?」
幸い落とし穴に落ちたのは飛び込んだ俺だけだったので、チケットを失ったのは俺だけで済んだ。しかし、シェイラさんはいたるところに罠をしかけてくるな。うかつに乗るとまた痛い目に会いかねない。
「わーぷたいけん、まだなのー?」
ルラが期待の眼差しで先頭を歩くシェイラさんを見つめると、くるりと振り返ったシェイラさんがにやーと笑った。
「……あらー、まだ気がついてなかったんですねぇー。じつはもう、このブロックを通るのは五回目だったりするんですよ?」
「な?」
そういや落とし穴落ちてからとくに何も無くずいぶん長い一本道だと思っていたら。既にワープゾーンによる無限回廊に囚われていたっていうのか。
ゲームなどだと一瞬画面がちらついたりして、「あ、ワープしたな」ってわかるんだけど、周りは暗いし壁の模様なんかもはっきり見えはしないし、何より黒神ネラさんに転移魔法で飛ばされたときのような浮遊感だとかも一切感じていない。これが、本物のワープゾーンか。確かにこんなに気がつきにくいものなら、うまく配置すればあっさり道に迷わせることができる。
……二十かける二十のはずなのに、マッピングするとはみ出したりするのは大概この罠のせいだ。
「んー、もっとわかりやすく体験してみます?」
シェイラさんが壁を触ると、不意に俺の足元に黒い穴が。
「……また落とし穴かよっ!!」
しかし今度の落とし穴は、いつまで経っても浮遊感が続いていた。
「って」
あれ、今一瞬目の前にシェイラさんがいたような。
「……お?」
また、シェイラさんのカンテラが。
落ち続ける俺の目に、何秒かごとにシェイラさんと彼女が腰につけているカンテラの灯りが目に入るってことは。
「……これって、縦にワープゾーンつなげてやがんのか! エヴァーフォールかよっ?!」
まて、重力加速度とかで、落ち続けるとどんどんスピード増すんじゃなかったか?
やべぇ、このままだとペシャンコになるっ?
「おにぃ」
「ちゃーん」
「すっごい」
「はやさなのー」
通り過ぎるごとに、ちみっこどもの声がきれぎれに聞こえてくる。
やばいやばい。下手に壁とかに触れても大怪我しそうだ。どうしよう?
――っと。不意にほおを切る風がやや収まった。
「……大丈夫か、タロウ。すまんな、タイミングがなかなか合わずに遅れた」
シルヴィの声がした。下の方に、シェイラさんのカンテラの灯りが見える。
どうやら俺は、ゆっくりと天井から降りてきているようだった。
「ああ、シルヴィが何か魔法かけてくれたんだな」
最初の落とし穴の時、何か浮遊の魔法っぽいもので浮いていたが、あれを俺にかけてくれたのだろう。
ゆっくり降りる俺の手を、りあちゃんが引っ張ってくれた。
「無事か、勇者タロウ殿」
「ああ、ありがとう」
固い床に足をついて、その感触に安堵して腰が砕ける。
どこまでも落ち続ける感触。あれが無重力というやつだろうか。
しかし。
「……シェイラさん?」
睨み付けると、しれっと横を向いて口笛なんぞを吹き始めた。
「どう、ワープゾーンはたのしめた?」
「おかげさまで」
俺はにっこり笑ってりあちゃんに目配せ。
無言でリアちゃんがしっぽでシェイラさんの足を払う。
「あひゃ」
武器をつかわなければ、非殺傷の呪いはかかるまい。
エヴァーフォールで落下し続けるシェイラさんを眺めて、俺はちょっとだけすっきりした。
毎度毎度遅れましたと書くのもあれですが、ほんと書くスピードが落ちてます。なのに話の展開はだらだらってゆーこの悪循環。地下一階とかせいぜい二回分で終わらせるハズだったのに。