5、「だんじょんのあるきかた」
迷宮探検のルール説明回。
冒険者カード作るのにはお金が必要だった。
「――申し訳ありませんが、料金は前払いでお願いしますね」
記入した用紙を回収したサクリュナさんは、俺達の人数を数えながら、
「訓練コースが六名様、お一人あたり銀貨八枚、娯楽コースが四名様、お一人様銀貨三枚、あわせて銀貨六十枚になります」
と指折り数えてにこやかに微笑んだ。
以前、当地の通貨を持っていないのに買い物しようとして慌てた俺は、二度同じ失敗はしなかった。前もって、神殿の黒神ネラさんにお願いして、シルヴィからもらったルラレラ世界の通貨をこちらの通貨と両替してもらっていたのだ。
まぁ、鋳潰せば同じような価値だしねぇ、とネラさんが何か含みありげに笑っていたのがちょっと気になったが、まぁ神さまに文句を言うのも馬鹿らしいので素直に言い値で交換したのだが。その交換レートと、ルラレラ世界の物価から俺の世界の価値に変換してみると、銀貨六十枚というのは大体六万円くらいになる。人数が多いからそんなものかと思わないでもないが、入場料として取るには一人頭六千円というのは結構高い気がする。訓練費用と思えば逆に安いのだろうか。
いやまてよ。
「あ、ちょっと待ってください。フィラちゃんとティラちゃんは今日は中に入らないんだよな? 娯楽コースが二名減るから……銀貨五十四枚でいいですよね?」
「ああ、はい。ソウデスネ」
サクリュナさんが小さくうなずいて俺の渡した銀貨を受け取り、数え始めた。
なんか、ち、騙されなかったかーと舌打ちが聞こえた気がしたのは気のせいだと思う。
「……はい、確かに」
サクリュナさんは銀貨を数え終わると、袋に詰めて引き出しに入れた。それからかわりにまっさらな鉄のプレートを何枚も出してテーブルの上に並べた。
「それじゃ順番にいきますね」
サクリュナさんが記入用紙を見ながら、指でぺろりとプレートをなでるようにすると、表面に文字が刻まれた。
ずいぶんお手軽にやっているが魔法なのだろうか。
「はい、まずはルラ様とレラ様ですね」
サクリュナさんが文字を刻んだプレートと、それから何か小さな紙が綴られたものをルラレラに手渡す。
「鎖は別に費用がかかりますが、ただの紐でよければサービスしますよ」
プレートの左肩には穴が開いていて、紐や鎖を通して首から下げるように出来るようだ。
「鎖つけてほしいのー」
「ぴかぴかのがいいのー」
ちみっこどもがキラキラと期待の眼差しで見つめて来たので、全員分の鎖の代金を追加でサクリュナさんに支払った。
「……ところでこの紙の綴りはなんですか?」
「ああ、これは地下一階でご利用いただける十枚綴りのチケットになります。アトラクションをご利用の際に係りの物にお渡しください。必要であれば銀貨一枚で別途追加購入も出来ますので。ああ、訓練コースも初回の方には料金に含まれていますのでお渡ししますよ」
手早くプレートに文字を刻みながら、サクリュナさんが俺にもプレートとチケットの綴りを差し出してきた。ぱらぱらとめくってみる。よく遊園地の類であるようなシステムらしい。アトラクションごとに必要な枚数を渡す感じなのだろう。
……地下一階は娯楽要素が強めと言う話だったが、ほんとに遊園地感覚なんだな。
「はい、あと訓練コースの方にはこちらもお渡しします」
「……コイン? これお金じゃないんですよね?」
渡されたのは小さなコインが一枚だった。石のような、鉄のような不思議な肌触りの物質で出来ている。
「迷宮探索には賭博要素があるというお話は講義の際にお話しましたよね。迷宮ではこのコインが様々なことにご利用いただけます。最終的にこちらの窓口で現金に交換できますので、頑張ってたくさんのコインを集めてくださいね。ちなみにコイン一枚が銀貨一枚と同じ額です」
「……なるほど」
パチンコみたいな感じなのか? きっと魔物がコインを落とすとか、宝箱の中にコインが入っているとか、そういう感じなのだろう。
「迷宮内ではコインは様々な入手方法が御座います。それこそ道端に落ちていたり、宝箱に入っていたり。当然モンスターが落とす場合もあります。また迷宮内でのご利用法も様々です。例えば迷宮内のどこかには魔法の武器を扱うお店もあります。このお店では通常の通貨は使用できず、コインでのみやりとりが可能です。また戦闘で負けてしまった場合にペナルティとしてコイン支払いを要求される場合もありますね」
ふむ、単純にもらえるだけじゃなくて当然減らされる要素もあるわけだ。
「それともうひとつ、こちらをどうぞ」
「……指輪?」
渡されたものは、特に飾りも何も無いシンプルな指輪だった。
「こちらの指輪は、迷宮内からこの案内所までの転移装置となります。この指輪を装備した状態で、案内所まで戻りたいと念じると魔法が発動いたします。対象範囲は装備者本人のみとなります。罠にはまってにっちもさっちもいかなくなった、道に迷ってどうしようもなくなった、強いモンスターにぼこぼこにされてもうおうちに帰りたいなどといった場合や、今日はこのくらいでいいやと稼ぎを確定する場合にご利用ください。なお指輪はレンタル装備になりますので、精算の際には必ずご返却をお願いしますね。それと、レンタル料金は指輪を使用した場合にのみお支払いいただきますので使用されない場合には特に料金は発生いたしません」
「……ちなみにいくらかかるんですか?」
「コインもしくは銀貨を十枚です。ちなみに地下二階への階段、地下三階への階段付近には無料でご利用いただけるワープポイントもご用意してありますので、あわせてご利用ください」
なるほど、ずいぶん探索者側に有利そうなシステムだと思っていたが、こういう集金方法があるわけか。つまり指輪を使って出てくるためにはある程度コインを稼ぐ必要があるわけだな。
話をしながらでもサクリュナさんはどんどん手を動かして行き、いつのまにか全員分の冒険者カードが出来上がっていた。
「次回以降は、この冒険者カードをご提示いただけますと、入場料のみでお入りいただけます。娯楽コースの場合は銀貨一枚。チケットは別途十枚綴りが銀貨一枚となっております。訓練コースの場合は入場料として銀貨五枚、コインは別途冒険者レベルに応じて銀貨と両替いたします」
「冒険者レベル?」
「当迷宮でのみ有効な称号です。レベル2に上げるにはコイン二枚、といったように次のレベルと同じだけのコインを収めていただけると、冒険者カードのレベルを上げて差し上げます」
言われて渡された自分のカードを見ると、確かに冒険者レベル1と書かれている。
「このレベルを上げていただきますと、最初に持ち込めるコインの数が増えますので冒険が楽になりますよ」
にこにこ微笑むサクリュナさん。コインを稼ぐためにはコインが必要って、それはどうなんだろう。単純にお金でレベルを上げさせないというところがゲームっぽくはあるが。
戦って負けるとペナルティでコインを取られるという話だったし、早いうちにある程度はレベルを上げないとまともに探索できそうにない気は確かにする。最初はレベル上げを目的とした短期の探索がよいのだろうか。
「……ええと、全員冒険者カードとその他お渡しするものは全て受け取られましたでしょうか?」
サクリュナさんはぐるりと見回してひとつうなずくと、「こちらは団体のお客様向けのサービスです」と携帯食料らしきものを一人一個づつ渡してくれた。
「最後は、武器を選びましょうね」
「武器なら自前のがありますけれど?」
腰に下げたソディアを持ち上げて見せると、サクリュナさんは小さく首を横に振った。
「地下三階の賭博コースには武器の持ち込みが可能ですが、地下一階と二階はこちらで用意した武器を使用していただきます。当迷宮は基本的には訓練施設ですので、大きなケガ等しないようにこちらで用意した木製の物をご利用してください。あ、防具は持ち込み自由ですのでそのままで結構ですよ」
木製か。俺のひのきのぼう、とかはダメなんだろうか。
「このひのきのぼうとかはダメなんですか?」
リュックに仕舞いこんでいたひのきのぼうを引っ張り出してサクリュナさんに見せると、サクリュナさんの目の色が変わった。
「……ちょ、ちょっと見せて、いただけますでしょうか」
おそるおそる、といった風に俺からひのきの棒を受け取ると、サクリュナさんはうっとりとした表情でそっとひのきの棒をなでて、「ここの木目とか、いい仕事してますねぇ……」となんだかよだれをたらしそうな顔でぶつぶつつぶやき始めた。
「あの……?」
「これは、とてもいいものですね……」
ひのきの棒に頬ずりするサクリュナさん。
「それがわかるとはなかなかやるのー」
「おねえさん、マニアなのー」
ちみっこどもがなんだかうなずいているが、あれお前らが作ったんだろ?
「えーっと」
「ハァハァ、なんだかちょっと興奮してきちゃいました!」
「……いや、落ち着けこら」
「はぅん」
思わずひのきの棒を取り上げると、すごく残念そうな顔でサクリュナさんが泣いた。
「で、このひのきの棒は持ち込んでもいいのか?」
「……残念ながら、持込不可なのです。こちらで用意します木製の武器には全て非殺傷の呪いがかけてありまして、安全に戦闘できるようになっているのです。そうでない武器の持ち込みはお断りしているのです」
「……なるほど」
「ですが! そのすばらしいひのきの棒に匹敵する業物があります! ぜひお使いください」
ぱたぱたと奥に駆け込んでいったサクリュナさんが、一本の赤い木の棒を持ってすぐさま戻ってきた。
「炎と溶岩を操るという伝説の赤熱の巨人が使っていたとされる、火乃鬼の棒です!」
「……赤いだけのひのきの棒じゃないか」
「火の、鬼の、棒、と書きます!」
「むむむ」
「おねえさん、なかなかいいものを持っているの」
なぜかちみっこどもがやたらと感心して、ほう、とため息をついて赤いひのきの棒を眺めている。
巨人が使っていたって言う割には小さいし、巨人なのに鬼ってなんだ。オーガとかか?
結局押し切られて、俺がその火乃鬼の棒を使うことになり、りあちゃんは木製の剣、すらちゃんは弓を借りた。弓は元々木製な気もするが、非殺傷の呪いとやらがかかっているからきっと大丈夫なのだろう。
リーアは『なにもいらない』と武器を持たなかった。確か川で音を使って魚を取っていたし、武器とか使えないのだろう。シルヴィも同様に「武器はいらん」と手ぶらだった。腕に覚えがあると言っていたが、格闘術なのだろうか。それとも魔法か?
ルラとレラは娯楽コースなので、丸めた新聞紙のような、紙で出来た剣と盾をもらったようだ。さっそく二人してちゃんばらを始めている。
寧子さんは「やっぱ剣でしょっ! 剣だよねっ!」ってなんかテンション高めに騒いだくせに、なぜか十六トンと書かれた木製のハンマーを持って「ひかりになれーっ!」とかぶんぶん振り回していた。意外と力もちなんだな。
「さて、初回かつ団体のお客様ですので、今回は案内人をつけさせていただきますね。シェイラさーん、お仕事ですよー」
全員が武器を選び終わると、サクリュナさんが奥に向かって声をかけた。
すると奥の部屋から、人間の少女があくびをしながらのてのてと毛布を引きずりながら這い出てきた。どうやら奥で寝ていたらしい。ひょろりと背が高いが、身体にあまり肉はついていない。ぼさぼさの髪を適当に紐でまとめただけのだらしない格好だ。
「ふわぁ~あ。ねむい」
とろんとした目でこちらを見ると、「ういー」と片手を上げた。どうやら挨拶のつもりらしかった。
「……ん、じゃ、いこか?」
もう一度あくびをして、シェイラさんは毛布をまるめて奥に放り投げた。
しかし、シェイラ、さんだったか。これまでの経験上、~ラという名前の人は大概女神様だったりしたんだが。この人もしかして神さまだったりするのだろうか。
「……もしかして、神さまだったりします?」
「んー? あんたら、”黄昏のかけら”からのお客さんかなー」
シェイラさんは首を九十度横に傾けて、にかっ、と笑った。
「そういうの、たまに言われるんだけどー、あたしは別にふつうの人間だよー?」
そう言って、シェイラさんは着衣の乱れを直して、ぱんと自分の頬を両手で叩いた。
「おし、起きたよー。お仕事するよー。ついといでー」
「では皆様、楽しい迷宮を!」
サクリュナさんに見送られて、俺達は案内所を後にした。
――さあ、楽しい迷宮探索のはじまりだ!
わたしに睡眠時間をください……。たぶん後からいっぱい修正しそうです。