3、「そうだ、異世界にいこう」
翌朝。
平日よりやや遅めの時間に目を覚ますと、双子の幼女は俺の両腕を枕にしてくぅくぅとちいさな寝息を立てていた。
夢じゃなかったんだな。
ふたりを起さないように、そっと両腕をひっこぬいて起き上がる。
……うん、腕がしびれてまともにうごかねー。
ぐるぐる腕をまわしてみたりして、びりびりするのをなんとか我慢して顔を洗い、トースターにパンを二つセットする。厚めのパンだから、ちみっこどもは半切れづつでよかろう。
他人が訪れることをまったく想定していない寂しいひとり暮らしのため、皿はおろかコップすら自分用のコーヒーカップがひとつあるだけだ。
ちみっこどもの生活用品も用意せにゃならんのかなー。
紙カップと紙皿は確かいくつかあったよな。
冷蔵庫からレタスを取り出して、葉を何枚か毟ってじゃばじゃば流水で洗う。適当にちぎって紙皿に乗せれば見栄えは悪いが不確定名サラダ?の出来上がりだ。
紙コップに牛乳を人数分用意したところで、レラが起き出してきた。双子で顔がそっくりなのに、振る舞いが微妙に異なるので割と簡単に見分けがつく。
「……おにいちゃん、おはよ」
ちいさくあくびをしながらぽてぽて歩いてきて、ぽすんと俺のわき腹に頬をあてる。
奇妙な和服は皺になるといけないので、昨晩は俺のシャツを着せて寝かせた。だから今日のレラは和服幼女ではなく、だぼだぼシャツの幼女だ。
「おはよう、レラ。顔洗っておいで」
頭を軽くなでてやると、「ん」とちいさくうなずいて、ユニットバスのドアを開けて中へ入った。パシャパシャと水の流れる音と、それからしばらくしてジャーと流れる音。どうやらトイレも済ませたようだ。
……いや耳澄まして聞いてる場合かよ。
焼きあがったパンをトースターから取り出して、一枚を包丁で半分に切り紙皿に乗せる。
ちょうど出てきたレラが、にやにやしながら「おにぃちゃんの、へんた~い。きいてたでしょう?」とか言いやがったのでごまかすように軽くでこぴんしてテーブルに着くように促す。
冷蔵庫からバターのパックを取り出してテーブルに置く。テーブルの上に置きっぱなしのジャムの瓶のフタを開けると、中身はほとんど入っていなかった。
むぅ、バターはあるけどジャムがなかったな。
まあいい。朝メシの支度も出来たし、そろそろルラも起こすか。
レラと同じように俺のシャツを着たルラは、まだベッドの上でくぅくぅと小さな寝息を立てていた。こっちも洋風幼女じゃなくて、だぼシャツ幼女だ。
「まだ寝かせといてもよかったんだけどな。今日は色々やらなきゃいけないことがあるし、起きてくれないか?」
ちいさく肩をゆするとルラはうっすらと目を開けて……再びつむってしまった。
どうやらルラの方はあまり寝起きが良くないらしい。
「おきないと~、わたしがルラの分もたべちゃうわよ~?」
「……ごあん、たべう」
流石は姉妹。レラがひとこと言ったとたんにルラはもぞもぞと起き出して、ふらふらと顔を洗いに行った。
そういや聞いてなかったがどっちが姉でどっちが妹なんだろな? レラの方がしっかり者っぽいし姉なのだろうか。
いただきますも言わずに既にトーストをもふもふ頬張っていたレラに尋ねると、「どちらも姉であり、妹でもあるわ」というよくわからない答えが返って来た。
相変わらずこいつらは中二っぽい。
メシを喰いながらというのもあまり行儀が良くない気がしたが、俺は昨晩なぁなぁになって聞きそびれたいくつかを双子に尋ねた。
――お前達が異世界を創ったってどういうことだ?
レラ曰く、文字通りよ、とのこと。意味分からん。
深く追求してもにやにやするばかりでまともな答えが返ってこなかったのであきらめることにする。おそらくはちみっこどもの空想した世界を母親が仮想世界のモデルにした、というところなのではないだろうかと想像する。
――異世界ってどんなとこだ?
ルラ曰く、基本的には剣と魔法のファンタジー世界みたいなとこ、だそうだ。
レラが補足して言うには、普通にそこらをモンスターが徘徊してるようなとこらしい。
ただし魔族だとか魔王みたいな敵対勢力はいないのだとか。
いや魔王いないのに勇者になれってなにすりゃいいんだ?
――勇者になれって、俺なにすればいいんだ?
ルラ曰く、ゆーしゃのでんせつをつくってほしい、とのこと。
レラが補足して言うには、俺の異世界での行動をモデルケースとして、宣伝等に利用したいとのこと。またどれだけ世界が良くできているかの評価にも使われるのだとか。
かっこいい冒険してね、とルラにキラキラとした期待の眼差しで見つめられてしまった。
――ゲームシステムとか、世界の概要とかは?
レラ曰く、異世界に行った人間が知識ゼロの状態からどういう行動をするのか、というのもテストのひとつらしい。だから、おにいちゃんの思うようにこうどうするといいわ、だと。
チュ-トリアルとか取り扱い説明書が一切なしとか。まあいいが。
――何か事前に用意するものはあるか?
レラ曰く、こちらの世界から物を持っていけるらしい。これまでに開示した情報から必要と思われるものを自分でよういしてね、とのこと。
必要経費で落とせるんだろうか。とりあえずデジカメと双眼鏡、方位磁針とか何か役に立ちそうなものを詰め込んでいくことにしようと思う。
……いやしかし、仮想世界に物を持ち込めるってどういうことなんだ??
一通り聞き終わったところで、みんな食べ終わったので片付けることにする。
「……あ、そういや聞き忘れてたが、異世界ってどうやって行くんだ?」
紙皿を重ねてゴミ袋に放り込みながら聞く。
最近の小説やアニメなどでよくあるタイプの仮想現実に潜るための機械といえば、ヘッドギアみたいなものが多い気がするが、そんな機械はもらっていない。
「ん、でんしゃでいくの」
「今日から連休でしょ? さっそくいっちゃう?」
電車で行く……?
いや昔見た小説だとなんか全身をすっぽり覆うベッド型のカプセルに入るタイプの装置とかもあったよな。むしろ昔はそっちのが主流だった気がする。技術的にはそっちの方がありえそうな気がするし、「電車で行く」とはつまり、そういう装置のある場所まで電車で行くということなのだろうと解釈した。
「……よくわからんが、とりあえず一度行ってみるか。どのくらいで行って帰ってこられるものなんだ?」
「そうね……。ここからだと移動だけで往復二時間くらいかしら? 今くらいの時間なら、二、三時間向こうで過ごしたとして、十分夕ご飯に間に合うとくらいだとおもうわ」
レラが小さく首をかしげながら答えた。
結構時間かかるんだな。
「んじゃ、お試しってことでとりあえず一時間くらいその異世界に行ってみて、帰りに街で色々買って帰ろうか」
とりあえずどんな所か一回見に行って、必要そうなものを揃えてこよう。
それに、ちみっこどもの生活用品も買ってこなきゃならんな。
「わーい、おかいもの!」
「うふふ、おかいもの!」
ちみっこくても女の子であるらしく、やっぱり買い物が好きらしい。はしゃぐ双子の頭を、まあおちつけと、なでてやる。
それから俺もラフな格好に着替え、和服幼女に着替えたレラと洋風幼女に着替えたルラの手を引いて、俺は最寄の駅までぶらぶらと足を伸ばした。
駅前のATMでちょっとまとまった額を引き出し、レラに言われるままとりあえず都心に向かう電車に乗る。休日昼前の電車はかなり空いていて、すぐに三人並んで座ることができた。
「おにいちゃん、おきてー」
心地よい電車の揺れに、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
ルラに肩を揺すられて目を覚ますと、レラが「次の駅でおりるわ」と言った。
あくびをしながらルラとレラの手を引いて、何も考えずに、ぐあーっと開いたドアから駅のホームに降り立つと。
「……ん? ここは」
周りをコンクリートで囲まれた、地下鉄のような駅。
ぐるりと見回すと、”ここではない、いつかどこか”という駅名を示すプレート。
「なんだ、ここってお前らと会った駅じゃないか?」
「そうだよ~?」
「そうよ?」
双子がちょっと口をとがらせた。
「ほんとはきのうのあさ、ここから行くはずだったのにー」
「ほんとはきのうのうちにいくはずだったのにー」
「なんで電話通じちゃうかな」
「なんで電車きちゃうかな」
「ここにくるのはわたしたちといっしょじゃなきゃだめだし」
「ここから出るのもわたしたちといっしょじゃなきゃだめなんだけど」
「おにいちゃん、話きいてくれないし」
「おにいちゃん、ひとりで出ていっちゃったし」
「ねー?」
「ねー?」
顔を見合わせてちみっこどもが、ぷんぷん、と頭から湯気が立つ様子を両手で表す。
「……あー、それはすまなかったな?」
ごまかすように幼女ふたりの頭をなでると、ふたりとも俺の腕にぎゅうとしがみついた。
「きょうはかえさないの」
「きょうはにがさないわ」
にっこり笑ってレラが続けた。
「さ、いきましょうおにいちゃん。わたしたちのセカイへ……」
ぐいぐいと両手を双子に引っ張られて、駅の構内を何度も階段を上がったり降りたりして、改札をぬけた。SUICAはどうやら普通に使えるようで安心した。
「こっちこっち」
「はやくはやく」
急かされるように、引っ張られるように、どこを歩いたものやら。誰もいない地下通路をずっと歩いていくと、通路の突き当たりに突然その扉は現れた。
「……三毛猫の実験室?」
木製のプレートに毛筆ででかでかと書れた謎の施設名。
「ここ、なのか?」
意を決して軽くノックをするが、中からは特に反応が無かった。
ドアノブに手をかけようとしたら、俺の手が触れる前にがちゃりと音がしてドアが内側に向かって開いた。誰かが向こう側から開けたのかと思ったが、向こう側には誰もいなかった。
自動ドア……なのか?
薄暗い部屋の奥には、天井からの小さな明かりに照らされてカプセルベッドのような装置が設置されていた。俺が想像していたような、全身を覆うタイプのフルダイブ装置らしい。
「はいってはいって」
「ごーごー」
双子に背中を押されるようにして部屋に入ると、先ほどまではまるで人の気配などなかったのに、その装置の脇に誰かが立っているのに気がついた。
……今、いきなり何も無い所から現れたように見えたが。
いや、天井からのスポットライトのせいでかえって光の当たらないところが見えにくくなっていた。影からいきなりライトの当たるところに出てきたから何も無い所から現れたように見えたに違いない。
「どーもー、双子ちゃんのママ、三池寧子で~す」
てへぺろ~とでも言いたげな軽い口調で、白衣を着た若い女がにやにや笑みを浮かべてこちらを見つめて言った。髪の色は黒く、ふちなしの丸いメガネをかけたその女は、どうみても日本人だった。
娘二人が銀髪紅目だというのに、親がもろ日本人の黒目黒髪とか。
……血がつながってないのか? それとも旦那が外国人なのか?
「やあやあ、すずさっとたろー君。ようこそ、あたしの実験室へ!」
レラを思わせるにやにや笑いで、名乗ってもない俺の名を呼んで、三池寧子は不敵に腕を組んで仁王立ちしていた。
……非常に、嫌な予感がした。