1、「寄り道」
「……ダンジョン、ですか?」
少しだけ期待を膨らませて問いかけると、真白さんはにやり、といった感じに微笑んだ。
その微笑が、あなたもそういうの好きでしょう?と言っているようで、期待を見透かされたように感じられてちょっと恥ずかしい。
「ええ、ダンジョンですよ。古式ゆかしい、地下迷宮です」
「その口ぶりだと、既に真白さんたちは潜ったんですか?」
「……ちょっとだけ、だけどね」
真白さんは、ふふ、と小さく声を上げて笑った。
「なんていうか、すごく冒険心が刺激される所だった!」
「ほほう」
それは非常に興味深い。
「正確には訓練施設であって、本当の意味でのダンジョンとはちょっと違うんですけど」
「訓練、施設?」
「ええ。誰にも踏破されていない、本当のダンジョンというのもあるみたいだけれど、そういう場所に潜るための訓練施設なの。既に探索されつくしたダンジョンを再利用したものらしいくてね、階層はそうでもないんだけれど、かなり本格的なダンジョンなの」
真白さんが、うっとりとした眼差しで虚空を見つめる。端からみると、ちょっと危ない人にしか見えないがその気持ちは俺にもよくわかる。
「真白さん、そのダンジョンって……」
「もちろん暗いわ!」
「……ということは」
「もちろんじめじめしているわ!」
「おお!」
思わず拳を握ってしまう。たまに異世界モノで見かけるような、妙に明るくてゲームっぽいダンジョンではなく、まさに本格!なダンジョンであるようだ。
……いや本格もなにもダンジョンなんて一度も見たことないわけではあるが。
「(ひそひそ)……おにいちゃんたちの会話がいみふめいなのー」
「(ひそひそ)くらくてじめじめしてるのが好きなんて、なめくじみたいなのー」
両脇のちみっこどもが口元に手を当ててひそひそと囁くが、真ん中に居る俺には筒抜けである。
「いや、お前ら、暗くってじめじめと湿っていて、さらにきっと深くって広いんだぞ?」
「……聞きようによっては、セクハラなのー」
「せまくてきゅうくつなほうがきっといいとおもうのー」
「いや、やっぱダンジョンは複雑な罠とか謎かけとかあってこそだろ? ただ一本道の天然の洞窟じゃつまらんしな。きっとモンスターとか徘徊してるんだぞ? 罠とかお宝とか、あるんだぞ? おまえらわくわくしないのか?」
力説する俺に、ちみっこどもはやれやれといった感じで肩をすくめた。
「むぅ、ダンジョンのよさがわからんとは……。いやまて、ってことはもしかして」
「おにいちゃんの期待するようなだんじょんは、わたしとわたしのセカイにはそんざいしない
と思うのー」
「遺跡のたぐいはあるとおもうけど、きっとおにいちゃんが思ってるようなものじゃないのー」
「ぐは」
なんてこったい。ダンジョン探索なんて冒険の花だろうに。ルラレラ世界ではそれが叶わないとは……。
「あら、じゃあ、ちょうどよかったのかしら?」
真白さんが腕組みして、ぐるりとこちらのメンバーを見回した。
「うちのフィラやティラを迷宮につれてくわけにも行かないから、私と真人とニャアとヴァルナさんの四人で潜ったんだけど、やっぱりもう少しメンバーが欲しいかなって」
「まぁ確かに、迷宮探検っていったら六人パーティが基本ですよね」
前衛三人、後衛三人のパーティが、だいたいこういうダンジョン探索モノにおいては一般的だろうと思う。確かに四人ではきつかったに違いない。真白さんも真人くんも何か武道とかやってるようには見えないし、戦力になるのは実質二人だろうし。
「ええ、なので、鈴里さんと、みぃちゃんさんと、ロアさんと、まおちゃんさんとすらちゃんりあちゃん、あわせて十人で、挑戦したいなと思っていたんですけど……」
真白さんがもういちどこちらの面々を見回して、「どうかしら?」と微笑んだ。
「……んー、悪いけど。あたしとみぃちゃんはパスね」
ロアさんがちょっと口の端を歪ませて、少し不機嫌そうな顔で言った。
「あたしらは、まだそっちに戻る気はないのよ」
「……戻る??」
真白さんが、きょとんとした顔でロアさんを見たあと、じっと俺を見つめてきた。
……あれ、説明してなかったっけ?
思い返してみるが、ロアさん達とは異世界で知り合った、としか言ってなかった気がする。
「ああ、詳しい説明はしてなかったかもですね。ロアさんとみぃちゃんって、もともとは真白さんたちが今冒険している、セラ世界の人間なんですよ。何か目的があって今はルラレラ世界を訪れているみたいです」
「……ふぅん」
真白さんは、ちょっとだけロアさんを見つめて何かを言いかけ、それからまた俺を見つめて首を斜めにした。
「鈴里さんが知らなさそうなのに、私が理由を聞くのも筋違いですね。ロアさん、みぃちゃんさん、ごめんなさい」
真白さんが小さく頭を下げた。ロアさんは別に、という風に小さく微笑み返した。
「……と、まおちゃんさんも都合が悪いわけで。りあちゃんやすらちゃんもいない、となると、リーアちゃんを加えてちょうど六人、なのかな」
「んー、リーアはまだ歩くのがそれほど得意じゃないし。俺はあんまり戦力にならないですし、どうしましょう、一度ルラレラ世界に行って、りあちゃん達誘ってきます?」
すらちゃんはわからないけれど、りあちゃんは前衛としてかなり頼りになりそうだ。
「まおちゃんさんのお仲間なんでしょう? 勝手に連れ出して大丈夫?」
「本人が嫌がれば、連れてきませんよ? まおちゃんにも連絡はしますし」
でも、すらちゃんはわからないけれど、りあちゃんはついて来てくれそうな気がする。
「……そう? ならお願いしちゃおうかな」
真白さんが、そう言って隣のフィラを見た。フィラは小さくうなずいて、ポシェットから名刺のようなカードを一枚取り出した。
「このあいだワールドパスを発行したけれど、時間と場所も指定しておきましょう。これを使って来てください。お昼を食べたら、私達は先に行っていますから」
「うん、了解した。俺たちは一度ロアさんたちと向こうに行ってから、そちらへ向かいますね」
その後、近況報告やただの雑談をしながら昼食をすまし、俺たちはそれぞれ別れて異世界へ向かった。
「……ロアさんたちは、今回どうするんですか?」
行きの電車の中で問いかけると、ロアさんは「んー」と小さく唸ってからひらひらと手を振った。
「やろうと思えばあたし達単独でも世界を行き来できるんだけどね、正規の手順がある以上あんまり無茶もしたくないし」
ちらりとちみっこたちを見て、ロアさんが息を吐いた。
「タローたちと時間のズレが出るのはあんまり歓迎しないんだけど、今回あたしたちは向うに残るわ。だから、今回向こうに行ったら、無理にあたしらを迎えに来る必要とかないわよ?」
「ということは、俺の認識だと次の週末、ロアさんたちの認識では翌日にルラレラ世界で合流する、ということでいいんですね?」
向うの翌日に訪れるようにすれば、ロアさんたちの認識では一日、ということになるはずだ。
「うん、それでいいよ。あ、あとソディアも持っていったままでいいよ。彼女は向こうにあたしらほど拘りはないはずだから」
「わかりました」
ロアさんがポーチから破魔の剣ソディアを引っ張りだしてきたので受け取る。
「たろー……」
「ん、どうしたのみぃちゃん」
最近妙に黙っていることが多かったみぃちゃんが、急に話しかけてきたのでちょっとだけ驚きながらみぃちゃんを見ると。みぃちゃんはすごく真面目な顔で、何も言わずにただじっと俺の顔を見つめて来た。
「みぃ、ちゃん? どしたの」
再度問いかけるも、みぃちゃんは黙ったままだった。
「……っ」
少しだけ口を開きかけて、それから首を左右にに振った。その頭を、ロアさんがそっとなでて。
「タロー、そのうちみぃちゃんが話すと思う。その時になったら、ちゃんと聞いてあげてね」
ロアさんはそう言って、みぃちゃんを抱きしめるようにして頭をなで続けた。
「……はい」
よくわからなかったが、みぃちゃんは俺に何か話したいことがあって、でもまた踏ん切りがつかない状態であるらしかった。それはロアさんやみぃちゃんがルラレラ世界を訪れた理由であるのかもしれなかったし、まったく違う別のことであるのかもしれなかったが、俺は特に深く考えずにうなずいた。
……何か、あったのかな?
街に着いたあと、ロアさん達と別行動をしたあたりからみぃちゃんの様子が少しおかしかったように思う。しかし、今はまだ話せないというのならば、話す気になったときにそれがどんなことであろうと真摯に聞いてあげるべきだと思った。
「いらっしゃい、勇者様方。お客様がお待ちですよ」
神殿の入り口前に開いたドアから足を踏み出すと、俺たちをが来るのを待ち構えていたのかのように闇神メラさんが目の前で静かに佇んでいた。
「お客ですか? 俺たちこの街ではそんな知り合いとかまだ居ないんですが……」
誰だろうと俺が首を傾げると、メラさんは「ウソはいけませんね」と小さく微笑んだ。
「……メラ様の言うとおりだな。まさか、一夜をともにした相手を知らぬと言い張りはせぬだろうな、タロウ?」
神殿の入り口から、黒いローブを身に纏った小柄な人影がこちらに向かって歩いて来ていた。
その後ろにはすらちゃんとりあちゃんの姿も見える。
「一夜をともにって……」
まさか、冥族の。
「ふん」
ローブ姿の人物が目深に被ったフードを持ち上げると、銀色の髪がさらりとフードの内側から流れ出した。その黄金の双眸が俺を見据えてきらりときらめく。
以前見たときは月明かりの下であることを差し引いても、重い病に侵されているとしか思えなかったその青白い肌は、陽の光の下では透き通るように美しく見えた。
「犬っころに問い合わせたら神殿の関係者だというのでな、こちらで待たせてもらったのだが……」
冥族の少女は小さく鼻をならして、懐から小さな皮袋を取り出した。
「まずは依頼の報酬だ、受け取れ」
「え」
「何を戸惑うことがある? 貴様はわたしの求めた方法ではないが、立派に依頼をこなしたのだ。報酬を受け取らずに姿を消すのは、わたしが報酬を踏み倒したようで気分が悪いのでやめよ」
少女は皮袋を俺に向かって突き出し、強い瞳で見つめてきた。
思わず気圧されて素直に受け取ってしまう。
「え、あ。いえ。別にそんなつもりでは」
手のひらの上に落とされた皮袋の重みを感じながら、混乱した思考で何を言えばいいのか思いつかず、ただ元気そうなその姿に安堵を感じて息を吐いた。
「……でも、あなたがお元気そうでよかったです」
「シルヴィスティア・サークリングス。あの時名乗らなかった、わたしの名前だ」
シルヴィスティア、と名乗った少女は俺から一歩はなれて、一度金色の瞳を閉じた。
「このサークリングスの街の領主をやっている」
言われてはじめて、この東の街の名前すら知らなかったことに気がついた。
「この名を名乗ると態度が変わる輩が多いのでな。あの時名乗らなかったことをわびさせて欲しい。すまなかった」
「いえ、別に」
「タロウ、貴様にはわたしをシルヴィと呼ぶことを許す」
それはそう呼べってことですか。
「ありがとうございます、シルヴィ様」
「様は不要だ。わたしも貴様に様などつけぬ。勇者であろうともな」
ふん、と鼻を鳴らしてシルヴィが髪をかき上げた。さらさらと流れる銀の髪が、陽の光を受けて輝く。
それにちょっとだけ見惚れていると、ためらいがちなロアさんの声がして我に返った。
「……タロー、雰囲気だしてるとこ悪いけど、そろそろいい?」
「あ、ごめんなさい。ロアさん」
どうやら何も言わずに別行動をするのがためらわれて、ちょっと俺とシルヴィの会話が落ちつくのを待っていたらしい。
「む、いや、わたしはそちらにも用があるので少し待たれよ」
シルヴィがロアさんを呼び止めた。
「え、あたし?」
ロアさんが自身を指差して首をかしげると、シルヴィは小さくうなずいた。
「先日わたしの屋敷を訪ねてきた、異邦人であろう。そなたらが話してくれたヴァラ族の通信魔法とやらに興味があってな。いろいろ調べた結果、わたしの一族だけでなくおそらくはこの世界の冥族そのものが持っていない魔法であるらしい。もしや、それは異世界の魔法であるのか?」
シルヴィの瞳が輝いている。勇者候補生のところにいたヴァルナさんもだったけれど、冥族というのは知的好奇心が旺盛な種族なのだろうか。
「もしそのような魔法があれば非常に有用であろうという結論になってだな、可能であればこの世界にもたらしたいと思うのだが。何か伝はないだろうかと」
「……」
ロアさんが無言で俺を見つめてきた。
これはつまり、そういうことですか。
「……シルヴィ、今日時間はありますか?」
――そういうわけで、一時的ではあるが冥族の少女が俺のパーティに加わることになったのだった。
次はダンジョンのチュートリアル?