ぷろろーぐ
第三話開始ですっ!
月が変わった。
早いもので、俺が異世界を冒険するようになってからもう三週間ほどになる。週末になるごとに異世界を訪れ、色んな冒険をしてきたわけだが……いや、本当に冒険をしてきただろうか?
ちょっと首を捻って思い出してみる。
異世界に行った。
ねこみみさんをげっとした。
ゲロイムと戦った。が手も足も出なかった。
にんぎょをげっとした。
酒場の依頼を受けた。が、ちゃんと完了はできなかった。
なんだかこうして挙げて見ると、俺はまだ全然冒険らしい冒険をしていないのではないだろうか? もっとこう、悪いゴブリンをばったばったとなぎ倒す、だとかダンジョンを探索してすっげーお宝でうはうはするとか、そういったもっと冒険らしい冒険をしてみたいものだなと思う。
ろくに剣も振れないくせに活躍したいだなんて、それはただの贅沢なのだろうか。しかし、こんな情けない冒険じゃ、ちみっこどもを満足させるような伝説の勇者になんてとてもなれそうにない。
――俺は深くため息を吐いた。
そんな金曜日の夜。女勇者候補生こと、雪風真白さんからメールが届いた。
情報交換のために月一回くらいオフ会をしないか、といった内容で、明日の土曜日、前回訪れたファミレスで会わないかといった内容だった。さらには、どうやらまおちゃんの立てた「魔王ってどうやって生活してるの?」スレッドも見ていたらしく、都合がよければまおちゃんも一緒にどうか、ということだった。真白さんはまおちゃんの連絡先を知らないので、俺にまおちゃんの都合を聞いて欲しいと言う。
……そういえば、今週末、まおちゃんはルラレラ世界に行けるんだっけか?
ついでに待ち合わせの日時とか連絡しなきゃいかんなー、と思ってから、まおちゃんとは一週間時間がずれていたことを思い出した。
……あ、今週はまおちゃん都合が悪いんだっけ?
俺の認識では、初めてまおちゃんに会ったのは二十日の日曜日だった。そのときまおちゃんは来週は都合が悪いというようなことを言っていたから二十六、二十七日の土日が都合が悪いのかと思っていたが、まおちゃんの認識では俺と会ったのは二十七日の日曜日だった。つまり、その次の週末である二日からの三連休が都合が悪い、ということになる。
「まてよ、向うのすらちゃんやりあちゃん達には、次はまおちゃんと一緒だとか言った覚えがあるな?」
……ああもう、時間ズレとかややこしい!
とりあえずまずはまおちゃんにメールを、と思ってスマホを手に取った瞬間にスマホがぶるぶると震えだしてメールの着信を告げた。それはタイミングがいいことに、まおちゃんからのメールだった。
「前お話したとおり、今週末は異世界にご一緒できません。すらちゃんとりあちゃんによろしく言っておいてください、か……」
ふむ。なら、オフ会も無理かな?
念のため「今週末、勇者候補生からオフ会の誘いがあるがまおちゃんもどうだ?」とメールを返信する。すぐに返信があり、「ごめんね、行けない」とのことだった。
確か、まおちゃんの立てたスレッドの最初の方の書き込みによれば、今月から魔王として勇者候補生のいる方の異世界に行けるんだったっけ。何か進展でもあったのかもしれない。しばらくのぞいてなかったが、後で掲示板のスレッドをのぞいておくべきだろう。
真白さんからのメールに、自分は行くこと、まおちゃんは都合により参加できないことを返信すると、「まおちゃんに会いたかったのに、残念!」という返事が返ってきた。
確かに俺もちょっと、残念だった。
土曜日。
指定の時間にそろって待ち合わせ場所のファミレスに出かけると、今回は勇者候補生達が先に来ていた。寧子さんの姿は見えない。今日は来る予定はないのかもしれない。
「ども、お久しぶりです」
代表して声をかけると、真白さんがにこりと微笑んだ。
「こちらこそ、鈴里さん。冒険は順調ですか?」
「……まぁ、ぼちぼちですね」
苦笑しながら前と同じように席に着く。奥から、レラ、俺、ルラ、リーア、みぃちゃん、ロアさんの順だ。リーアの分増えているので、レラが奥のお誕生日席まで詰めることになった。
対する向うは奥から、和風女神ティラ、男勇者候補生の雪風真人くん、女勇者候補生の雪風真白さん、ねこみみたんニャア、そして……初めて見る、おそらくは女性。全身をすっぽりと覆うようなぞろりとした服を着た上に、目深にフードを被り、手には絹の手袋までしている。フードからわずかに除く口元の他は、すっかり全身が覆い隠されている。割と大柄ではあるが、ゆったりとした服に覆われながらもそのシルエットは女性らしい丸みをおびていた。
「ん、そうね。お互いに新しいメンバーがいるようですし、まずは紹介しておきましょうか?」
真白さんがそう言って、全身を覆い隠した女性?を手で差した。
「彼女は、ヴァルナ・ローディアさん。うふふ、ちょっと面白い種族の方なんですよ?」
「……」
なぜかその名前に、ロアさんとみぃちゃんがちょっとだけ反応した。もしかしたら知り合いなのだろうか?
気になったが、とりあえず立ち上がってヴァルナさんに挨拶しておく。
「どうも、週末勇者こと、鈴里太郎です」
握手をと右手を差し出したのだが、ヴァルナさんは困ったように口元を小さく歪めて言った。
「悪いな、少年。わたしは事情により君に触れることができないんだ」
かすれたような、少しハスキーな声で寂しそうに笑みを浮かべて、おそらくは挨拶の代わりなのだろう、彼女は胸の前で何か小さく印を切るような仕草をした。
「……あ、いえ、お気になさらず」
事情はそれぞれにあるものだろうし、何かあるなら説明してくれるだろう。
しかし、俺、もう少年なんて呼ばれるような歳じゃないんだけどな。向うの人から見たら俺も未成年みたく見えたりするのだろうか。
とりあえず気を取り直して、右手を引っ込める。
「こちらの新しいメンバーなのですが、掲示板ご覧になっていたならご存知かもですね」
リーアを手で差し示す。
「トリストリーアです。事情により本人は喋らず、筆談します。よろしくお願いします」
「――♪」
リーアが楽しげに声を上げ、『りーあ』とホワイトボードに書いて胸の前に掲げた。
「よろしくね、リーアちゃん」
真白さんがリーアにむかって微笑んだ。
「人魚さんって聞いたけど、普通の女の子ね。鈴里さんに背負われている小さく写ってる写真しか見たことないから、こうして会えて嬉しいわ」
『よろしくする お願い』
リーアがばたばたとホワイトボードを振った。
「こちらこそ」
真白さんがコーヒーをすすって、一息吐いた。
「それにしても、まおちゃんさんに会えなかったのはちょっと残念かな。すらちゃんや、りあちゃんとかにも会ってみたかったんだけど」
「まおちゃんはなんか用事があるみたいだったな。すらちゃんとりあちゃんはうちのちみっこどもの異世界にいるから今日は会えないですよ」
俺が答えると、真白さんはまたはふぅと息を吐いた。
「そうなのかー。まあいいわ。後でちょっと提案もあるし。まずは情報交換始めましょうか?」
そうして、二回目のオフ会が始まった。
「……なるほど。そういった経緯でリーアちゃんを」
俺がリーアが仲間になった経緯を話すと、真白さんは顎に手を当てて小さくうなずいた。
「こっちにもそういう仲間増えるイベントとかあるのかな?」
真白さんが傍らのフィラに目を落とすと、洋風女神ちゃんは小さく首を斜めにして「わからないの」と答えた。
続けて俺の隣のルラが「向うは、こっちと違うのー」と声をあげる。
「わたしとわたしのセカイは、わたしとわたしが創ったモノだからイベントを仕込んでおけるの」
「女神フィラと女神ティラは、世界を管理する女神ではあっても、創世神ではないから、ある程度運命に干渉することはできても、そこまでたいしたことは出来ないわ」
うちのちみっこどもが、ちょっと得意げに胸を張りながら言った。
「……そっちの女神ちゃんたちはすごいのね」
真白さんが、ちょっとため息を吐いた。
「いや、ちょっと気になるんだが」
俺が口を挟むと、うちのちみっこたちがそろって首を斜めにした。
「俺が週末に訪れている世界をちみっこどもの名前から、ルラレラ世界、勇者候補生たちが冒険している世界を創世の女神の名前をとってセラ世界、と呼ぶことにする」
ここまでいいか? とぐるりと回りを見回したが、特に異議はないようだったのでそのまま続ける。
「ゲームであるRPGに例えるのもちょっとアレなんだが。ルラレラ世界とセラ世界って、別の異世界なのに……なんか、起きるイベント似てないか? 俺が異世界で最初に会ったのはねこみみのみぃちゃんで、真白さんたちが会ったのはそっちのねこみみたんのニャアちゃんだろ?」
みぃちゃんと、向かいのニャアちゃんを指差す。
どちらもかわいいねこみみだ。異世界で最初に出会ったのがどちらもねこみみ。これまでそれほど不思議には思わなかったが、これはただの偶然なのだろうか?
「真人くんは、ゲロイムと戦ったんだよな? 俺も前回のオフ会のあとゲロイムと戦ったんだ」
「……ただの偶然なんじゃないかな? ゲロイムってどこにでもいるような生物みたいだし」
真人くんが、ゲロイムに埋もれた時のことを思い出しでもしたのか、ちょっと強張った顔であははと笑う。
「いや、まぁ、完全に同じって訳でもないとは思うけど。俺はイモムシはまだ見た事無いし。
けど、こうしていくつか類似してるところからちょっと思ったんだけど。そっちの新しいメンバーのヴァルナさんって、もしかして冥族だったりするんじゃないか?」
「……あら」
真白さんが、驚いたように小さく口を開けた。
「仲間になったわけじゃないんだけど、向うで前回、冥族と関わることになったのでもしかしたら、そっちでも似たようなイベントが起きたのかな、と思ったんだが」
「……ふむ、それは非常に興味深いな」
ヴァルナさんが、口元に小さく笑みを浮かべて言った。
「確かにわたしはヴァラ族だ。係わり合いになったのならなぜ、わたしがこんな格好をしているのかも想像がつくだろう」
「ええ、おそらく、他人に意図せずに触れて精気を奪ったりしないように、そんな風に全身を覆っているのではないですか?」
「ああ、そうだ。なるほどなるほど。非常に面白い」
ヴァルナさんは、くっくっく、と押し殺したような笑い声を上げた。
「え、それじゃ、鈴里さんがリーアさんに会ったってことは、私たちもスプラッシュ族に関わる可能性があるってことなのかな?」
真白さんがじっとリーアを見つめた。
「可能性はありそうですね」
俺が息を吐くと、なぜかルラとレラが俺から目を背けた。
「……ん、どうしたルラ、レラ?」
「ぎくっ、なの」
「えへへ、なの」
ちみっこどもの挙動が不審だ。
……そういや、ルラレラ世界はセラ世界のコピペ修正版みたいなことを言ってたよな。
まさか。
「……おい、まさかイベントデータまるパクリしたんじゃないだろうな?」
「ち、ちがうの。ちゃんとちょっとは手をいれてあるの!」
「まさか、さぶいべんとがこんなに重なるなんておもわなかったの!」
……いやお前らなー。
それからしばらく、お互いの冒険に関して情報を交換した。
似たようなイベントは起こっていたらしく、やはりセラ世界にも冒険者ギルドのような組織はなく、酒場で依頼を受けるようなシステムであるらしい。もっともヴァルナさんとの出会いは、俺が受けた依頼のようなああいう物ではなかったらしいが。
勇者候補生たちも俺と同じように草原を旅して、現在は黒神ネラの神殿のある大きな街に着いたところのようだ。現在は神殿を拠点にして酒場の依頼をこなしたり、周囲の探検を行っているのだとか。
闇神メラの神殿のある大きな街についた俺と似たような状況らしいな。
「……そうそう、それでちょっとこちらから提案したいことがあるのよ」
真白さんが胸の前で両手を合わせてにこりと微笑んだ。
「ここまで似た感じだと、もしかしたらそちらの世界にもあるのかもしれないけれど。鈴里さん、ダンジョン一緒に潜りませんか?」
――ほほう、ダンジョンとな? それは、なんとも冒険のにおいがしますな!
というわけで三話はダンジョンアタックなのです。たぶん時折、掲示板形式でまおちゃんの魔王としての活躍も……?