世界はXXで出来ている その1
第二話えぴろーぐの少し後、くらいのお話になります。
スマホがぶるぶると震えて「ねいこちゃん」から電話の着信を告げた。
何度俺が登録名を「寧子さん」に変えてもいつのまにか「ねいこちゃん」に変わってしまっている。
……いい加減あきらめたほうがいいのだろうか。
俺は、ため息を吐きながら電話に出ることにした。
『はろはろ~! たろーくん。ひさしぶりだねっ! 冒険は順調かなっ!』
「いや寧子さん、しょっちゅうメールとか飛ばしてくるのであんまり久しぶりって気がしないんですが」
こちらが何か言う前にやたら高いテンションでまくし立ててくる寧子さんに内心辟易しながら答える。
寧子さんと話すのは、勇者候補生達とオフ会をして以来だろうか。
だいたい前に会ってから一週間と少ししか経っていないのだが、間にリーアと会ったり、まおちゃん達に会ったりといろんなことがあったせいか、「久しぶりって気がしない」と言ったものの、よく考えてみると確かになんだかずいぶんと久しぶりな気がしてきた。
『おうふ、たろーくんは冷たいねっ! あたしだってお仕事なかったらたろーくん達と一緒に冒険したいとこなんだけどっ! ほら、あたし神さまだし? 実はけっこー忙しかったりするのよ~ぅ?』
「忙しいなら、手短に用件をオネガイシマス」
『くはぁ、なんだかちょっと冷たくされるのが快感になってきたよっ! あたしをイケナイ気持ちにさせるたろーくんに……うふふふ。あいらびゅーん?』
「いや落ち着け」
何があいらびゅーんだ。
『おおう、横道に逸れ過ぎたねっ! 今日はこないだあげたセカイツクール使ってる~って聞きにきたんだけど、どう? 使ってみたっ?』
「あ……」
そういや前来たメールに添付されてたっけか。異世界からもどったらゆっくり触るつもりだったのだが、色々あっていじる暇がなかったからすっかり忘れていた。
「すみません、全然まださわってないです。せっかく頂いたのにすみません」
『あー、別にいいのよ~。でも、さわってみて気に入ったら連絡ちょーだいねっ? あたし達に関わった時点で、たろーくんも神さまやる資格はあるわけだしねっ!』
「は?」
神さまやるって、なんだ?
「あの、神さまやるってどういう……」
『ああ、そうそう。あと、急がなくてもいいけどそろそろ月変わるし、一回目の異世界探訪レポートとかもらえるとうれしいなっ! フォーマットとか適当でいいから、思ったこととか気になったことなんかを挙げて貰えると嬉しいですっ! でわでわ、あでゅ~!』
寧子さんは俺の疑問に答えることなく、一方的にまくし立てると、ガチャンと電話を切ってしまった。
最初が英語で締めがフランス語とか適当にもほどがある。
じゃなかった。そういや最初に会った時にレポート出せとかって話もあったな。そっちの方もすっかり忘れていた。
「ままからお電話?」
「らぶらぶこーるなの?」
ベッドの上で転がりながらテレビを見ていたちみっこどもが、こちらを見つめて言った。
そういや、セカイツクールの詳しい詳しい使い方はこいつらに聞けとかって話だったな。
「ん、寧子さんからだった。セカイツクール使ってみたか、って話と、レポート出してくれって話」
レポートはまとめるのに少し時間も欲しいし、どうせならセカイツクールとやらを使った感想も一緒に書いた方がいいかな。
まずはセカイツクールをちょっと触ってみるとしよう。
「セカイツクールの詳しい使い方はお前らに聞いてくれって話だったんだが、よかったら簡単に教えてくれるか?」
「らじゃったのー」
「おっけーなのー」
俺が頼むと、ルラがとてとてと部屋の隅においてあった、いつも肩から提げているポシェットの所へ行き、中からちょっと分厚い本を取り出した。
「ん、これ見てべんきょーするの!」
差し出されたその本は。
「七日で出来る世界創造……?」
七日で出来るって聖書かよっ! あれ七日目は休みだから実質六日で創ってたりするけれど。
なんだその「×日で出来る××」シリーズの学習本みたいな本は。
そんな本、いつも持ち歩いてるのかってゆーか、どうやってそんな本入れてたんだとか、いろいろツッコみたいところはあったが、もはやツッコんでもしょうがない気がするので止めておく。
「……んー」
パラパラとめくってみる。
×日で~とあるのにゼロ日目があったりするのはやっぱりお約束のようだ。どうせアプリのインストールの仕方だとか前準備に決まっているので、一日目までページを飛ばす。
□第一日目
まずは簡単なプログラムを作ってみましょう!
class HelloWorldCreate {
public static void main(String[] args) {
System.out.println("Hello WorldCreate!!");
}
}
「……ってゆーかこれJavaだろっ!」
Javaというのは割とポピュラーなプログラム言語だ。仕事でよく使うので見ただけでわかった。スマホのアプリとかゲームなんかもこの言語で書かれているものが結構ある。
「えるしっているか」
「せかいはJavaでできている」
ちみっこどもが、ドヤ顔で小さな胸を張ったので「まじ?」と尋ねると、ふんふんと頷きやがった。どうやらちみっこどもの性質の悪い冗談というわけでもないらしい。
「あの、ルラレラ世界とかJavaで組んでるのか……信じられねーな」
いろんな意味で信じられない。
「もちろん、独自のフレームワークや特殊なライブラリを使用しているわ」
「おにいちゃんなら、ソースコードの解析できると思うわよ」
にやにや笑いで、ちみっこどもが俺のスマホを指差すので「ん?」と首を傾げる。
「ままに電話してPC用のセカイツクール送ってもらうといいわ」
「ソースコードを見るなら、PC用のほうがいいものね」
ふむー。こちらから電話するのは気が進まないんだがな。
などと思っていたら電話が震えだした。
『やほほ~! ぜんちぜんのーなねいこちゃんは、言われる前にやる女だよっ! PCのメールに送っておいたのでつかってみてください。いじょ~でわでわ』
こちらが何も言わないうちにまくしたててガチャンと切れてしまった。
「……えーっと。電話切れてますけどありがとうございましたー」
どうせどこかで聞いてるんだろうと思って礼を言う。相変わらず神出鬼没というか壁に耳あり障子にメアリー?ってゆーか、心臓に悪い困った人だ。
PCは既に立ち上がっていたので、メーラーを起動すると確かに「ねいこちゃん」からメールが届いていた。
「本を見ていんすとーるするの」
「ちょっとさいしょはいろいろめんどーだけど、おにいちゃんがんばるの」
ふむ。
添付ファイルを解凍して、実行(exe)ファイルを叩くとセキュリティソフトのノートン先生が警告を出した。
「いやなんか、パソコンに深刻な影響を与える可能性があるとか、すごいこと言ってきてるんだが……」
「きにせずごーごーなの」
「たかがせきゅりてぃそふとごときに、せかいつくーるはとめられないのっ!」
「……いや、PC壊れたらどーすんだよ」
しかし、元々が出所の怪しいソフトであるからして、警告を無視せざるを得ない。
外付けのハードディスクに重要なデータはバックアップとってるから、最悪の場合でも復旧はできるだろう、と警告を無視して実行を許可した。
ソフトの容量自体はたいしたものでなかったらしく、インストール自体は意外とすぐに終わってしまった。
「……何が面倒なんだ? 初期設定か?」
七日で出来る世界創造の最初の方をペラペラめくる。
ありがちな設定しかかいてないっぽいが。
「ん?」
インストールしたセカイツクールを起動すると、小さなウィンドウが開いた。
「これから三百の質問をしますので、正直にお答えください、だって?」
ちょっと疑問に思ったが、評価版だし、何かアンケートみたいなものだろうかと思い、画面の指示に従ってマウスでクリックする。
三百はちょっと多いよなぁ。ちみっこたちが最初が大変って言ってたのはこれのことか。
最初のうちは、性別だの年齢だの、アンケートとしては比較的まともな部類だったのだが、進むにつれてなんだか変な質問が増えてきた。
「あなたは同性愛者ですか、とか、幼女の裸に興味はありますかとか、なんでひとの性癖きいてくんだよ?」
同性愛者じゃねーし、幼女の裸に興味なんかねーよっ!
「ねこみみは……キライじゃないよ、うん」
むしろ大好物です。
しかし、うなじとか、後れ毛とか脇とか、そんなの聞いてどーするんだ。
だんだんイライラしてきたものの、最後まで質問に解答する。
すると、ぴこん、とかわいい音がしてセカイツクールのロゴが表示された。数秒待つとなにか総合開発環境っぽいアプリが起動した。
「くそ、つまんねー質問いっぱいしやがって」
ちみっこどもが、うしろからにやにやしながら画面見つめてたんだぞ! 答えにくいったらありゃしねぇ。
「お手数をおかけして大変申し訳ありませんでした。ですが、先ほどの質問はボクを生成するために必要な情報であるとご理解いただければ幸いです」
「ん?」
聞いたことのない声だった。後ろに立つちみっこどもを見るが、にやにや笑うばかり。
まさかリーアか?
リーアはベッドの隅っこでくぅくぅと小さな寝息を立てていた。
じゃあ、今のはなんだ?
「太郎さま、初めまして。ボクはセカイツクールのナビゲーター、奈美恵太と申します」
PCの画面を見ると。三頭身くらいの、メイド服を着たアニメ調の女の子がディスプレイの端からひょこりと顔を出して、にこにこと微笑んでいた。
「……スカートはいてるけど、お前、男?女?」
思わずそんなどうでもいいことを画面に向かってつぶやいてしまった。
髪は短め。丸いめがねをかけた、メイド服姿の少女? スカートを穿いているが三頭身ほどのデフォルメ体型のためお胸があるともないとも言えず、かわいい男の子のように見えないこともない。
見た目はかわいい女の子のように見えるのだが、僕という自称といい、恵太という名前といい、男の子なのだろうか?
「アシスト用のAIに性別なんてございませんし、意味もありませんよ? 先の三百からなる質問により、使用者に好まれる容姿、性格としてボクは生み出されました。名前が気になるようでしたら、ナビゲーターをもじったデフォルトの名称ですので、お好きな名前でお呼びくださいませ」
「む。うん」
名前、名前か。どうしようか。
「……もっとも、評価版につきセーブが出来ませんので太郎様がアプリ終了するまでのお付き合いとなります。ですので、ボクのことはそれほど御気に留めませんように」
「ん……じゃ、ナビって呼ぶな。よろしく」
「はいこちらこそ、太郎様」
メイド姿のナビが、画面の中でスカートの端を軽く持ち上げて一礼すると、小さく微笑んだ。
俺好みの容姿、というのにはちょっと異議を唱えたい所もあったが、ちょっとだけその微笑にどきりとしてしまった。
……男だったら、まずいよな?
それともかわいければ正義か。
薔薇族なんて言うからっ! こんな子でてきちゃったじゃないですかっ!?