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週末は異世界で~俺的伝説の作り方~  作者: 三毛猫
閑話「ひみつのはなし」
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まずは酒場でいっぱい その6

 冥族ヴァラ、というのは以前ちみっこどもに聞いた種族のなかにあったと思う。

 ちょっとちがうけど、おおむねきゅうけつきみたいなのとおもえばいいのー、というようなことを言っていたように記憶している。

 詳しい話は聞いていないが、魔物ではなくこのルラレラ世界で種族として数えられている訳だから、いきなり人を襲うような存在ではないと思っていいのだろうか。

「……俺の血を吸ったりします?」

 わずかに触れる程度に俺の胸に頬を寄せ小さく微笑む少女を見つめながら、俺がためらいがちに問いかけると、少女は上目遣いに俺の顔を見上げて、ふん、と小さく鼻を鳴らした。

「まぁ世間の冥族ヴァラに対する認識はそのようなものだろうがな」

 言いながら、やや俺から身体を離すようにする。

「吸血鬼などという下賎な輩と同一視されるのは、はなはだ不本意だ」

「すみません、無知で」

 謝ると、少女はしばらく俺の顔を凝視したあとにまた身を寄せてきた。

「わたしが冥族だと聞いて、逃げ出そうとしないだけ貴様はまだましだ。ひどい者になるとバケモノ呼ばわりして、わたしを殺そうとしてくるからな」

 淡々と、ひどく恐ろしいことを語りながら、少女はきゅっ、と俺の服の裾を掴んだ。

「まあ実際、バケモノ呼ばわりされても仕方のない生き物ではあるがな」

 くく、と少女は小さく自嘲気味に笑いながら、俺の服を握る手に力を込めた。

「……わたしは、貴様の目で見て、いくつくらいに見える?」

「見た目の話でしたら、十は超えていないように見えますが」

 口調や雰囲気は俺より年上っぽい感じがする。吸血鬼の類であれば、何百歳とかもありうるのだろうか?

「九つの時に、わたしは大病を患い死にかけた。以来、二十余年この姿のままだ」

 見た目はともかく、実年齢はそこまで常識はずれと言うわけでもないようだった。三十そこそこだというなら、案外、未亡人というのも本当だったりするのだろうか。

「もっとも、冥族としてもわたしは少し例外的ではある。通常の冥族は、個人差はあるものの二十から三十ほどの外見年齢で成長がとまるものだ。その後、一度目の死を迎える際に、他者の精気を必要とする身体に創り変わる。わたしは幼いころに死にかけたため、この姿で冥族としての血にめざめてしまったがな。以後は他者の精気を得られる限り、不老にして不死、冥族とはそういう生き物だ」

 少女は大きく息を吐いて、俺を見つめてきた。

「……貴様もわたしをバケモノとののしるか?」

 俺の服の裾を握る手が、小さく震えていた。

「……」

 答える代わりに、そっと彼女の髪に触れて頭をなでた。

「つまりあなたの目的は、俺の精気を得ること、ということでいいのでしょうか?」

「……ん」

 目を閉じて、少女がうなずきながら俺の胸に顔をうずめた。

「あなた抱くこと以外でも、それは可能ですか?」

「男女の交わりが一番効率がよいのだが、こうして触れているだけでも多少はな。貴様の命を奪うことがないよう、香油と薬塩でわたしの精気吸収を抑えているので、長時間触れている必要はあるが」

 少女は、小さく息を吐いた。

 なるほど、それで添い寝なんて話になるわけか。

「改めて頼もう、貴様の精気をわたしに分けてほしい」

「ん、了承した」

 俺がうなずいてそっと髪をなでると、少女はほう、と熱い息を吐いて俺の胸に頬をこすりつけた。

「……こんな幼い姿でなければ、な。無理強いはせぬが、本当にわたしを抱いてはくれぬのか?」

「すみません」

 流石に一線を越えるわけには行かない。

「別にあなたが魅力的でないということではないのですが、幼い容姿でなくともそういうことをするつもりはないです」

 別に誰に操を捧げているというわけでもないのだが、例えこの少女が実年齢相応の外見であったとしても、会ったばかりの行きずりの女性と身体を重ねるのは俺の趣味ではなかった。

 ……意外に俺はロマンチストなのか?

 そういうことをするのは、互いに愛情を深め合った末でなければ嫌だと思うのは、年齢の割りに夢を見すぎだろうか。

「そうか」

 少女は顔だけでなく、身体までこちらに摺り寄せてきた。

「わたしはもう、成長することもなく、体型が変わることすらない。初潮が始まる前に身体が創り変わってしまったので、子を成すことすらできぬ。夫はそれでもよいとわたしを求めてくれたがな、わたしを愛するあまり精気が足らなくなり、ただの風邪で死んでしもうた」

 自嘲するように唇の端を歪ませて、少女は淡々とつぶやいた。

「直接ではないが、わたしが殺したようなものだ。甘えすぎていたのだな」

 淡々とつぶやいているように聞こえているが、それは思い違いで、感情を押し殺しているのだろう。俺はただ優しく髪をなでることしかできなかった。

「すまんな、閨で他の男の話など。不快だろう?」

「いえ」

「貴様は亡くなったわたしの夫によく似ている。姿かたちの話でなく、その心持が。生きるためでなく、感情で抱かれたいと思ったのは夫以外では初めてだ」

 少女が深呼吸をするように大きく息を吸って、それからゆっくりと吐き出した。

 そのままじっと動かない。

 眠ってしまったのだろうか。俺もこのまま、寝ちまうか。

 目を閉じようとしたら、少女の細い声が聞こえた。

「……貴様の、名を聞いてもよいか?」

 閉じかけた目を開いて、太郎です、と答える。

「タロウか、覚えておく。わたしの名は知らずとも良い。むしろ聞かない方がタロウにとっては良いだろう」

 気にはなったが、教えてくれないものを無理に聞くわけにもいかない。

 暖かな布団の中で、眠気に襲われて。

 名も知れぬ少女を腕の中に抱いたまま、俺は眠りについた。




 ――翌朝。

 ……起きたらなぜかルラとレラが同じベッドで一緒に寝ていた。

 ルラとレラは、両側から俺の肩を枕にして、俺の腕を足で挟みこむようにして抱きついて寝ている。

 何がなんだかわからない。昨夜は冥族の女の子に添い寝してたはずなんだが。

「……なんだ、どういうことだ?」

 部屋を見回して見るが、見覚えはない。……いや、昨晩は暗くてよくわからなかったが、ガラスの窓といい、天蓋のついたベッドといい、昨晩眠りに付いた部屋であるらしかった。

 あの冥族の少女はと、部屋を見回すが姿が見えなかった。

 ルラとレラの拘束から手をひっこぬいて身体を起こす。むー、と不満げな寝言が聞こえたがとりあえずかまっていられない。

 う、前がはだけてる。

 病院着のような服の結び目が緩んでいて、腹の辺りまで露出していた。昨夜、少女が触れていた部分が、少しあざのように赤くなっていた。

 精気を吸われたせいなのか、なんだか身体がだるい。といっても、夜更かしした次の朝、くらいの疲労度であってそれほど大したことはない。

「……起きてくれ」

 寝起きのいい、レラの肩をゆすると、レラはとろんとした目を開けて、小さくあくびをした。

「おはよう、おにいちゃん」

「なんでお前らがここにいるんだ?」

「それはこっちのせりふだわ」

 レラがにやにやとした嫌な笑みを浮かべて俺を見つめる。

「おにいちゃんは、わたしとわたしの物なんだから、一緒に寝るのが当然でしょう?」

 また小さくあくびをして、目をこする。

「なのに、こんなところで知らない子と寝てるだなんて、イケナイおにいちゃんなのー」

「あの子はどうしたんだ?」

「さあ? しらないのー」

 にやにや笑いながら、レラがそらとぼける。

「……お前らが何かしたのか?」

「さあ? しらないのー」

 にやにや笑いながら、またレラがとぼける。

「きゅうけつきらしく、朝の光にでも溶けちゃったんじゃない?」

「ふざけるな」

 思わず強めにでこぴんしてしまう。

「あいた」

 涙目になったレラが、不満げに口をとがらせた。

「精気を得られなかった冥族が消滅するのは別におかしなことじゃないわ」

 消滅?

「いや、そうならないように俺が添い寝を……」

 言いかけて、なぜか名前を名乗らなかった少女の姿が思い出された。

 まさか、添い寝だけで精気を吸収できるというのはウソだったのか? 俺から十分な精気を得られず、消滅しちまったっていうのか?

「おなかへったから神殿にもどりましょう」

 レラがルラの手を握り、俺にも手を差し出してきた。

「……俺のせいなのか?」

「さあ? しらないのー」

 にやにや笑いながら、レラが目をつぶる。

 と、気がついたら神殿内に用意された俺達の部屋の中にいた。

 転移魔法的なものだろうか。あの屋敷に置いて来てしまったはずの俺の服まで回収されていた。

「……俺のせいなのか?」

 つぶやいた言葉に、今度は誰も答えてくれなかった。




 今日は早めに帰る必要がある。

 別行動をしているロアやみぃちゃんとも早めに連絡を取っておく必要があったのだが、しかし何をする気にもなれなかった俺は、神殿内に与えられた部屋でただぼーっと座っていた。



「どしたの、タロー? ずいぶん黄昏てるね?」

 昼前に神殿にもどってきたらしいロアが声をかけてきたが、「はぁ」という気の抜けた答えしか出来なかった。

「たろー、なにかあったのです?」

 みぃちゃんがとことこ寄ってきて、首を傾げる。それにも答える気力がなくただ、そっとみぃちゃんの頭に手を乗せると、みぃちゃんが怪訝そうにその俺の手を握った。

「……」

 そのままみぃちゃんのお耳に触れていると、ちょっとだけ気力が湧いてきた。

「すみません、ちょっと、きついことがありまして」

「ふーん。こっちはちょっとだけ進展があったんだけどさ、思った以上に異世界だったわね、ここって」

 ロアが腕組みしてため息を吐いた。

 そういえば、ヴァラ族のネットーワークだとかグエス神のデータベースが見つからないから、図書館で何か調べ物をする、とかって話だったっけ。

 そこまで思い出して、ヴァラ族、という言葉に引っかかった。

 冥族ヴァラ? まさか、あの少女がロアさんたちの探しているヴァラ族だったってことか?

「……たろー?」

 みぃちゃんが俺の手を握ったまま小さく首を傾げた。

「色々聞き込みした結果、この街の領主の人がヴァラ族らしいってわかってね。今朝方訪ねて見たんだけど、どうやらこの世界のヴァラ族ってネットワーク持ってないらしくって。調査の方針を変える必要がある、ってわかったのが進展っていえば進展かな~」

 ロアがいやーまいったまいったと頭をかく。

「あー、そういやタローが好きそうな幼女だったよ、領主のひと」

 にやにや笑いでロアが俺を見つめてくる。

「……?」

 どこかで、聞いたような。

「……たろー?」

 俺の手を握ったまま、みぃちゃんがまた首を傾げる。

「ん、どしたのみぃちゃん?」

「たろーから領主のひとのにおいがするです。説明を要求するです」

「……え?」

「ほう、さすが幼女マスター。まさかもう手をつけてたの?」

 ロアが、んふーとからかうような笑みを浮かべた。

「領主のひとからたろーのにおいがしたときには、まるで接点がないから気のせいだと思ったですが。たろーからも領主のひとのにおいがするのは、黒確定なのです!」

 みぃちゃんが、俺の手を握る手に力をこめた。ちょっとツメが出てきていて痛い。

「確認なんだけど、その領主さんに会ったのって、今朝?」

「そうだけど?」

 ロアの答えに、頭を働かせる。

 つまり、朝方あの少女の姿が見えなかったのは……ロアさん達と面会していたからだってことか?

 思わずベッドの上でごろごろしていたちみっこどもを睨みつけると、レラが乾いた口笛を吹いた。

「レラ、どういうことだ?」

「ウソはついてないの。事実を述べただけで、あの子が消滅したなんてひとことも言ってないのー」

 無言で拳骨をレラの脳天に落とした。

「いたいの」

 涙目のレラを尻目に、深く安堵のため息を吐く。

 よかった、あの子が消えたわけじゃなかったんだ。

「いや、なんか落ち着いたとこわるいけど、こっちにも説明してくれる?」

「説明を、ようきゅう、するですー!!」

 ロアとみぃちゃんが、迫ってきたので、俺はちょっと苦笑して、まぁ話せないことじゃないしな、とリアちゃんたちと酒場に向かう所から話し始めた。


 話し終わると、なぜかみぃちゃんが、今夜は添い寝を要求するです!と強く主張した。

 ロアが「よし、ちょん切ろう!」と不穏なことを言ってほんとに剣を抜いたのでなだめるのに苦労したことだけを追記しておく。

 少女の名前が出てこないのは単にまだ決まってないだけだったり。

 「実は生きていた」は深読みすると怖いことに。なんでも出来ますしね、双子女神。

 思ったより長引きました。次はセカイツクールの話の予定ですが、閑話長引いちゃってるのでどうしようかと思案中。

 

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