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週末は異世界で~俺的伝説の作り方~  作者: 三毛猫
閑話「ひみつのはなし」
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さいしょのいっぽ

 第二話後半、非常に影が薄かった人魚さんのお話です。第二話13とえぴろーぐの間くらいのお話になります。

『おしっこ』

 ルラレラの異世界から帰って来て、リーアが最初にノートに書いたのはそんな言葉だった。

「ルラ、レラ。リーアにトイレの使い方とか教えてやってくれないか?」

 PCを立ち上げながら、ちみっこどもにお願いする。

 もしかしたら内心では何か思うことがあったのかもしれないが、リーアが何も文句を言わないのをいいことに、俺は彼女をこの世界に連れてきてしまった。これまでとまったく違う生活を強制することに罪悪感を覚えないでもなかったが、自分の出来る範囲で責任を取るための方法を他に思いつかなかったのだ。

「リーアも色々初めてのことが多いと思うが、すまないが慣れて欲しい」

 ベッドの上にごろりと横たわっているリーアの頭をなでると、「――♪」と小さく鳴いた。

「おトイレおしえるのはいいけどー」

「おにいちゃん、リーアをおトイレまではこんでほしいのー」

 ちみっこどもが両手を上げて言った。

「ああ、そっか。ああ、ついでにお前ら先に風呂に入ってくれ。風呂の使い方とかも教えてあげてほしい」

 リーアはまだ歩けない。泳ぐのには問題ないようだったから筋力的なものはたぶん大丈夫なのだろうけれど、両足をそろえて動かしていた所を見ると、右足と左足を交互に動かすような神経がまだうまく発達していないのだろうと思う。

 早いとこ、歩く練習もさせなきゃいかんな……。

 じゃないと買い物にも連れて行けない。とりあえずはこないだルラレラ用に買い込んだ服などで大丈夫とは思うが。

 よいしょとお姫様だっこの形でリーアをベッドから持ち上げる。

『もれる』

「もうちょっと我慢してくれ」

 いかんいかんと、あわててリーアをトイレまで連れて行って洋式の便座に座らせる。

「じゃ、ルラレラ、あとは頼んだぞ?」

 便座に座ったまま首を斜めにしているリーアを置いて、俺はユニットバスを後にした。入れ替わりに着替えを持ったルラレラが「まかせるのー」と入っていった。




 ……そういえば、少し不思議だったんだよな。

 PCの画面を見ながらふと思う。

 リーアの住んでいた小屋は、仕切りや衝立のようなものがなかった。何が不思議かというと風呂やトイレといったプライベートな空間が無かったということなのだが。

 リーアはあの小屋でトイレとかどうしてたんだろう?

 俺達は一晩泊まっただけだし、小用は外で済ましたのでそれほど不都合は感じなかったが。

 ……ツボとかで済ましちゃうんだろうか。

 下半身お魚でどうやるんだろう。腕立て伏せみたいな感じで頑張るんだろうか。

 リーアが腕立て伏せをしながら頑張る様子を思わず想像してしまって、ぶるんぶるんと頭を振って、しょうもない想像を振り払う。

「おにいちゃんちょっときてー」

「ん?」

 呼ばれてユニットバスの方を見ると、ルラが顔だけ扉からのぞかせて、ちょいちょいと手招きしていた。

「どうした? 何か問題でも?」

 すぐに腰を上げて向かうと、素っ裸のレラが同じく素っ裸のリーアに押しつぶされていた。

「りーあを、おふろに、いれて、ほしい、のー!」

 つぶされたレラが、切れ切れに叫ぶ。どうやら便座からバスタブにリーアを連れて行こうとして力が足りずつぶされたっぽい。

「いやその辺のこと考えてなかった。すまないレラ」

「――~~?」

 リーアがなんとか起き上がろうとするが、つるりとすべって床にぺしゃる。

「あー、これは早目にリーアを歩けるようにしてやらないと、日常生活もままならないな……」

 よいしょ、と脇に手を入れてリーアを持ち上げ、半分ほど湯が張られたバスタブに足からそっと入れてやる。

 半分目をまわしていたレラもひょいと抱き上げて立たせてやる。

「風呂から出るときも呼んでくれ」

「らじゃったのー!」

 元気良く返事をしたルラの頭をなでて、バスルームを後にする。

 ……そういや風呂場とかじゃノートも役に立たないよな。

 ふと気が付いて考える。

 ホワイトボードとか、耐水性のやつもなんか用意しないといかんかな。

 あ、あと今度こそ布団買ってこないといかん。

 色々、用意する必要があるものが多そうだ。




 結局その後は、まおちゃんの言っていたスレッドがいつまでたっても見つからなかった関係でニ、三日はごたごたしてリーアにかまう暇がなかった。

 俺は昼間は仕事に出かけなければならなかったので、リーアのことはルラやレラにまかせっきりで、不本意ながら二人に「おにいちゃんは、釣った魚にえさをやらないだめにんげんなのー」などと言われてしまった。

 一応、仕事の帰りにホワイトボードやら、多少の生活用品やらは買ってきたんだがなー。

 そう思うものの、実際何もしてやれてないのも事実だったので言い返すことも出来なかった。

 歩く練習もほとんどさせてやれていないし。

 いっそのこと車椅子でも用意した方が、リーアを連れ回すのには便利なのかもしれない、なんて思ったりもしたけれど、たぶん、初めて足が生えた今のうちに歩く練習をさせてやら無いと、一生歩けなくなる可能性とかありそうだった。

 意を決して、ベッドの端に腰掛けたリーアの右足をそっとつかむ。相変わらずふにふにだった。

「――?」

「リーア、今日は歩く練習をするぞ」

『あるく』

 ん、と両手をぎゅっと拳にして、リーアが頑張る素振りを見せた。やる気は十分なようだ。

「まずは右足だけ動かしてみろ」

 軽く右足をつかんだままリーアに促すと、リーアは「――♪」と小さく鳴いて。

 両足をぐいっとあげた。

 ……あれだ、手の小指だけ動かしたいのについ薬指まで動いちゃう感じなのだろうか。あれは小さいころは小指と薬指は別々の神経なのだが、成長するにつれて使わない神経は効率化により統合されてしまうのが原因だ。だから、小さいころにピアノを習うなどの訓練をしないと、薬指と小指をバラバラに動かすのが難しくなるらしい。

 もちろん大人になってからでも訓練次第で普通にバラバラに動かせるようになるのだが、やっぱりリーアもちゃんと訓練してやらなきゃまともに歩けなくなりそうだよな。

 しかし実際どう訓練したものやらわからなかったので、まずはネットで「赤ちゃん」「歩く練習」のキーワードで検索してみた。

 ……あまり参考にならなかった。どうやら世間一般の赤ちゃんは特に練習等しなくても自力で歩けるようになるらしい。自分の子供の成長が遅いのではと心配する若奥様に「勝手に歩くようになる」なんて回答ばっかりだ。

 しょうがないので次にネットでケガをしたときのリハビリなどについて調べる。

 多少は参考になった。画像を参考にしながら、リーアの足首から先だけを動かすようにしてみたり、手で膝を曲げるようにしてみたりしてみたりする。

「こんな感じだ。わかるか?」

 とりあえず右足を集中して、片方の足だけ曲げ伸ばしする感覚をつかませようとする。

『くすぐったい』

「少し我慢しろー」

 かまわず足をつかんでぐにぐに動かす。

 どうやら足首から先はもともとヒレのようであったため、左右別々に動かすのはそれほど問題ないようだったが、常に両方一緒に動かすようにしていたため、膝の動きをバラバラにするのが難しいようだった。右足だけ持ち上げてやると、無意識なのか左足も動かそうとしてしまう。

「ルラレラ、ちょっと手伝ってくれ」

 ちみっこどもにリーアの左足を押さえてもらう。

「うへへーおとなしくしろなのー」

「じたばたしてもむだなのー」

「こら、不穏なことを言うんじゃない」

 はしゃぐちみっこどもにでこぴんかましてから訓練を続ける。

 初日はそんな感じで、右足だけ動かす感覚を教え込むことだけで時間が過ぎていった。

 翌日は左足だけを同様に動かす感覚を教え込んだ。



 筋力的に特に問題なかったせいか、リーアは俺につかまって立つことはすぐに出来るようになった。もっともバランスを保つのは困難なようで、手を離すとすぐに倒れそうになる。

 長く正座して、足の感覚が無くなったあとに立ち上がるような感じなんだろうか。

 立ってはいるもののぐにゃぐにゃと落ち着かない様子で、大分俺に体重を預けている。

「よし、右足前に出せ」

 両手を握って、ゆっくりと歩く練習をさせる。

「――~~~」

 うまく行かないリーアが、悔しげに唸る。

 ベッドに座ったままなら大分動かせるようになっていたが、立ったままだと体重のかけ方やらで片足だけ動かすのが難しいらしい。

 普段どうやって歩いてるのかって、考えたことなんか無かったが、人間の脳ってわりと高度なことをやってるぽい。

 二足歩行のロボットとかも、出来るまでにかなり時間かかってたしなぁ。

 ……まぁ、気長にやることにした。




 と、そのつもりだったのだが。

 リーアの「さいしょのいっぽ」は意外に早く訪れた。

 その日テレビでちみっこたちと一緒にアニメを見ていた。俺はPCでネット巡回中でテレビは見ていなかったのだが。

「クララが立ってるの!」

「立った立った! クララが立ったのー!」

 ちみっこどもが声を上げたのでふと顔を上げると、テーブルの上のポテチをつまもうとした格好でリーアが、あーと口を開けた状態でテレビを見つめたままベッドから立ち上がっていた。

「……いやクララじゃなくてリーアだろ」

 ほんと時々このちみっこどもの年齢がわからなくなる。アルプスの少女ハイジなんて俺でも見たことは無いぞ。

「――?」

 テレビに気を取られていたリーアは自分が立って一歩踏み出したことに気が付いていなかったらしく、騒ぐ俺達に気が付いて首をかしげていた。

「おめでとう、リーア」

 立ち上がってリーアの頭をなでると、ようやく自分が一歩歩いたことに気がついたらしく、「――♪」と楽しげに鳴いてポテチを齧った。

 この分だと、普通に歩けるようになるのもそう遠いことでは無さそうだった。




「――♪」

 懸念事項の色々が落ち着いたので、今日は膝の上にリーアを乗せてネット巡回中だった。

 色々服も買ってはきたのだが、俺が最初に着せたワンピースが一番のお気に入りのようで、今日もリーアはそのワンピースで、でろんと足を投げ出して背を俺に預けている。毎日ちみっこどもが丁寧に髪の手入れをしているせいか、大分リーアの髪にも艶がでてきていて、今日はゆるく大きな三つ編みにしてあって、右肩から前の方に垂らしていた。

「――♪」

 先週はずいぶんと入り浸っていたのに、なぜか前回別れてから、みぃちゃん達がうちに来なくなってしまったので、ルラとレラ、リーアは争うことなく交互に俺の膝を占領している。

『みっくみく!』

 みぃちゃんもねこねこ動画がお気に入りだったが、リーアは中でも音声合成ソフトであるところのボーカロイドが歌う楽曲がお気に入りのようで、俺がブックマークしていた曲からどんどんリンクをたどっていって大興奮していた。

 職業、歌姫とかなってたしな。やっぱり歌とか好きなんだろう。

 そのくせリーアはテレビの歌番組みたいなものにはあんまり反応しない。

 リーアはよく声にならない音を発してるけれど、それがボカロの人間に出せない声みたいな感じで何か感じ入るところがあるのだろう。

「んー、実はこのパソコンにもボカロ入ってるんだが……」

 興味を引かれて買ったものの、音楽の才能の無い俺は数フレーズ歌わせただけで挫折してしまったのだ。そのくせ初音さんだけじゃなくて鏡音さんとか、巡音さんとか一式そろえちゃってしまっているのはオタクのSAGAか。

「説明書とか、解説本とかあるから暇な時にさわってみるか?」

「――!」

 日本語通じるみたいだし、たぶんわかるだろうと押入れの奥に仕舞いこんでいたもろもろを引っ張り出してやるとリーアが大喜びで足をばたばたさせた。




 ……正直ここまでとは思いませんでした。

 昼間俺が仕事に出かけている間に、ルラ、レラ、リーアの三人で完成させたらしい動画は、俺のねこ動のアカウントで投稿され、瞬く間にアクセス数を稼いでしまったのだった。

「……いや一日で数万とかどこの有名Pよ?」

 曲はリーアが、絵はレラが、ルラが編集して動画にしたらしい。フリーソフトを駆使したらしいが、よくもまぁフリーでここまで仕上げられたものだ。音源とかフリーのだと貧弱すぎてすごく安っぽくなるもんなんだが、どういう調整をしたものだかさっぱりわからん。

「えっへん」

「がんばったのー!」

「――♪」

 三人そろって胸を張ったので、「すごいな」と頭をなでてやる。

 ……しかし。動画についたコメントがちょっと奇妙だった。

 曲自体は綺麗なメロディであるものの、特にそれほど奇抜というわけでもない。リーア自身の歌なのか、歌詞には水や魚、泳ぐといったものが多かった。レラが書いたリーアをイメージしたらしい人魚の絵も、よく描けているがそこまで特徴のある絵というわけでもない。

 それなのに。

「マジヤバイ中毒性」「もう百回目」「聞き続けないと死ぬ」「ヒャッハー」「この歌を聴いて歩けるようになりました!」「ガンが治った!」「まーめいどっ!」「prpr」「もういっかい」「なんか魔法の歌みたい」「PCに魔方陣みたいなの浮かんだぞ」「かわいい」「癒される」「なんか、みなぎってきたwww」

 などなど。前半もちょっと異常ではあるが特に後半のコメントがおかしい。病気が治ったとか魔法だとか、いったいなんだそれは。

 俺自身はリーアたちの作った動画を見て特にどうこういうことは無かったが、もしかしていわゆる呪歌というやつなのだろうか。歌で魔法的な効果を起こす、ゲームなどでよくある歌の魔法。

『じぶんでうたわないから、だいじょうぶ思った』

 俺はため息を吐いて、「ごめんな」と謝りながらリーアたちの動画を削除した。


 リーアが喋らない理由が、少しだけわかってしまった。

 本当は第二話中で語るべき内容だった気もするのですが、本編中に入れてしまうと、だらだらとさらに長くなってしまいそうだったので間話として書きました。

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