13、「謎」
「ううう……」
前を隠しながら、ぺたんと女の子座りのまま涙目でこちらを見上げてくるドラゴン少女リアちゃん。なんだか俺がいじめたみたいで非常に居心地が悪かった。
しかしひのきの棒を振り下ろしただけなのに、服を切り裂いてしまうなんてどういうことなんだろうな?
確かソディアもスカウターで調べられたし、もしかしてひのきの棒も調べられるか?
そう思ってカーソルを手に持ったひのきの棒に合わせる。
名前 :ひのきのぼう
職業 :聖なる木の枝
レベル :1
戦闘力 :1
好感度 :0%
称号 :「アーティファクトEX№000」
「運命を導くもの」
コメント:おにいちゃんのために創ったあーてぃふぁくとなの。
形状的に木剣あつかいなので、
剣のあーてぃふくとの基本能力、
”くりてぃかるひっと能力”がついてるの!
はつどうすると、どんな敵でもイチコロなのー!
……おい。下手するとリアちゃんの首刎ね飛ばしてた可能性があるってことかっ?!
会心の一撃だと思っていたが、どうやらWIZARDRYなど一部のゲームであるような、発動すれば即死である致命の一撃であったらしい。
おそらくは俺の技術の未熟さや、戦闘力の低さ、それにリアちゃんの防御力などの兼ね合いで服一枚を切り裂く程度で収まっていたらしい。
……そういえば、ゲロイムと戦ったとき、ロアさんは「勝てる確率はゼロじゃない」って言ってたよな。クリティカルヒットが出ていれば、今の俺でも勝てていたということなのだろうか。
「……」
腕組みしたまま考え込んでいると、服の裾を誰かに引っ張られて我に返った。
「ん、あ、何? まおちゃん」
見るとまおちゃんとすらちゃんが、悲しげな表情で俺を見上げてきた。
「そ、そろそろ、ゆ、ゆるして、あげて……?」
「……ん?」
言われてようやく、まだリアちゃんが涙目のまま座り込んでいることに気がついた。
肩がふるふると震えている。なんでも言うことを聞くと言ってしまった手前、何を要求されるのかと恐れているようでもあった。
「ああ、すまん。別に辱める意図はなかっったんだが」
何か代わりに着る物を、と思ってリュックをロアに預けたままだったことを思い出した。
「とりあえず。すらちゃん、さっきまおちゃんにコスプレしたみたいにリアちゃんの服の代わりになることってできるか?」
「私のようなスライムが肌に触れることを、リアさんがお嫌でなければ」
すらちゃんがリアちゃんを見る、と、少し躊躇するように目を泳がせた後、リアちゃんが小さくうなずいた。
すぐにすらちゃんがとろりととろけてリアちゃんの身体にまとわり付いた。
『近くにリアさんが居た神殿があります。そこへ行けば着替えも手に入るのではないでしょうか』
すらちゃんは服の状態では喋れないのか、マンガのふきだしのように文字を表示させて言った。
「神殿があるのー!」
「闇神メラちゃんの神殿なのー!」
ちみっこどもが両手を上げて騒いだ。
「うん、そうだな」
俺が頷くと、なぜかまおちゃんがあわあわし始めた。
「……!」
「どうしたんだ?」
『私と魔王ちゃん様は、その神殿で勇者と勘違いされて歓迎を受けてしまったので』
『しかも「鐘楼の下の噴水に行け」という掲示板の書き込みを見て、何も言わずに出てきてしまいましたから……』
すらちゃんが起用に複数ふきだしを表示させる。
『結果的に勇者として認められましたが、詐欺を働いてしまったような感じなのですね』
「……自分から勇者だって名乗ったわけじゃないんだろう? ならごめんなさいとありがとうだけをすればいいさ」
ぽんとまおちゃんの頭の上に手を乗せる。
「……!」
なぜかまおちゃんが、さらにあわあわして目を回してしまった。
「あらあら、まぁ、ようこそいらっしゃいました! ルラ様、レラ様!」
出迎えてくれたのはこの神殿の神様だという闇神メラさん。なんだか炎の魔法が得意そうな名前だがべつにそんなことはないらしい。ちみっこの話によるとこの世界を管理している世界神のおひとりらしい。
メラさんは神社の巫女さん、といわれてすぐ想像するような緋袴と白い着物の上から、真っ黒な貫頭衣のようなものを着けていた。ルラやレラと同じように銀の髪で、紅い瞳。歳は二十過ぎくらいに見える。
闇神という割には、どこかふんわりとした柔らかい雰囲気があり、のほほん、ほへー、といった何となく気の抜ける表現が良く似合う人だった。いや神様だっけ。
止めを刺すというわけでもないのだけれど、神殿の人間にうちのちみっこどもが確かに創世神であると認められて、リアちゃんはさらにへこんでしまったようだった。
「……」
無言で一礼して、奥のほうへ引っ込んでしまった。着替えを取りに行ったのだろう。
「何千年ぶりかしら。創世神さまが直接いらっしゃるのは」
ちらりと、リアちゃんを横目で追いながらメラさんがちみっこどもの前にしゃがみこんだ。
「いっかげつぶりなの!」
「なかの時間だと三千年ぶりくらいなの!」
ちみっこどもが、メラさんにむぎゅうと抱きついた。
……三千年。このルラレラ世界に入るときに時間を選べるのなら、そういうこともあるのか。
というか、ルラやレラ、寧子さんとかっていったいいくつなんだろう?
ぼんやり考えていると、じっとメラさんに見つめられてちょっとどきっとした。
「あなたが勇者様ね?」
メラさんが小さく微笑んだので「ども、鈴里太郎です」と簡単に挨拶しておく。
「……ごめんなさい」
まおちゃんが、ぺこりと頭を下げた。
「あら、何を謝ることがあるの?」
メラさんは突然頭をさげたまおちゃんにちょっと首を傾げて、それからそっとその肩に手を置いた。
「……歓迎してもらったことに感謝と、何も言わずに飛び出してしまったことに対する謝罪を」
胸の前で祈るように小さく手を組んで、まおちゃんが囁くように言った。
俺に対するときはなんかどもったような、ひどく小さな聞き取り難い声なのに、メラさんに対するときはずいぶんと自然な感じだ。
「ご不浄から姿を消した時には、ちょっと心配したけれど」
メラさんが、そっとまおちゃんの頭をなでた。
「無事に出会えたようでよかったわ」
慈愛にみちた笑顔で、メラさんがまおちゃんと俺を交互に見た。
「……どういう、意味ですか?」
思わず尋ねる。
「まおちゃん様が、迷い人であることは最初から知っていましたよ? もし出会えなければこちらからルラ様レラ様に連絡してきていただくつもりでしたの」
全て知ってましたよ~って感じが、うちのルラレラよりよっぽど神さまっぽい。
「……ありがとう、ございます」
まおちゃんがもう一度、祈るように頭を下げた。
その後、リアちゃんが着替えて戻ってきた後、もう一度ささやかな歓迎の宴が開かれた。
俺達は昼ごはんがまだだったので、とても助かった。
そんなところにロア達まで合流してきて、またまおちゃん達とお互いに挨拶しあったりとばたばたしていたが、なんだかんだで結構遅い時間になってしまった。
「……たのし、かった、よ?」
精一杯の大声だったのだろう。ふるえるようにまおちゃんが搾り出した言葉は、なんとか俺にも聞き取ることが出来た。
「ん、よかった。じゃ、そろそろ帰るか」
「かえるのー」
「とうちゃくよていじこくは21じすぎなのー」
ルラとレラが両手を合わせると、何もない空間がプシューと音を立てて電車の扉のように左右に開いた。
さすがに一人で置いていくわけにも行かないので、リーアは問答無用で背負ったままだ。
メアさんがすらちゃんと一緒に神殿で預かることを提案してくれたのだけれど、あの小屋から連れて行くと決めた時点でリーアを置いていくということは考えの外だった。
リアちゃんやすらちゃんも、一緒に来たがっているのは感じられたが中学生のまおちゃんのところにいきなり居候二人も連れていくわけにもいかないし、俺のところだって狭いのでそんなに居候を増やすわけにも行かなかった。
だから結局、リアちゃんとすらちゃんは神殿に残ることになっていた。
「……」
「……」
リアちゃんとすらちゃんが、無言でまおちゃんを見つめている。
「……またね」
まおちゃんが、小さく手を振った。
「えーっと、まおちゃん来週の都合は?」
帰る前に次回の調整をしておく必要がある。
「……ら、来週は、たぶん、むり。さ来週なら」
もしょもしょとまおちゃんが囁くように言った。
「じゃ、向こうでの待ち合わせ時間はまた調整するとして、こっちに残るリアちゃんとすらちゃんに。俺はこちらの時間で明日の昼頃、またやってくる予定だ。二日ほど居て、その次の日はたぶんまおちゃんと一緒に来ると思う」
こちらのリアちゃん達を何週間も待たせるのは悪いし、現実世界との時差が出るのもあまり生活習慣上よろしくないので、来週俺がここに来る時には「ルラレラ世界の翌日」に来るつもりだった。
「……よくわからないが、わかった」
リアちゃんがまだ顔を紅くしたまま小さく頷いた。
「明日は、まおちゃんいなくて悪いが、街の案内でもしてくれると嬉しいかな?」
「了解した」
リアちゃんが頷いたのを確認して。
「じゃあ、また」
俺達は電車に乗り込んだ。
「……しっかし、タローはさ、ほんとなんていうか幼女ホイホイだよね?」
電車の中、長椅子にでろんと腰掛けたロアがつまらなそうに言った。
「ちょっと目を離した隙に三人も幼女増えてるとか、あたしびっくりしたよ、もう」
「……いや、まおちゃんは幼女じゃないでしょう?」
とりあえず返しておくが正直、自分でも不思議だった。
日頃まるでモテやしないのに異世界に行くようになってから、幼いとはいえ妙に女の子に縁がありすぎる。
「……ようじょじゃないもん」
まおちゃんが小さくつぶやいたのが聞こえた。相変わらずスマホをなにやらずっと操作している。窓の外でも写真に撮っているのだろうか。
……何となく窓の外を見ると、宇宙空間が広がっていた。星がちかちか瞬いている。
銀河鉄道かよ、と心の中でツッこんでおく。さすがにもういちいち口に出す気にはならない。
「そういや、ロアさんたちは何か収穫はあったんですか?」
みぃちゃんが、妙に大人しいのが気になっていた。ねこみみをへにゃらせて、ロアさんの肩に頭を乗せたままじっと俯いている。
「……それが、あてが外れちゃってね。ヴァラ族のネットワークか、グエス神のデータベースにアクセスしようと思ってたんだけど、ヴァラ族はつかまらなくて、グエス神は前いた世界の神さまだから、この世界には似たような存在がいないっぽくて」
ちなみに補足してくれた所、いずれもこちらでいうインターネットのようなものであるらしい。ヴァラ族の方は過去のデータに強く、グエス神のは最新の情報に強いという傾向があるらしい。
「図書館とか、そういうの無いんですかね? 来週はそっち方面回ってみてはどうでしょうか。どうせしばらくはあの街を拠点にするでしょう?」
来週はまおちゃんの都合が悪いそうなので、街を離れるわけにも行かないし。
「んー、そうするしかないわね」
調べるのだるーとうめくロアを苦笑して見つめながら。
ふと気が付いたら、まおちゃんの姿が消えていた。
「あれ、まおちゃんは?」
「ちゃんと最寄駅におくってきたのー」
「だいじょぶなのー」
ちみっこどもが小さく手をあげて言った。
さよならも言えないのは、ちょっと寂しいなと思った。
「んじゃ、また来週ね」
「……またです」
「ああ、またな!」
みぃちゃんはロアと一緒に帰ってしまった。どこに住んでいるのか知らないが、まあロアさんと一緒なら大丈夫だろう。
部屋に帰り着いて。俺はさっそくPCを立ち上げた。
掲示板にスレッドが立ったの、日曜の夜っていってたしな。
ちみっこどもに先に風呂に入るように言って、ネットを巡回する。
何度も更新を繰り返し、しばらく掲示板を監視していたのだが、しかし掲示板にまおちゃんが言ったスレッドが表示されることはなかった。
ちみっことたちと入れ替わるように風呂に入った。
……零時過ぎてもその日のうちって考える人もいるしな。
二十五時、月曜日の深夜一時まで粘ったが、スレッドが表示されることはなかった。
……いったい、どういうことなのだろう?