12、「かいしんのいちげき!」
「……ところで、貴様らは一体何者なのだ?」
ロア達との待ち合わせにまだ時間があるので、もう少し街をぶらぶらしようかなんて考えていた所、突然ドラゴン少女リアちゃんがそのやや吊りあがった目をさらに吊り上げるようにして睨みつけてきた。
「……俺のことか?」
見つめ返すと、リアちゃんは小さく頷いて腰から剣をすらりと抜き放った。
「お前だけでなく、そこの幼女二人も含めての話だ」
抜いただけで流石にまだこちらに向けたりはしなかったが、リアちゃんはかなり警戒した様子でまおちゃんと俺の間を遮るようにして割って入ってきた。
「話がよくわからないのでじっと黙って聞いていたのだが、未だにさっぱりわからん。どうやら勇者まお殿と同じ世界から来たようだし、勇者殿の知り合いのようだったから大人しくしていたが、勇者を任命するなどと言ったり貴様らにはあまりに不可解な言動が多すぎる!」
まおちゃんがリアちゃんの腕を引くが、かまわずリアちゃんは俺に敵意の眼差しを向けた。
「納得の行く説明をしてもらおうか」
そこまで言われて、ようやく俺はこの世界の住人にとっては謎な会話をずっとしていたことに気がついた。すらちゃんはまおちゃんの知識を持っているようだったから、感覚的に向うの現実世界の人間と会話するような感じだったのだが、ドラゴン少女リアちゃんには掲示板であったりとか時間云々という会話はまったく謎だったに違いない。
そしてそれ以前に。
「端的に言ってしまうとだな、うちのちみっこ二人はこの世界の創世神だ。でもって俺はこのちみっこどもに選ばれてこの世界にやってきた勇者だ」
あの掲示板の住人であれば知っているのが大前提というか当然の設定を、目の前のドラゴン少女は当然まったく知らないということなのだろう。
「……フッ」
俺の答えの何がおかしかったのか、リアちゃんは小さく鼻で笑った。
「何を馬鹿なことを。そんなちんちくりんが創造神だと? さらには貴様のような貧相な男が勇者を名乗るなどおこがましい!」
俺が勇者らしく見えないのは否定できない面もあるが、自身も幼女としか見えない容姿であるのにうちのちみっこをちんちくりん呼ばわりにはちょっとカチンと来た。
「俺のことはどうでもいいんだが、うちのちみっこどもを馬鹿にするような発言は撤回してもらおうか」
見下ろすようにじろり睨み付ける。
物言いから考えても、ドラゴンというからにはもしかしたら実年齢は見た目よりずっと上なのかもしれなかったが、それにしたってそのやや傲慢ともとれる他人を馬鹿にしたような態度は不愉快だった。
「神話では創世神は美しい双子の女神様とされている。その正確な御姿は現代までは伝わっていないが、妙齢の絶世の美女の姿であるとされている。万人がその美しさを褒め称え、その容姿の美しさを讃える伝説や詩やいくつも伝わっている。それがよもやそんな幼い姿のわけがあるまい?」
攻めどころと見てか、おれ自身よりうちのちみっこどもを馬鹿にするリアちゃん。ちみっこどもを馬鹿にするようにちら見して、ふん、と鼻を鳴らした。
しかしその言葉、その態度に俺は返って憤りが収まり、冷静になった。
「……あー、その神話ってやっぱり?」
うちのちみっこどもを見ると、そろってそっぽを向いた。
「ようじょじゃ威厳がたりないの!」
「ちょっとくらい盛っても、ゆるされるの!」
……そういうことらしい。
「まぁ、信じる信じないはどうでもいいが。お前、自分が失礼な態度をとっているという自覚はあるようだな?」
リアちゃんを睨みつけて、それからそっと背負ったリーアを地面に降ろす。何度も背負ったり降ろしたりしてすまないな、リーア。
「私が勇者と認めるのは、まお殿だけだ。貴様などを勇者と認めるわけにはいかん」
リアちゃんがゆっくりと剣をこちらに向ける。
うしろでまおちゃんがあわあわしているが、すらちゃんともどもどうすることも出来ない様子だ。
おそらくは、自分が認めるまおちゃんがうちのちみっこどもに「新たに勇者に任命された」ということが気に入らないのだろう、このドラゴン少女は。何を持ってまおちゃんを勇者として認めてたのかは結構謎なのだが、先ほどの一連の出来事を少しでも理解できているならば彼女は「勇者ではなかったモノを勇者としてありがたがっていた」ということを薄々自覚していて、自身の自尊心からそのことを否定したいのだろう。
「……面倒な子だな」
思わずため息を吐いた。
「私に認めさせたいなら、実力を示せ。その腰の剣は飾りか? 分不相応に立派なものをぶら下げているようだが貴様などにはもったいない」
挑発されているのはわかっていたし、自分から挑んでこない以上、まおちゃんの手前、俺にケンカをふっかけさせるつもりであろうことは容易に想像がついたが、俺は自分に実力が無いことは自覚していたし、ソディアが自身に分不相応であることもわかっていた。
だが。
「……お前とケンカして、俺になんのメリットがあるんだ?」
見た目幼女とはいえ、へろへろ現代人な俺よりはよほど腕に自信があるのだろう、このドラゴン少女は。しかし俺にはそんなのを相手にケンカする理由などないのだ。
「ふん、勝負を逃げるのかこの腰抜けめ!」
ある程度俺達を馬鹿にして自尊心を満足させたのだろうか。リアちゃんは剣を納めて歯をむき出しにして吐き捨てた。
「ならば身の程を知れ。剣など捨てろ! 自前の腰のモノでせいぜい女神を名乗る不遜な幼女どもを悦ばせて戯れているがよいわっ!」
「……俺が勝ったら、うちのちみっこどもに謝罪を要求する」
以前ロアに勇者の心得云々を言われたことがあるが、まあそれを差し置いても男だしな。勝てる勝てないじゃなくて、戦わなきゃいけないことはある。それが今かどうかということには疑問の余地がないではないが。
「それに加えてなんでも言うことを聞いてやろう。そのかわり私が勝ったらその腰のものをもらおうか」
馬鹿にするようにリアちゃんが笑った。
「無論、その貧相なシロモノではなく腰に下げた剣の方だぞ? 貴様などにはもったいない」
「これは俺のものではないので譲るわけにはいかない」
「やる前からまける算段とは、ほとほと腰がぬけた男だな」
リアちゃんがまた馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
”……黙って聞いていたが。仮の主殿、かまわないからあのものに灸をすえてやって欲しい”
腰に下げたソディアから、やや怒り感じる声が響いた。
「(……いいのか?)」
小声で話しかける。
”あのような者を前に、勝負を逃げるような主は不要。かまわぬ、全力で斬って捨てよ”
……いや斬って捨てよって、命のやりとりをする気は無いぞ?
「場所を変えよう」
告げると、リアちゃんはにやりと笑った。
「やる気になったか」
「まあな」
なんでも言うこと聞く、という言葉にちょっとひかれる物があったのは否定しないが。
具体的にはこめかみの辺りからちょこんと伸びてる角みたいなのとか、すらりと伸びたトカゲみたいなしっぽをさわってみたいとか、そういう欲求があることは否定しないが。
ソディアの許可もでたことだしやるだけやってみることにした。
「命まで取る気は無い。先に一撃いいのを当てた方が勝ちということでよかろう?」
街を出て草原に出た後、鞘に収めたままの剣を構えてリアちゃんが言った。
「もっとも、貴様のような貧弱な輩は、当たり所によっては死なんとも限らんがな」
くっくと嫌な笑い方をしてリアちゃんが馬鹿にしたような視線をこちらに向ける。
「俺はもう、二回死んでるからな。一回や二回死んだ回数が増えた所でどうということもないな」
「何を馬鹿なことを」
ソディアを構えようとして、それからちょっと考え直して、ベルトに指したままだったひのきの棒を抜く。
「勝った後、実力じゃなく装備の差と言われるのも馬鹿らしいんでな。こいつで相手してやるよ」
ソディアが何か抗議の意思のようなものを伝えてきたが、気にせずソディアは腰から外してちみっこどもに預ける。
「……馬鹿にされたものだな」
りあちゃんが怒りを露にしてこちらを睨みつけてくる。
「いつでもはじめるのー」
「でっどおああらいぶなのー」
のんきにちみっこどもが両手を上げて騒ぐが、俺はひのきの棒を片手で構えたまま静かにリアちゃんをにらみつけた。
……正直、勝算はまったくない。
リーアを背負うこともあって、リュックをロアに預けたままなのでおなべのふたもない。
みぃちゃんの一撃を弾いたあの盾があれば多少はマシだったのかもしれないが、今手元にあるのはたまたまベルトに差していたひのきの棒だけだ。ソディアの方が振りなれてはいるものの、あれは本物の剣だから鞘付きであっても人間に向かって奮う勇気がなかった。
あるいはこの世界で冒険していれば、盗賊などに襲われることもあるだろうし、いつかは俺も手を血で汚すことになるのかもしれなかったが。ただの感傷かもしれなかったが、命のやりとりが無い所でまで人間に対して武器を向けたくは無かった。
「……」
「……」
お互いに無言でにらみ合う。
背の低いリアちゃんを見下ろすような形になってしまうのが、彼女には気に入らないらしく、両手で持った剣先を斜めに地面に向けたまま、ものすごい形相でこちらを睨んでいる。
対するこちらは片手で上段に構えたまま、盾もってないときは左手どうすりゃいいんだろうかなどとどうでもいいことを考えていた。
盾があれば受け流してから一撃、なんて手が使えたのだろうが、短めの片手武器で長い両手武器を相手に後手にまわっていいことは何も無い。
まずは一手。切り込んで様子をみるか?
すう、と大きく息を吸った。
日頃の素振りを思い出す。あれはソディアを両手で構えてのものだったが、足運びや姿勢などは片手でもそれほど変わるものではないはずだ。
一歩踏み込む、と同時に。
すっ、と意識せずに右手を振り下ろした。
棒を振り下ろしたという意識など微塵もなく、何の気負いもなく、ただ気が付いたら腕を振り下ろしていた。
しゅ、という風を切る音。
振り下ろした体勢のまま、なんか今のすっげーうまかったんじゃね?いわゆる会心の一撃って感じか?なんてちょっと感動してから勝負の最中であったことを思い出した。こんな体勢で固まっていたらいい的だ。慌ててひのきの棒を構え直すと。
「……」
「……」
「さすがおにいちゃんなのー」
「けっこうToLoveる体質なのー」
ちみっこたちが騒いでいる。
リアちゃんは、先ほど対峙した状態のまま、放心したように突っ立っていた。
俺の上段からの攻撃を受けようとしたのか、剣を横にして上段に構えた状態のまま。
「……えーっと」
俺は何と声をかけたらよいものか迷って。
「……なんかごめんなさい?」
突っ立っているリアちゃんの服が、縦一直線に切り裂かれていて、わずかに膨らみかけの胸や、まだ何も生えていない両足の付け根などかばっちり見えてしまっている。
その肌には傷ひとつ付いていない所が我ながらいい仕事した、って感じ?だ。
「――~~~~~~!!!!」
声にならない悲鳴を上げて、リアちゃんが前を隠すようにしてその場にしゃがみこんだ。
「ふくだけ、しかも下着こみで切り裂くとか、おにいちゃんなかなかやるのー」
「くりてぃかるひっとなのー」
ちみっこたちが寄ってきてにやにや笑う。
「ちなみに、そでぃあさんをふるっていたら、鞘付きでもたぶんまっぷたつだったのー」
「まっぷたつにならなくてよかったのー。このつるぺたん幼女」
追い討ちを掛けるようにリアちゃんを囲むちみっこ。
……あれ、もしかして何も言わなかったけどうちのちみっこたちもけっこうリアちゃんに腹立てていたのか?
「……えーっと。俺の勝ちでいいよな?」
俺の問いに、真っ赤な顔したリアちゃんが涙目で頷いた。
「……!」
「幼女を脱がすとか、太郎さんのロリコン」
まおちゃんとすらちゃんの視線が、ちょっと痛かった。