11、「われの……ものに、なれ! ゆうしゃ、よ?」
「……うん、意外と異世界だ」
リーアを背負って、ちみっこ二人が迷子にならないようにと両側から俺の服の裾をつかませた状態で通りを歩く。その俺達の後ろを、ドラゴン少女リアちゃんと手をつないでスライムのすらりんちゃん、俺と同じ世界から来たまおちゃんがぽてぽてとついて来る。
鐘楼のある噴水広場から大通りを西に進んでいると、露店だけでなく普通のお店が立ち並んでいた。建物はそれほど高くなく大抵が平屋の一階建てで、時折二階建ての大きな建物がある。そのいずれも石を四角く切り出して積み上げたものか、あるいはレンガのようなものを積み上げて造られた物だった。窓ガラスのようなものはなく、大概は木でできた戸のようなもので、たまに細かく十字に区切られた木枠に厚いガラスをはめ込んだような窓も見受けられた。おそらく大きな板ガラスを作成するだけの技術がないのだろうと思われた。
そういう建物だけみると、ただ外国の田舎の方みたいな感じなのだが、時折謎の物体やら飾りやらがあって、そういうところがなんとなく異世界っぽい。
「すらりんちゃんはこの世界の人なんだよな? あのお店の上にあるぴかぴか光ってる玉みたいなのはなんだかわかるか? あとあそこに飾ってある剥製みたいなのって何の動物なんだろうな?」
後ろを振り返ると、すらりんちゃんに話しかけたのに、なぜかまおちゃんがびくんと驚いたようにスマホから顔を上げた。
「……私はこの世界の存在ではあるものの、人、ではありません。スライムです。こうして話している言語や一般常識などの知識はすべて魔王ちゃん様から複製されたもので、つまりそういったこの世界の知識は残念ながら私にはそなわっていないのです」
すらりんちゃんが、真面目な顔でどこかこねくり回したようなまどろっこしい表現で言う。
「いや、知らないなら別にいいんだが」
というか、まおちゃんの複製ってどういうことだ? 容姿が似ていることに関係しているのだろうか。
「光っているのは客寄せの魔法玉、それからあれは剥製ではなく革製品を扱う店の看板で作り物だな。実在する動物ではない」
ドラゴン少女がぼそりとつぶやくように言った。
なるほど、玉の方はネオンサインみたいなものか。
「そういやリアちゃんもこの世界の人だったんだな」
「私を気安くリアちゃんなどと呼ぶなっ!」
やや吊りあがった目を、さらに吊り上げるようにしてリアちゃんが吐き捨てる。
どうやら俺のことが気に入らない様子だ。初対面の時に俺がまおちゃんの頭を小突いたのをまだ許していないらしい。
「ん、教えてくれてありがとう」
つい癖で頭をなでたくなってしまったが、リーアを背負っているので残念ながら両手がふさがっていた。
「あー、ところで聞いてもいいか? いったいお嬢ちゃんたちってどういう関係なんだ?」
「……」
俺の問いに、まおちゃんがすらりんちゃんの袖を引いた。
「では、情報交換ということで?」
すらりんちゃんが小さく微笑んだので、こちらもうなずく。
「私、すらりんは魔王ちゃん様の配下です。魔王ちゃん様を捕食しようと襲い掛かった所、現在の私に存在を創り変えられたのです」
「は?」
……何を言ってるんだ?
もともと変身できる特別なゲロイムだったわけじゃなくて、まおちゃんに創り変えられたってことか?
いや何そのチート。
「そしてそちらのリアさんは、神殿で魔王ちゃん様の従者として仲間になりました」
「……えっと、つまり、どういうことだ?」
「あー、勇者イベントいっこ先にクリアされちゃったのー」
「どらごんさん、ほんとうはおにいちゃんの仲間になるはずだったのー」
思わず両側に居るちみっこどもを見つめるが、ルラとレラはそろってにぱっと笑ってごまかした。詳しく話を聞いてみると、どうやら神託としてこの街の神殿に予め近いうちに勇者が訪れると通達してあったらしい。
「ちなみに、こっちの街でなくて、さいしょのちてんから西の方の街だと、ようせいさんが仲間になるカモ?なのー」
「そっちはまだイベントくりあされてないとおもうの!」
「うん、攻略情報ありがとう……?」
俺が陸海空とか思ってたから、こっそり空飛べるのを仕込んでおいてくれたんだろうかこのちみっこどもは。しかもどらごんりあちゃん、見た目は幼女だし。
「ふむー?」
つまりリアちゃんの方はまおちゃんを勇者と勘違いして仲間になったわけだ。
異世界からの来訪者=勇者という考えなら、まおちゃんが勇者であっても問題は無いだろうけれども。
「次はこちらからよろしいですか?」
「え、ああ」
ゲロイムを創り変えたとかまだ詳しく聞きたいことはあったのだが、すらりんちゃんに聞かれて俺はうなずいた。
「まず、ねこみみさんはご一緒ではないんですか?」
「あー、みぃちゃんなら別行動中。帰るときにはたぶん一緒だから会えると思うぞ?」
「なるほど、次にさっきからずーっと黙ったままのその背中の方について聞いても?」
「この子はいわゆる人魚だな。足が生えたばかりでまだ歩けないので俺が背負ってるんだ」
「……!!!」
俺の答えに、なぜかまおちゃんが大興奮した。
ぱたた、と走り寄ってきて、おずおずと俺の背中のリーアを上目遣いに見上げる。
「――♪」
リーアが楽しげに鳴いて、『とりすとりーあ』と名前を書いてノートを振った。
「なんか俺もよくわからないんだが、喋れるけれども都合により話さないらしい」
「……!!!」
まおちゃんがリーアの裸足の足をそっとなでてまた大興奮した。
まおちゃんの方は聞き取れないだけでちゃんと話しているっぽいのだが、話さないリーアとなんか通じる所があるようだった。
「あ、そういやまおちゃんは今後どうするんだ?」
「……?」
「いや、今回偶然みたいな形で来ちゃったみたいだが、すらりんちゃんとかリアちゃんとかどうするんだ?」
言いながらすらりんちゃんとリアちゃんを見るが、どちらもきょとんとしている。
「……」
「そうでした、魔王ちゃん様は一度戻られるのですよね、うっかりしてました」
すらりんちゃんはうなずいたが、リアちゃんはまだ首をかしげている。
「……どういうことなのだ? 勇者まお殿?」
「……」
まおちゃんが小さく口をぱくぱくして、リアちゃんに何事か言った。
どうやらすらりんちゃん同様リアちゃんもまおちゃんの声が聞き取れるようで、しばらくなにやらうなずいていたが、やがて驚愕したように大きく口を開けて固まった。
「……お別れ、ですと?」
リアちゃんはそうつぶやいて、まおちゃんをじっと見つめた。
「まあ、偶然こんなとこに来ちまったんだから、戻ってしまえばなかなか来る機会はないと思うぞ?」
寧子さんは将来的に一般開放するみたいなことを言っていたから、絶対に会う機会がないとは言わないが、普通に考えて異世界に迷い込むなんて経験は早々無いだろう。
「貴様には聞いておらん!」
リアちゃんに怒鳴られた。
「仕えるべき主を得たというのに、出会って間もない内に別れるなど……」
悔しげに拳を握って、リアちゃんが俯いた。
「……」
まおちゃんも悲しげに俯いている。
「……んー、そうだよなぁ、合縁奇縁っていうしなんとかならないのか?」
ちみっこどもを見つめると、ルラとレラは互いに顔を見合わせてちょっと首を傾けた。
「ほんらい、勇者はふたりよぶよていだったの」
「でも、わたしとわたしはふたりともがおにいちゃんをえらんだ」
「だから、もうひとりくらい勇者がいても問題はないわ」
「つまり、まおちゃんが望むなら、この世界に招くことはやぶさかでない」
「わたしたちにはその権限がある」
「でも、わたしとわたしはおにいちゃんのそばを離れる気はないわよ?」
「だから、まおちゃんがおにいちゃんの都合に合わせる気があるなら」
「勇者ににんめーしてあげるの!」
ルラとレラが交互に両手をあげて言った。
「……ということらしいんだが、どうするまおちゃん? その気があるならこの世界で勇者やってみるか?」
俺の問いに、まおちゃんはしばらく小さく口を開けたままじっと俺を見つめていた。それからリアちゃんを見て、すらりんちゃんを見て、最後にちみっこ女神たちを見た。
「……お、おね、がい……しま……す!」
喉を振り絞って、頑張って大きな声を出したのだろう。顔を真っ赤にして、まおちゃんがぺこりと頭を下げた。かなりかわいい声だった。アニメ声というか。
「おっけーなの!」
「勇者まおちゃん誕生なの!」
ちみっこたちがにやぁと、なぜか嫌な笑みを浮かべて俺を見上げてきた。
「らいばる登場なの!」
「おにいちゃんもっとがんばるの!」
「いや、倒す魔王もいないのにライバルも何もないだろう?」
苦笑すると、なぜかまおちゃんが両手を頬にあててあわあわしていた。
「まおちゃんどうした?」
「……!」
俺が首をかしげると、まおちゃんはすらりんちゃんの耳元でなにやら囁いて、それにすらりんちゃんが小さくうなずいた。
何を?と思っていると、突然すらりんちゃんがドロリと溶けた。
「うおっ? ちょ、どうしたの」
見た目普通の美少女がいきなり不定形にとろける様は非常に心臓に悪かった。どろりと不定形のゲル状になったすらりんちゃんは、するするとまおちゃんの足元から全身にまとわりついて。
「……え?」
まおちゃんにまとわり付いたすらりんちゃんが、真っ赤なローブの姿に変わった。重厚な、王様とか偉い貴族の人が着る様な生地が厚い豪奢なものだ。
見ているうちにまおちゃんの手にどくろの付いた杖のようなものが生み出され、まおちゃんのこめかみの辺りにはヤギのような捻じ曲がった角が生えてくる。
「……わ、わ、われの……ものに、なれ! ゆうしゃ、よ?」
まおちゃんが、どくろの杖を掲げて、顔を真っ赤にして言い放った。
俺はため息をひとつ吐いて、背負っていたリーアをちょっと地面に降ろした。
「断る」
間髪をいれず言い切ると、まおちゃんが「がーん」といった表情で小さく口を開けたまま固まった。
いや断るのはある意味お約束だしね!
「そんなことしなくても、もう仲間だろ?」
まおちゃんの頭をそっとなでてやる。すらりんちゃんで出来た角はやわらかくってぷるぷるしていた。ちょっときもちいい。
てゆーかわざわざすらちゃんにお願いしてコスプレまでするとか、ノリノリだなこの子。やっぱり中二病なんだろうか。勇者より魔王とかのほうが心魅かれるタイプなんかな。
「……な、なまえ。結真桜理」
すらちゃんが気を効かせたのか、まおちゃんの言葉と同時にマンガのふきだしみたい文字が現れる。確かに名前だけ聞いても漢字が想像つかなかったので助かった。
名前の真ん中の「ま」と「お」でまおちゃんなのかな。
「俺は鈴里太郎だ。よろしくな?」
握手して、ついでに連絡先の交換まで行った。
「……?」
すぐにまおちゃんが何かメールを打った様だったけれど、俺のスマホには何の着信も無かった。連絡先の交換は普通に出来たのに。
「めーるはいちどげんじつ世界を経由するから、時間ずれるのー」
「今まおちゃんが送っためーるは、げつようびのいまごろ届くのー」
ちみっこどものの解説になるほどとうなずく。
逆に、今俺がまおちゃんにメールを送ったら日曜日に届くはずだから……これってDメールなんじゃね? 未来変えられるんじゃね?
……というか実際いきなり知らん人からメール来ても普通は見ずに削除だよなぁ。今日向うに戻っても、しばらくは連絡控えんといかんな。
「ちゃくちゃくとまわりに幼女が増えていくの……」
「おにいちゃん、おそろしい子、なの……」
……いやだから、中学生は幼女ちゃうって。